第25話 ヒーローvsダークヒーロー

 やっちまったものは仕方ない。

 ここから手を抜いても仕方ないので、一気に力を込めて上半身を消し飛ばす。


 やがて砲撃の光が消え去るころ、残されていたのは直立する竜の下半身だけだった。


「死んだか」


 頭のみならず胴体を半ばほども吹き飛ばしたのだ。これで生きていたら笑える。

 ……いや、ああいうタイプは生きていそうだな。

 念のため魔力感知で探してみる。


「……お?」


 切り離された竜の肉体に紛れるように、微弱な魔力の反応があった。

 向かってみると、そこには這いつくばりながら逃げようとする三日針の姿があった。


「マジで生きてて草」

「ハァッ、ハァッ……!?」


 俺に発見されたことに気づいたらしい。

 奴も慌てて逃げ出そうとしたが遅い。魔力の刃で両腕を切断する。


「ぎゃあっ!?」

「逃がすと思うか?」


 とはいえ切り落としても再生するのがこいつの厄介なところだ。

 早めにとどめを刺してしまおう、と思ったのだが。


「……?どうした、腕を再生せんでもよいのか?」

「ぐ、ぅぅうう……!!」


 一応失血を防ぐために多少は肉が盛り上がってはいるが、完治とまではいっていない。

 元に戻さない理由が分からず戸惑っていると、背後から声がかけられた。


「……おそらく魔力切れだと思います。あれほど大規模な変身を何度も繰り返したのですから、いかに☆5といえども魔力量が底をついたのでしょう」

「ゼロか」


 そういえばそんな概念もあったな。


「ハ、先の一撃で消し飛んでいれば有終の美を飾れたものを。見苦しい真似はよせ三日針」

「ふ、ふざけるな!僕はこんなところで死んでいい存在じゃないんだよ!おま、お前みたいな勘違い野郎に、この僕がやられるなんて……!」

「……はぁ」


 思わずため息が出てしまった。

 終わり良ければ総て良し。逆に言えば、終わりが悪ければ総てが悪しきなのだ。

 中身が小物なのはわかっていたが、ここまでみっともないとさっきまでの興奮に冷や水をかけられた気分になる。


「あーあ」

「ッ……あ、あ……」


 すっかり高揚した気持ちが落ち着いてしまっていた。

 これ以上粘っても隠し玉があるわけでもない。せめて最後はすっきりして終わろう。


「……殺すのですか?」

「我だけならまだしも一般人相手に集団暴行を働いた親玉だ。生かす価値はない」


 調査していないので殺人歴があるかどうかは不明だが、あれだけ気軽に殺人という選択を取れるのだ。

 一人や二人くらいは殺している人間のそれだった。

 ならば情けをかける意味もないだろう。


(そんなことはさせない。たとえ犯罪者でも、命を守るのが警察の役目なのだから……!)


 証拠が残ると面倒なので、今回も全身を細切れにしよう。

 そうして魔力を操作しようとして――そこで初めて気づく。


「……何の真似だ?」

「!(馬鹿な、気づかれるような下手は打っていないはず……!?)」


 ゆっくりと後ろに振り向く。

 何故かやたらと汗だくになっているゼロの更に後方。

 魔眼を発動している護堂ヒイロに対して睨みを利かせた。


「……今さ、ちょっと聞こえたんだけど。殺すっていったか?」

「ああ。誘拐に脅迫、無関係な一般人への集団暴行、殺人未遂にetc。そもそも☆0狩りなどという下らん愚連隊を率いていた屑だ。生かしておく方が害だろう」


 なにより、


「こいつは☆5だ。確か高ランクのスキル使いは不当に優遇されるんだったか。貴様としてもこんな屑が再び世にのさばるよりも、ここで死んでもらった方がありがたいのではないか?」


 眉唾だが、そんなことを言っていたのは他ならぬヒイロの方だ。

 無関係な赤の他人どころか、今まで自分たちを苦しめてきた不良のボスが死ぬだけだ。

 どうでもいいを通り越して寧ろ歓迎すべき事態だろう。


「……なるほど、そいつは☆0狩りのボスで、しかも☆5のスキル使いだったのか」

「そうだ。長らく苦しめられてきた身としては死んでくれた方がありがたいだろう?」

「ひっ」


 思えば彼は訳も分からないまま妹を助けるためにここにはせ参じたのだ。

 ならば状況が理解できないでいても不思議はない。


 だが今ので分かっただろう。こいつが死ぬべき悪であるということが――、


「――いや、そうは思わない」

「……なに?」


 そう思っていたのに。

 ヒイロは俺の予想とは正反対の言葉を口にした。


「確かに俺は☆0狩りは嫌いだし、死んでくれって思ったことは数えきれないほどある。俺の手で全員ぶっ倒してやるとさえ思っていた」

「なら」

「でもだからって、本当に死んでほしいわけじゃない」


 褐色の瞳が、どこまでもまっすぐな視線が俺を射抜く。


「警察に引き渡すってんなら協力するし、被害者として証言もする。でもそいつを殺すっていうなら話は別だ。俺はあんたを止めなくちゃいけない」

「……何故こんな悪のためにそこまでする?」

「そんな悪にならないためだ。不要だからって理由で殺したら、それこそそいつらと一緒じゃないか。それに殺して終わりじゃ、なんでこんなことをしたのかも分からないままだ」


 一理はある。

 犯罪者の動機や犯行内容を詳らかにして記録に残すのは、後の世の犯罪対策に一役買う行為だ。

 殺すのは一番簡単だが、一番安易な方法ともいえる。


「それにさ……妹の恩人に、殺人そんなことをさせたくないんだよ」

「────」


 今更、というのは野暮だった。

 仮にヒイロが知っていたとしても、きっと同じ言葉を口にしただろう。


 つまりこれは。

 たかが不良のボス程度では味わえない、この高揚感は。


「俺のことも、妹のことも助けてくれてありがとうございます。……でもその一線を超えるっていうなら、俺は見過ごせない――そいつは警察に引き渡してもらう、魔王ベルゼブブ」

「……弱い犬ほどなんとやら、だな。いいだろう、軽く遊んでやる」


 正義の味方ヒーローvs悪の敵ダークヒーロー

 その、夢のタイトルマッチということだった。

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