脳筋なだけだと思われるのは心外です。

「…それで提案というのは?」


「姫様。」


「ひとまず聞くだけです。」




「俺たちの家族を助けてほしい。」




「まさかお前の家族は、」


「まだ生きてる。」




 未だ名前も知らない妹さんが答える。




「母様も父様も種族のみんなもまだ生きているし、十分に時間はある。」




「そのスライムが変異種っていう話はしたと思うが、特に異質なのがそいつは捕食をしないんだ。」




 普通のスライムなら、動物の死骸やそこら辺の作物などを体の一部に入れて長時間をかけて溶かして自分の体の栄養として吸収する。それがスライムの一般常識だ。




「あの野郎はなにもしない。ただ自分の体の中に入れてじっとしてるだけだ。実際に銀虎族以外にもすでに取り込まれている奴らもいた。」


「わからないな。なら無理やりにでも引きずり出せばいいのでは。」


「それは無理。」


「なぜ?」


「液体に捕まったらアウト。もう戻ってこれない。」




ジャガーが補足するように説明する。




「詳しく言えば、スライムの体の部分に触れたらあいつの一部として取り込まれてしまう。自分から取り込まれに行ってしまうというべきか。」




「…催眠の類か?」


「わからねえ。あの時自在に動く触手に触れた奴等はそのまま自分の足でスライムの体に入っていった。」




「なぜ生きていると分かる。中で溺死している可能性もあり得るだろう。」


「それは恐らくないな。」




 エロゲ知識の深い、この世界にないスライムの常識を俺は知っていた。




「スライムっていうのは、正確には液体だが、液体じゃない。空気中にある魔力をスライムがまとうことで一時的に液状化している状態というだけだ。」




 カイザーの博識に周りの者が驚く。全員がカイザーのことをただの脳筋だと思っていたらしい。特に長年過ごしていたガルドに至っては、その驚きは大きい。カイザーの頭の悪さを知っているものとしては、どこで知ったんだと思うほど。




「凄い。強いだけでなく、頭もいいなんて、流石は陛下。」


「私は陛下の聡明さには最初から気づいていましたとも。」


「その陛下っていうの、やめてくんない?」




 まさかエロスの100の豆知識本が役に立つとは思わなかった。カイザーは前世では結構な通なタイプのファンだった。




 空気中の魔力をいくら吸っても死なないように、液状であろうとも魔力は魔力。普段吸う空気とほとんど違いはない。




「理論は知らないが、生きているのは確認できた。親父たちの魔力がまだはっきりと見えていた。意識がない状態でスライムの中をさまよっている。」




 確かにあとは助け出せばいいだけの状態に見える。助けれるならば、だが。古代の獣の因子を継ぐ一族が抵抗しても、敵わなかった相手。その一族の二人が魔王軍の四天王に上り詰めている。まず現在の魔王軍では絶対に不可能だ。




「けど、あんたなら出来ます。」




 ジャガーがこちらに体を向けて頭を下げていた。俺の隣では妹さんも頭を下げる。




「ぶっちゃけこの状態で俺たちには後がない。妹もそんな状態であんたに敵対なんてできない。なら、俺たちはあんたに賭ける。」




 ゾルディスたちから見れば、たまったものではない。ふざけるな、と思わず感情を漏らしてしまいそうだった。しかし嘆願されているのはカイザーであり、逃げた私たちからは言葉が出なかった。




「もし助けてもらえたなら、俺とリナはあんたに忠誠を誓う。」




 この人の前では、出せれる手札は全部出しておいた方がいい。ジャガーは自身の全てをベットに乗せていた。
















「エリスさん。」


「はい。」




 しばらくの沈黙が続いた後、カイザーは言葉を発した。




「この二人がいれば、自分がいなくても魔王の体制は続けることができますか?」




 エリスは考える。カイザーの問いに対して最大限の解答を献上する為に、聡明な頭脳を最大限まで加速させる。




「二人に加えて、ゾルディス、そこにガルド様が四天王として加わってくだされば、以前よりも強力な軍を維持できます。高確率で周りの国々は攻めてこないでしょう。」




 瓦解しかけている国ならば、誰もがその情報から我先にと戦争、スカウト、さまざまな行動を起こすだろう。しかし、四天王を再建させ、そのうえでランドを倒したものが魔王の座に就いたと喧伝したならばうかつに手は出してこない。割に合わないと考えるだろう。




「爺さん、四天王に戻る気はない?」


「…一度軍を退いた身だ。そう簡単に戻れるものではない。」


「エリスさんは、どう思います?」


「私は、過去ではなく、今の魔王城を守りたいと思っています。」


「…。」




「今の城と民を守れるならば、私はどんな手でも使います。この身をささげてでも。」




 忘れてはいけません。この姫はカイザーに国をささげようとしています。




 しかし、そんなものは姫の変態性を見抜けないものには関係がありません。その場にいるものにはとても気高いものにしか見えないのです。実際、そのエリスの言葉に感銘を受けたガルドは、




「私の村の鬼たちは戦士として精鋭ぞろいです。四天王の任、謹んで承ります。」




 受け入れちゃいました。




 姫は優秀だった。




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