その20


 罰則は終了し周囲から魑魅魍魎のように扱われながら、服を着替え教室へと移動した。


 午前中にあった授業の内容を聞こうと、タケルの元に行ったのだが


「も、もしかしてハチってば変なキノコでも食べたの?」


 僕の頭を掴んで揺らしてくる。脳がシェイクされている感覚に酔った。

 三半規管が気持ち悪くなりながらも、タケルからノートを受け取り書き写していく。


 猥談を広めた危険因子である僕が学園から追い出されずにすんでいるのは、成績が群を抜いていいからだろう。少しでも成績が落ちたのなら、服を剥かれて放り出されるに決まっている。


 黙々と作業を進めていると、周囲に人が集まってくる。


「よし、意外と早くに終わったな……って、なんだこの人だかりは⁉」


 普段、僕が猥談をすれば男子生徒は集まってくるのだが、今日に限っては圧倒的に女子生徒の割合が多い。というか、ほとんどが女子生徒である。


 檻に閉じ込められた動物の気分でいると、タケルが手をわなわなと震えさせながら、僕にヒソヒソと小声で聞いてくる。


「(ハチってばまた何かやらかしたの? いつもは陰口を叩いてくる女の子たちがメスの顔になって見てくるじゃん⁉)」

「(わ、分からない。僕だってこの光景に唖然としているんだ)」

「(……なんか今日のはちは変なんだよね)」


 タケルが訝しむように眺めてくる。怪しむような確かめるような視線。


 僕はそろそろだと思い、タケルに対して「事情を説明するから、授業中にメールで説明する」と伝えた。


 午後の授業が始まるチャイム。蜘蛛の子を散らすように、生徒がいなくなる。

 教師が入室し、授業が始まる。僕はバレないようにスマホで今までの経緯を説明する。


 普段から美少女日記をつけて国語の文才もある僕は、事細かに事情を説明した。

 多少脚色して、僕がカッコ悪いところは削って変化したが、概ね真実を伝える。


 唯一無二の親友で、どんな時も僕と一緒にいてくれたんだ。隠すことなど何もない。


 催眠アプリを入手したところから、今の誰からの命令も受ける状態まで。


 タケルは一風変わった天才だ。普段の授業や勉強に関しては、僕が教えないといけないほどポンコツだが、哲学や機械学など、日常に潜むことに関しては、一枚上手だ。


 もしかしたら僕の状態について、解決策を思いついてくれるかもしれない。




 全てを伝え終わるころに、本日最後の授業が終わった。




「……以上が僕の事情なんだが、催眠をどうにかする方法はないか?」


 神妙な面持ちで考え込むようなようすのタケルに、僕は尋ねる。

 一瞬の間があいた後、タケルはどこか僕を確かめるように聞いてきた。


「だけど今の方が女の子達にチヤホヤされて嬉しいんじゃない? くれあちゃんや緑仙先輩も今日は話しかけられなかったっぽかったし……」


 確かに今の状態が続けば、物事が上手くいきそうな気がする。だが、知性ではわかっていても本能がそれを否定する。


 僕が何も言い返せずにいると、タケルは困ったような笑顔を浮かべて、


「ごめんね! 変に悩ませちゃったよね……大丈夫だって、ハチはボクの大切な人だもん」


 あ、ありがとう心の友よ。


「それにしても、その催眠アプリをインストールしたサイトがあれば何とかなりそうだね……よし、ボクが今日中に探しておくね!」


 タケルは気合をいれたようすで、僕のことを置いて教室から勢いよく出ていった。




 命令も受けたくない僕は、催眠アプリを使って身体能力を上げて大分回り道をしながらも、誰にも会わず帰宅した。


 家に帰るとすでに鈴音は帰っており、僕は彼女にも事情を説明しようと部屋に向かう。


「鈴音、ちょっと話したいことがあるんだけど……」


 確認もせず勢いよく開けた扉。目の前には着替え途中の鈴音の姿。

 不幸中の幸いとでもいうのだろう。下着を外す瞬間だったため、局部はギリギリ見えなかった。


 もしも全部見えていたら、明日からどんな顔して生活すればいいか分からない。

 鈴音は僕と目が合い、顔を赤らめて、手を振りかぶった……




 ……顔に真っ赤な紅葉をつけられ、部屋を追い出された僕は鈴音が着替え終わるのを扉の前で待っていた。


 すぐに土下座できるように正座で待ち構えていると、扉が開いて中からパジャマ姿の鈴音が、


「ほら、中に入ったら?」


 不貞腐れた表情で僕を中に入れてくれた。勉強机にパソコンが置いてあり、ベッドにはたくさんの服が山積みになっている。


 鈴音は椅子に座り、僕が床で正座する。


「それで、はちはなんの話をしたいわけ?」

「そのことなんだけどさ――」


 僕が事情を説明しようとしたところで、ポケットに入れていたスマホが電子音と共に震える。


 確認するとタケルから一通のメールが届いていた。


『タケル:サイトについてなんだけど、本体がウイルスってのが分かったよ。今はネット上にはないけど、まだデータの痕跡があったからもう少し調べてみるね』


『タケル:追伸。サイトを検索したり、催眠アプリをインストールした携帯を調べて強制的にサイトへと侵入してみるから、何か変化があったら連絡してね』


 僕のスマホは……特に変化はなかったが、鈴音の背後にあるパソコンに、見覚えのある目玉が映った。

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