その10
翌朝。目が覚めた僕は体の異変に気付いた。
「か、からだが痛すぎる!」
脳をバグらせて、身体能力を極限まで上昇させたんだ。代償として全身の筋肉が悲鳴を上げるのも無理はない。
こういうときこそ、催眠アプリを使って体の痛みを黙らせないといけない。
枕元に置いてあるスマホを取ろうとして――僕の手が無を掴む。
「あれ⁉ 僕のスマホがない、確かに昨日の夜まではここにあったのに……」
顔だけを必死に動かして、周囲を見渡していると机の上にスマホがあるのが見えた。
肉体が悲鳴を上げながら、必死にベッドから這い出る。ほふく前進で進み、机に手を伸ばした。
感覚だけでスマホを掴み、手繰り寄せる。
「命令。とりあえず脳の能力を制限して、全身の痛みが無くなる……今すぐに!」
半ばヤケクソに声を荒げると、先ほどまでの激痛が嘘のように消え去った。
全身の骨をゴキゴキと唸らせながら、ゾンビのように立ち上がる。
「うぉぉぉ~……、体がァァァ……」
「ねえ、そろそろ体が動かないのに気づいたっ――」
部屋の入り口から、ひょこッと鈴音が顔を出して、
「キャアァァァァッッッ!!」「うおッ! ど、どうした?」
僕の姿に驚いたのか、家が揺れ動くほどの甲高い悲鳴をあげた。僕は思わず情けない声を漏らしてしまい、体がビクッと震えた。
どうした鈴音よ、お兄ちゃんの僕が動いているのがそんなに珍しいのか? 僕をゾンビか置物かと思っているのか?
戸惑って言葉が出ないでいると、鈴音がぎこちない笑顔を浮かべた。
「べ、別になんでもない……さっさとご飯の準備をしてよ!」
「う、うん。分かったって。だ、だから、ぼ、僕の足を蹴るのを、や、めてもらえるかな?」
鈴音は不機嫌そうな表情を浮かべて、僕の足をゴンゴンと蹴っている。
弁慶の泣き所、いわゆるスネだけを的確に狙ってきて、思わず口に力が入った。
ぷるぷると痛みを我慢しながら、鈴音を追い出して服を着替える。
学校の制服になって、スマホをポケットに入れると、キッチンへと向かった。
「ん? どうした鈴音。まだご飯は出来てないぞ」
なぜかキッチンにエプロン姿の鈴音が仁王立ちしていた。こめかみをピクピクと動かして、ぎこちない笑顔を浮かべている。
「た、たまには手伝ってあげてもいいかなって……別に怪しいことなんてないし、ヒュ~♪」
下手な口笛でぎこちない様子に、僕は目を点にして首を傾げる。
いったい何か隠しているんだ? は⁉ もしかして僕がコッソリつけている美少女日記に、鈴音のことを書いてるのがバレたのか……いや、そんなわけないか。
考えても何も思いつかず、僕は鈴音と並んで朝ごはんを作りはじめる。
「「……」」
互いに無言のまま、黙々と作業を進めていきあっという間に料理は完成した。
なんで一言も話さないんだ⁉ 阿吽の呼吸で会話せずとも料理はできたけど、なんだかぎこちない。
「「い、いただきます……」」
手先が器用な鈴音だけあって、料理も上手だ。豆腐のワカメの味噌汁、脂の乗った紅鮭、小松菜と胡麻の和え物。
素材の味を堪能しつつ食べ進めていると、鈴音が確かめるように訊ねてきた。
「あのさ、なにかわたしに隠していること無い?」
……もしかして催眠アプリのことか? でも鈴音にバレることはしてな――
「なんで語尾にニャンってつけて、はちのことをお兄ちゃんって呼んだのかな?」
……催眠した時のことを覚えていたのか。
思い返せば僕に催眠アプリを使ったときは、意識はあった。むしろ身体能力を強化するという天才的な発想を心の中で称えていた。
緑仙先輩の父親に関しては……警察が介入すると思って僕の記憶を消したから大丈夫なはず。
つまり、催眠アプリの存在を知っているのは鈴音だけだ。
僕はポケットに入っているスマホを取り出し、感覚だけで催眠アプリを起動する。
今後、他の人に催眠アプリがバレる可能性は十分にある。
ここで鈴音の記憶を消したとしても、またどこかでボロが出るんだったら、
「それはだな……」勢いよくスマホを鈴音に見せて、
「命令! 催眠にかかったら記憶が削除され――」
僕が命令を言い切る瞬間に、鈴音がどこからともなく持ってきた手鏡を向けてきた。
な、なんだと! まさか手鏡を向けてきたということは、僕は催眠アプリの目玉を見るわけで……
……体が揺さぶられ、僕はゆっくりと意識を覚醒させる。
「あれ? 確か僕は鈴音に催眠アプリを使って……」
「ねぇ、はち? どうかしたの?」
鈴音が緊張と不安が籠った声で訊ねてくる。
「別に何でもないよ……そういえば時間は大丈夫なのか?」
「そうじゃん! 結構時間が経っちゃってるから、急がないと!」
「そうだな、色々と楽しんだからな」
催眠アプリで鈴音を操り人形にして、いっぱい恥ずかしいことをした……気がする。うん、ぼやけているけど記憶はあるからな。
だらしない笑顔を浮かべる僕だったけど、それ以上に、
「くふふふッ……はちは記憶を捏造されていることに気づいてないし、自身の変化にも気づいてない。この後の行動が面白そうで仕方ないね」
先日の悪戯の復讐を達成したかのような笑顔を鈴音が浮かべていた。
互いに気持ち悪く笑いながら、急いで学校に向かった。
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