その7


 全裸の緑仙先輩は、とても美しく……醜かった。


「ど、どうしたんですか! その傷は⁉」


 脳内の性欲が急激に減少し、僕は目を見開いて叫んだ。


 体は予想していたように、美しい肢体だった。きめ細かい肌に、綺麗な丸みを帯びた胸部。


 しかし、それ以上に緑仙先輩の体はボロボロだった。


 腹部や足などに青黒く変色した痣があり、切り傷や火傷の痕で体が侵されている。


 さらに服を着ている場合だと、気づかない所にだけ傷がある。


「別に気にしなくていいよ。ハチくんには関係ないことだから……」


 物悲し気にいわれ、拒絶の言葉を吐く緑仙先輩。これ以上追及しても、詳しいことは言わないだろう。


「ほら、いいから早く交わろうよ。私の最初で最後の思い出作りにさっ」


 絶望と狂気が混ざった笑顔。僕はベッドに置いてあるスマホに手を伸ばし――緑仙先輩に押し倒される。


 視線が交わり、壁越しから交わる声が聞こえてくる。緑仙先輩はゆっくりと顔を近づけてくる。


 このまま流れに身を任せても……。

 一瞬の刹那、僕は視線を動かさずスマホを手に取り、


「命令! 緑仙先輩は動きを止める」


 催眠アプリを起動して緑仙先輩にスマホを見せる。緑仙先輩はピタッと動きを止める。僕と緑仙先輩の間には、リンゴ一つ分くらいの距離しかない。


 僕はそのままの状態で、続けて命令を話す。


「命令。僕の質問には正直に、そして心からの本音で答える」

「ねぇ、ハチくん? なんだか体が動かないんだけど、これはどういうこと?」


 緑仙先輩が戸惑いと緊張が混ざったような声で、表情を曇らせている。

 僕は頭をフル回転させて、緑仙先輩に訊ねる。


「それじゃあ、質問その1。何人家族ですか?」

「え~と、兄弟がいなくて両親がいたから……三人家族だったよ」

「すみません質問を変えます。現在、一緒に暮らしているのは何人ですか?」

「……あ、あの男と、です」


 僕の質問に、緑仙先輩は顔を強張らせた。催眠で彼氏と認識していも……いや、思わせているからこそ、


「では質問その2。彼氏……いや、僕とホテルに行ったのはなぜですか?」


 緑仙先輩は諦めたような笑顔を浮かべて、白状するように淡々と言った。


「確実に私の初めてを奪って、あの男に少しでもやり返そうと思ったから……彼氏だとしても噂は聞いてたから」


 僕はその言葉が、どこか救済を求めるように感じた。


 理不尽な暴力に対する、最後の悪あがき。少しでも後悔しないための自己満足。

 今の僕は緑仙先輩のそれを満たしてあげられる。催眠アプリの本来の使い方も、こういう行為に使うべきだ。


「ほら、早くこの体が動けなくなるのを解いてさ、さっさとヤろうよ?」


 緑仙先輩は潤んだ瞳で、僕の心に訴えかけてくる。例え体に傷を負っていたとしても、女性は女性であり美しい容姿は変わらない。


 僕は深いため息をついて、ゆっくりと口を開く。


「分かりました……命令。緑仙先輩は動けるようになる」


 緑仙先輩は一瞬だけ安堵の息を吐き、顔を近づけてきて、


「質問その3。緑仙先輩は用事で行く場所を教える」


 僕は口を震えさせながらも、緑仙先輩を救うことを選んだ。

 体の傷はいずれ何事も無かったかのように綺麗になるが、心の傷はそうではない。


 残りの人生を生きる上で、永遠と脳裏に過る深い傷。


 しかも僕には催眠アプリがある。目の前で困っている美少女がいて、その状況を打開する術を持つのに、助けないのは男として終わっている。

 緑仙先輩は驚いたような表情で口を開ける。


「……に、二丁目にある愛暗あいあんリゾート」


 そこは有名なラブホテルだった。事件や事故が多く発生しており、度々テレビやネットのニュースになっている。


 僕は緑仙先輩の体を掴み、強引に抱きしめる。お互いほぼ裸で、体の震えが直接伝わってくる。

 後頭部を掴んで顔の横まで持ってくる。


「命令。なんの用事なのか、言える範囲でいいので教えてください」


 耳元で優しく囁くと、緑仙先輩の体がビクっと震える。照れているのか怯えているのかは分からないが、聞いておかなければいけないことだ。


「……あ、あの男の、し、借金の代わりに――」

「もう大丈夫です、命令。眠ってください、緑仙先輩」

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