第36話 クォーターエルフの憂鬱 その5

「一体、ノエルの奴、いつになったら戻ってくるんだ!」と、エルウッドさんが苛立った様子で声を荒げる。


 ノエルさんの手元に『コンパウンドボウ』がやって来てから三日が過ぎた。


 今日はその調整が終わり、初の実戦投入となる日だった。


 だが、その前にもう一つの新兵器、私が通販で見つけた米軍払い下げの『暗視スコープ』と『赤外線スコープ』の性能も確認したいと、ノエルさんは単独でフロア9を偵察しに行ってしまったのだ。


 もともと、新しいフロアに突入する際には、シーフのスキルも併せ持つノエルさんが単独で行くことは過去にも何回かあったのだが……さすがにフロア9になると万が一のことを考え、みんなはノエルさんを止めたのだ。


 けれどノエルさんは「無茶はしないから、ちょっと様子を見て来るだけだよ」と言い残して行ってしまった。


 私達はそのまま、フロア8でノエルさんを1時間待っている。



「あのバカ、一体なにやってんだ」次第にいら立ちが隠せなくなったエルウッドさん。


 ノエルさんが帰ってくるはずの時間から大幅にずれている。


「万が一のことがあったら、緊急信号を出すといってましたけど」と心配そうにナジームさんが言う。


「ノエルの奴、新しい武器を手にして、掛かっちまったりしてなきゃいいんだが」……と心配そうにベイルさん。


「もー我慢できん、行くぞ、みんなついてこい」エルウッドさんはそう言ってフロア9に通じる階段を下りていく。


「ちょ、ちょっと待ってください、エルウッドさん」と、私達も急いでエルウッドさんの後を付いていく。


 何事も無ければいいのだけれど……


 

 フロア9に降り立つと……そこには、私達の目を疑うような光景が広がっていた。


「なっ、なんじゃこりゃ」とエルウッドさん。


「一体、これ、何体の死体があるのでしょうか?」とモンスターの躯に手を合わせながらナジームさん。


「こりゃ、まだ、ずいぶんと……派手にやっちゃってくれたなーオイ」と、顔を引きつらせながらベイルさん。


 フロア9のいたるところにモンスターの屍が……しかも全てのモンスターの額の中心に矢が突き刺さっている。


 いわゆるヘッドショットというやつだ。


「こりゃ、やられた方も、自分が死んだと分からんままいっちまったなー」といくばくかの哀れみを持ってベイルさんは言う。


「おーい!!ノエル、居るんだったら返事しろー」と業を煮やしたエルウッドさんが大声で叫んだその時!


 ガウゥゥッ!!と岩場の影から生き残っていたファイヤーウルフがエルウッドさんに飛びかかって来た。


「あっ、危ない!!」 


 と、次の瞬間、ギャンッ!!と悲鳴を上げバタリと倒れた。


 見ると、飛びかかって来たはずのファイヤーウルフの額の中心に真っ黒なカーボンの矢が貫いている。


 そして岩場の上には……「すまんすまん、エルウッド」と暗視スコープを外したノエルさんが立っていた。


「おまえっ……一体、何やってたんだ!!」とエルウッドさん。


「いや、わりい、エルウッド。そのな、この赤外線スコープで偵察しに来たら、ここのフロアのモンスターって大半が炎属性だろ」


「たしかにそうですね」とナジームさん。


「これで見たら、どこに何がいるのか、全部わかったんで、お前らが来る前に露払いしてやろうと思ったら……ちょっとやり過ぎちまったなぁ」と気まずそうにノエルさん。


「ちょっとやり過ぎちまったっていってもなぁ……」と呆れたようにベイルさん。


 すると、「今そっち行くから」とノエルさんは岩場から飛び降り、私達の元にやって来た。


 そして、自分が持っていた赤外線スコープをベイルさんに渡すと……「ほら、あの、高台の岩場の影、見てみ」とベイルさんの肩越しにその方向を指さした。


 ベイルさんは渡された赤外線スコープを覗き込みながら、「ああ……いるな、たしかに赤く光って見える」


 と、次の瞬間、ギャン!!と悲鳴を上げてファイヤーウルフが岩場から落っこちてきた。


「えっ?えっ?何が起こった」と赤外線スコープを外して驚いた様子のベイルさん。


 でも、今のは私には見えた。


 レーサーポインターで標準を付けたノエルさんが、岩場の影に隠れていたファイヤーウルフをヘッドショットで倒したのだ。その距離おおよそ50m。


「おそらく今のがこのフロアの最後の1匹だよ」ノエルさん言った。


「おまえ、すげーなー」と赤外線スコープを外して目を真ん丸にするベイルさん。


「いや、俺がすごいんじゃないよ、すごいのはこの赤外線スコープとレーザーポインターの付いた『コンパウンドボウ』さ。そうだろ、サファイヤちゃん」とまるで手柄は全て、ここまで武器を揃えてくれた私だと言いたげにノエルさんはウインクする。さらに、「ゴメン、サファイヤちゃん、それから矢、全部打ち尽くしちゃったよ」とすまなそうに頭を下げた。


「へっ!?だって、今日はもともと付属で付いていた矢と追加で購入した矢、全部で100本以上持ってきましたよね」


「ああ、だから、全部打ち切っちまったよ」と空っぽになった矢筒を私に見せながらノエルさんは言った。


「打ち切っちゃったって……ってことは、あれか?このフロアにはあと100体以上のモンスターの死体が転がってるってことか!?!?」とエルウッドさん


「まあ、そういう事だよな。大変だと思うけれど、倒したモンスターのマナ拾うの手伝ってくれや」


 ノエルさんはそう言うとすまなそうに顔の前で手刀を切る。


「「お……おう」」とエルウッドさんとベイルさん。あまりに予想外の状況にどういう反応をしていいのか分からないようだ。


「それからさ、サファイヤちゃん」


「はいっ、なんですか?」


「わりぃーんだけどさ、なるべく早く追加の矢を発注してもらいたいんだわ」


「……わかりました」と私。


「打った矢を再利用したいんだけどさ、なんかどうも、デリケート過ぎちゃって、一度獲物に突き刺さると、次からはもう使えなさそうなんだよな……これ」と申し訳なさそうにノエルさんは言う。


 まあ、確かにそうだろう。


 ここは綺麗に整備された射場(いば)ではなく、過酷な戦場の最前線なのだなから。


 私は無事最前線から帰還を果たした兵士の為に、最大限のサポートをしなければと心に決めたのだ。


 

 この日、クォーターエルフのノエル・ランカスターさんはたった一人でフロア9の全てのモンスターをせん滅した。


 あとで数えたら、その数はなんと113体にも上(のぼ)ったのだ。

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