第3話 エデルの村のリア

 リアの住むエルベの村は、センタリア王国の南部に位置する。

 地図を広げて、中央に位置する最も広大な大陸がある。その大陸の東部の大部分を領土とするのが、センタリア王国だ。東側に海、西側には標高の高い山々が聳える、起伏に富んだ土地である。

 

 エデルの村は小さな農村だ。その村長をしているのが、リアの祖父だった。

 両親は幼い時に事故で亡くなっており、リアは父方の祖父母に引き取られた。

 

 リアは、この世界では珍しい銀色の髪と紫水晶のような瞳をしていた。

 銀の髪を持つ人間など稀で、気味悪がる人間も多い。

 本来ならリアも、薄気味悪がられたことだろうが、村長の孫娘という立場と、類まれなる〈水清めの力〉が、そうはさせなかった。


 エルベの村に程近い王国直轄領に、水清めの神殿が建っていた。深い森の囲まれた、白亜の神殿で、千年前に魔王討伐時に人間に力を貸した、竜神がしばしの休憩所にしたという井戸を守る神殿だ。


 戦で疲弊した竜神に、清き乙女が井戸の水を掬い、献上したという伝説の井戸で、休息を得た竜神たちがその礼に、井戸の中に力を流し入れ、生命の水としたという逸話がある。それを守るために選ばれたのが、水清めの力を持つ水清めの聖女だ。

 彼女たちは代々、生命の水を清めながら、守り通している。

 その水が濁れば、災いが来ると伝承されているからだ。

 水が澄んでいるうちは、疫病や飢饉は訪れないとも言われ、大切に守られてきた。

 

 四元素を司る竜神——リントヴルム。


 響子の記憶を思い出してから、改めてこの国の歴史や在り方を眺めたとき、リアは衝撃を受けた。


 千年前に倒され、異次元に飛ばされたという魔王。

 魔王を倒した勇者たち。

 そして、勇者に、人間に手を貸した、リントヴルム。


(まさか、ここって……)


 響子として生きているとき、漫画やアニメ、娯楽小説などのエンターテイメントで、「異世界」ものが流行っているのは知っていた。その中に、空想の産物であるはずのファンタジー世界に、主人公が事故などで命を落とし、生まれ変わる——つまり、転生する物語だ。


 幼い頃に見ていたアニメでも、主人公が爆発に巻き込まれたり、迎えの使者が来たりして、異次元世界に招かれる話は多々あったが、それは生まれ変わっているわけではない。


 受験期のため、娯楽をことごとく遠ざけてきた響子は、いわゆる流行りの「転生もの」に触れる機会はほとんどなかった。兄が話しているのを聞いたくらいで。

 

 だが、そのささやかな知識を搔き集めて、現状を鑑みると、響子は「リントヴルム・サーガ」の世界に転生してしまったのではないかと思うに至った。


 けれど、そうだとしても何も変わらない。


 兄たちのゲームを後ろから見ていただけなので、断言はできないが、リアという名の少女は出てこなかった。エデルという村も。

 

 だから、「リントヴルム・サーガ」の世界なのだとしても、新たに復活する魔王を倒しに行く勇者一行とは何の関りも持たないのだろう。ゲーム内の地図上に表示されることもない村に住む、ひとりの村人に過ぎないのだ。そう考え、リアはワクワクするような冒険を一瞬でも思い描いてしまった胸を意識的に沈めた。

 

 それに、だ。冒険どころか、リアの将来は既に決まっているようなものだったのだ。

 物心つく前には、強力な〈水清めの力〉があることが明らかなっていたため、ほぼ確実にヴェルタの聖女となる道が示されていたのだから。
















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