オリガと魔石

「ここまでくれば大丈夫でしょう」


 オリガは最終的にお姫様抱っこしていたマヤをゆっくりと地面に立たせた。


「う~~~、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど!」


「仕方ないじゃないですか、お姉さんがびっくりするくらい体力ないし走るの遅いんですから」


「それはそうだけどさー? 私がポンコツなのがいけないんだけどさー? 襤褸ぼろを着ただけの女の子に抱えられた街を疾走って、普通にやばい人じゃん……」


 マヤはオリガに背を向け、両手で顔を覆って座り込んでしまう。


 白銀の髪から覗く耳は真っ赤になっていた。


「それはそうと、さっきのあれはどういうことですか?」


「さっきのあれって言うと、強化魔法のこと?」


 オリガの言葉にマヤはゆっくりと立ち上がると、オリガに向き直る。


 まだオリガの周りにはマヤの手から溢れた光の粒子が薄っすらと漂っていた。


「そうです。私に強化魔法をかけるなんて、お姉さん、何者ですか?」


「いや、私からすると魔物でもないのに魔物用の強化魔法が効いたオリガの方が何者? って感じなんだけど……、それから、私の名前はマヤね。ま、お姉さんって呼ばれるのも悪くないからそのままでもいいけど?」


「じゃあマヤさんと呼ばせてもらいますね」


「なんでさ! いいんだよ、お姉さんって読んでくれても、なんならお姉ちゃんでもいいくらいだよ!」


「いやなんでそこまで必死なんですか……。それにたぶん私のほうが年上ですし、お姉さんって呼び続けるのはちょっと……」


「えー、さっきは読んでくれてたのに―――って、え? オリガの方が年上ってどういうこと?」


「そのままの意味です。私はエルフなのでこんな見た目ですが今年で123歳です。マヤさんは人間ですよね? その見た目なら15歳くらいでしょうから、私の方が年上―――」


「うわあああっ、本物? 本物のエルフってこと? すっごーい!」


 突然抱きついてきたマヤに、オリガは好き放題触られていた。


「ってうわっ! ちょ、ちょっと、なんですかいきなり! や、み、耳はやめ、やん、やめ、耳はやめてくださいーーーっ!」


 特にその尖った耳をクニクニと触られ、オリガは思わず悩ましい声が出てしまう。


 我慢できず叫んだオリガに、マヤはやっと正気に戻った。


「いやー、ごめんごめん、ちょっとした夢だったからつい」


「……エルフにとって耳は弱点なんです。森の中で細かな音も聞こえるようになっているせいでとにかく敏感で。もうやめてくださいね?」


「わかったよ、ごめんね。それで、なんでオリガは私の魔法が効いたの? 実は魔物とか?」


 マヤの「魔物」という言葉を聞いた瞬間、オリガはビクッと体を震わせた。


「マヤさんは、私のことを見てどう思いますか?」


 オリガは突然そんなことを言うと、マヤから少し離れて両手を広げ、自身の全身を見えるようにした。


 その整った顔には、何もかも諦めたような苦笑が浮かんでいた。


 マヤより少し低い背丈、襤褸ぼろから覗く手脚は汚れているだけではないのであろう褐色だ。


 腰まで伸びるボサボサの黒い髪は右目を隠しており、見えている左目は金色に妖しく輝いている。


「どう思うかって言われてもなあ、普通に可愛いと思うけど?」


「!? な、何を言っているんです? これのどこが可愛いんですか?」


 マヤの言葉に表情が明るくなった気がしたが、またすぐに暗い笑みに戻ってしまう。


「いやいや可愛いって。ちゃんときれいにして可愛い服を着れば絶対もっと可愛いよ」


「っっ! そんな訳ありません! ダークエルフ・・・・・・の私が可愛いなんて、そんな……」


「ダークエルフ? エルフと何か違うの?」


 言われてみれば、オリガの見た目はいわゆるエルフと言われてイメージする、金の髪に透き通るような白い肌、という感じではない。


「私がダークエルフと呼ばれている理由は、これです」


 そう言ってオリガの右目を隠していた髪を手で掻き上げた。


「え?」


 そこには、あるはずの瞳はなく、黒々とした鉱石、ここ1ヶ月でマヤも見慣れた魔石が収まっていた。


「それって魔石だよね?」


「そうです。エルフには極稀に魔石をその身に宿して生まれてくるものがいます」


 オリガ曰く、魔石を宿して生まれたエルフは、徐々に魔石の影響を受け、金の髪は黒く、白い肌は黒く、エメラルドグリーンの瞳は怪しく輝く金に変わっていくのだという。


「人もエルフも、自分と違うものを排除するのは同じなんですよ。私はいろいろな嫌がらせを受けました。私の家族は私の味方でしたが、そのせいで家族まで嫌がらせを受けるようになって……だから私は村を抜け出したんです」


 その後は、行く宛もなくさまよっていたオリガをさっきの男たちが拾い、物乞いの真似事をさせて餌として使っていた、ということらしい。


「だから、私が可愛い訳なんてないんです!」


 オリガの目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。


 それを目にしたマヤは思わずオリガを抱きしめる。


「っ! やめて、やめてください、離して、下さい……」


「ううん、離さない」


「なんで、どうしてですか? 私に関わったっていいことなんてありません。だから離して下さい」


「そんなことないと思う。ねえ、私のところ来ない? オリガみたいに可愛い子なら大歓迎だよ?」


 マヤの腕の中で、オリガは首を振る。


「そんなこと、できません。マヤさんは、私なんかと関わって不幸になるべきじゃない。だからもう、離して下さい」


「ううん、離さない。それに、離れたいならオリガが振りほどけばいいんじゃない?」


 今のオリガにはまだマヤの強化魔法の効果が残っている。


 大の男を吹き飛ばす今のオリガなら、マヤを振りほどくくらい造作もないはずだ。


 しかし、オリガはそれをしなかった。


 マヤはゆっくりとオリガの髪を撫でる。


「私のところにおいでよ。ね?」


 マヤの言葉を最後に、二人の間に沈黙の時間が流れた。


 近いはずの大通りの音が、やけに遠く聞こえる気がする。


 沈黙の時間を破ったのは、聞こえるか聞こえないかという程小さなオリガの声だった。


「……きたい、です」


「うん」


「いきたい……です。マヤさんのところに、マヤさんと一緒にいたい、です……っ」


「うん、おいで」


 マヤの言葉を聞いたオリガは、そのままマヤの胸の中で静かに泣き始める。


 ひとしきり泣いたオリガが落ち着くまで、それからしばらくの時間を要したのだった。

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