魔石
マッシュが狼の魔物を一掃した現場に到着したマヤは、魔物がいた場所に落ちていた石を拾い上げる。
「これ、魔物の額にあった宝石だよね?」
「そうだ。それは魔石だ」
「魔石ってあの銀行とか冒険者管理協会とかにあったやつ?」
「そうだな」
「魔石って、魔物からとれるものなんだね」
マヤは残り5つの魔石を拾うと、肩から斜めがけにしているポーチにしまった。
「それはちょっと正確じゃないな。自然界の動物が魔石の影響を受けて魔物になり、その体に魔石が生成されるのだ」
マッシュによると、魔石には魔力のない動物に影響を与えて魔物化し、その生命エネルギーから魔石を生成させて自身を増殖する機能があるとのことだ。
「すごいね。ウイルスみたい」
「ういるす?」
「いや、なんでもない、気にしないで」
「まあいい、それより重要なのは、同じ魔石から増殖したものなら、色々便利なことができるということだ。マヤ、さっき拾った魔石を1つ貸してくれ」
「? いいけど?」
マヤはポーチから魔石を取り出して、マッシュに渡す。
それを受け取ったマッシュは駆け出すと、声が聞こえないほど遠くまで行ってしまった。
「マッシュ? 何するつもりなんだろう?」
マッシュの意図が読めずマヤが首を傾げていると、
『マヤ、聞こえているか?』
「うわっ! え? なになに? どういうこと!?」
到底声が聞こえるわけがないほど離れたところにいるマッシュの声が、突然聞こえて来たので、マヤは混乱した。
『今私は、魔石を通してマヤの頭の中に直接話しかけているのだ』
「頭の中に直接、ってそんなテレパシーみたいなことができるんだね」
『同じ魔石から増えたもの同士限定だがな』
「なるほど」
マヤが納得すると、マッシュが走ってマヤのそばまで戻ってきた。
「この他にも色々できるんだが、まあ今はこれだけわかっていればいいだろう」
「じゃあとりあえずその魔石はマッシュに渡しとくね」
「そのほうがいいだろうな」
どういう原理かわからないが、マッシュはそのモフモフの中に魔石をしまった。
「それで、今回の依頼はこれでおしまい?」
「そうだな。街道沿いに出た魔物というのはこいつらのことだろうしな」
「よーし、じゃあこれで一件落着だ、んーっと」
マヤは1つ伸びをすると、街に向かって歩き始める。
「そういえばマッシュ、この依頼を達成したかどうかって、どうやって確かめるの?」
「今回の依頼の場合、魔石をいったん提出すれば問題ないだろう。討伐系は戦利品の確認でほとんどの場合問題ない」
「そうなんだ、じゃあさっさと冒険者管理協会に行って、確認してもらおう」
「そうだな」
マヤとマッシュは街に戻ると、冒険者管理協会にやってきた。
再び屈強な男たちの視線にさらされながら、マッシュを抱っこして受け付けに向かう。
「こんにちはー」
「あら、さっきの新人魔物使いさんとその使い魔物さんじゃない」
マヤが受け付けに声をかけると、先程マヤを冒険者登録してくれた女性が振り返った。
「魔物を倒してきたので確認してもらっていいですか?」
「これが依頼書だ」
マヤが魔石をおいた横に、マッシュは依頼書と一旦マッシュに渡しておいた魔石をおいた。
「さっそく初任務達成なんてやるじゃない。ちょっとまってね、確認するから」
女性は魔石を別の魔石に載せ、1つずつ確かめていく。
程なくして、女性が顔を上げた。
「はい、確かに確認できたわ。間違いなく、この依頼の魔物の魔石ね。初任務達成おめでと―――」
「「「「「うおおおおおお!」」」」」
「うわっ!? なになになに!?」
女性が言い終わる前に、後ろにいた男たちが突然大声を上げたため、マヤは驚いて腰を抜かしてしまった。
腰を抜かしたマヤの腕から抜けた出したマッシュが、マヤを守るように男たちとマヤの間に身を踊らせる。
「ごるああああ! 少しは静かにできねええのか筋肉バカどもおおおお!」
「え? お、お姉さん!?」
今度は男たちと反対側、ついさっきまでマヤの戦利品を解析し、優しく微笑んでいた受け付けの女性が、男たちを怒鳴りつけていた。
あまりの迫力に同一人物かどうか疑わしいレベルだ。
「「「「「ご、ごめんなさい、フリーダ姉さん…」」」」」
受け付けの女性、改めフリーダの怒鳴られた男たちは、母親に怒られた子供よろしく大人しくなる。
「こほんっ。ごめんなさいね、うちのバカどもがうるさくて」
フリーダは受付から出てくると、マヤに肩を貸してくれた。
おかげでマヤはようやく立ち上がれた。
「いえいえ、気にしてませんけど……。それより、ありがとうございます、フリーダさん。もう大丈夫です」
「そう? それならいいのだけれど」
「それよりも、何だったんです、今の?」
「そうね、まあ簡単に言えば、あなたが冒険者としてやっていけそうだったから嬉しかったのよ」
「はあ……?」
「突然こんなこと言われてもわからないわよね。簡単に説明すると―――」
フリーダによると、ここ数ヶ月新人冒険者が1日で辞めることが多く、今回の新人がやっていけるのかをみんな気にしていたらしい。
その上、見ての通りこの街の冒険者はほとんどが男で、女がいても男勝りの女戦士しかおらず、男たちは可愛い女冒険者を待ち望んでいたらしい。
結果、マヤが初任務をサクッと終わらせてきて、これから冒険者としてやっていけそうだとわかった瞬間、男たちが歓喜の声を上げた、というわけらしかった。
「つまり、歓迎されてるってことですか?」
「簡単に言うとそうね」
「なるほど、そういうことなら」
マヤはくるりと回って男達へと振り返ると、
「はじめまして、マヤっていいます。今日から冒険者として頑張ります。よろしくおねがいします!」
そう言ってペコリと頭を下げた。
男たちは一瞬顔を見合わせたあと、マヤの後ろでフリーダがうなずいたのを見て、再び歓喜の声を上げたのだった。
***
「いやー、いい人たちだったね」
「そうだな、人は見かけによらないものだ」
あの後マヤは、流れで開かれることになったマヤの歓迎会に参加することとなり、近くの食堂で先輩冒険者たちと夕飯を食べにいっていた。
そこでわかったことだが、いかにも粗暴そうな屈強な男たちは、話して見ると以外にも紳士的で優しい人たちだったのだ。
「優しい親戚のおじさんみたいな感じ? まあ思いのほか年も離れてたしねー」
見かけにはわかりにくいが、マヤからすれば親ほどに年の離れた冒険者ばかりだった。
「冒険者としてやっていけそうか?」
「うん、あの人たちとなら大丈夫そう。それに、マッシュもいるしね」
「頼られるのは悪い気はしないが、マヤもいずれは最低限の戦えるようになってもらわんと困るぞ?」
「わかってる、わかってるってー。それに、マッシュの家族も助けにいかないとだしね」
「なんだ、覚えていたのか」
「当然だよ。だってまだ今朝の話だよ?」
「……そういえばそうだったな。色々ありすぎて随分昔のことのように思える」
「確かにね。そういうわけで、しばらくはお世話になると思うけど、私も頑張るから、明日からもよろしくね、マッシュ」
「ああ、任せろ」
こうして、マヤの異世界一日目は幕を閉じたのだった。
この後、うさぎであるマッシュが一緒に泊まれる宿屋を探すのにたいそう苦労することになるのだが、それはまた別のお話。
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