第五章 平貞盛

一羽の紋黄蝶が、ひらひらと舞っている。

蝶はしばらく逡巡した後、今しがたこしらえたばかりの墓にそなえた野花にとまった。

手を合わせる影は四つ。

一色、雅之、真中、玄奈である。

彼らの手により出来上がった墓は三つ、与兵衛、鈴、名も知らぬ男のものである。

墓穴でもって分かたれる彼岸と此岸に思いを馳せることしばらく、一色が長い沈黙を破った。

「寺へ行ってみよう。

 この土地のことが何か分かるかもしれない。

 今晩の宿も必要だ。」

反論する者はいない。

皆、言葉すくなである。

無理もなかった。

昨日まで陽気に言葉を交わしていた与兵衛や鈴が凶事に倒れ、今はもう墓の中なのである。

これまで身近に人の死など見てこなかった十代の若き四名は、皆、少なからず内に動揺を抱えていた。

我らの心の安寧の為にも、今はしばしの休息が必要だ。

そう考えての一色の発言でもあった。

四つの影は一路、村の西に位置するとされる寺へと向かう。

彼らの行く手をひとりの男が待ち受けているとは、誰一人気づかずにいた。


良願寺――。

それが、その寺の名であった。

四つ足門の下に提げられたその字面を見たときには、日は既に傾きかけていた。

「ごめんください。」

一色が玄関先で声を張り上げた。

すると、はあい、と言って、中から一人の小坊主が現れた。

手にほうきを持っているところを見ると、掃除の最中だったらしいことが分かる。

一色たちは事の成り行きをかいつまんで説明し、上にかけ合うよう求めた。

そう豊かではない村の寺である。

色よい返事が望めないことも予想したが、それに反し、円仁えんにんと呼ばれる住職は快く四名を招き入れてくれた。

急な客人とあって寺の内はにわかに色めき立つ。

客が珍しいのか、四名が通された客間には、何かと用事をつけて小坊主たちがひっきりなしに顔を出しては引っ込めるを繰り返す。

その様子がおかしくて、四名はすっかりくつろぎ、夕餉の時刻にもなると大広間での小宴会はなかなかににぎやかなものになっていた。

「ほう、それではその呪われた土地の謎を解くために中央から派遣された、と。」

話題に飢えているのか、円仁のほか小坊主たちは食い入るように四名の話にくいつく。

「ええ、それで先だって話しました野盗に襲われまして。」

「それは災難でしたなぁ。」

「それでこちらのお寺に、何か手掛かりとなるものがないかと思いまして。」

そう切り込んだのは真中であった。

与兵衛と鈴を亡くして間がないとはいえ、何もしないではいられないと気が急いているのであろう。

一色はそう判断した。

「なるほど、そういうことでしたら。」

言うと円仁は、小坊主たちに器を下げさせ退席させてから、とくとくと話し始めた。

「このあたりの土地は、元々、はた氏という一族がおさめておりました。

 しかし先々代の住職のおり、中央から源氏が派遣されて以降、源氏が実効支配をするようになったのでございます。

 さらに先代のおりに、中央から平氏が派遣され、その際、源氏とやり合い、その戦は不思議の術をも用いる大戦になったと聞き及んでおります。

 戦は源氏が圧勝したものの、今の世になっても中央からは平氏が派遣されており、四六時中小競り合いが絶えない土地となっているのでございます。

 人はこの土地を『不毛の地』と呼んでおりますれば。」

一気に話し終えると、円仁は白湯をすすった。

「ああ、文献で読んだことがあります。」

そう声をあげたのは玄奈である。

「二十年前に、都の南西で小規模な反乱があったって。

 たしか土着の源氏とかいう小役人が、中央に牙をむいたとかで。」

「それなら僕も読んだ」

真中がかぶせる。

「でもって、その平氏というのが俺たちなわけだ。」

そう、どこからともなく低い声が響くや、一同が会していた広間の入り口に、刀がきらめいた。

「なにやつ――。」

ひるがえって一色が叫ぶ。

「おっと、誰一人動くなよ。小坊主どもがどうなっても知らんぞ。」

見ると小坊主たちは半べそをかいてつかまっている。

男たちの数は十名ほど。

それぞれ手に光るものを携えている。

四名に住職を加えた一色たちは、抗うすべなく一様に縄で縛りあげられることとなった。


ひらひらと舞う蛾が一匹、ろうそくの光に影を落としていた。

大広間の中央には、一色をはじめ、四名と住職の円仁、それに小坊主たちが縄で縛りあげられ鎮座している。

それを囲うように野盗姿の男が十名ほど、手には各々刀やなたを携えている。

先ほどから男たちは一色ら四名の成り行き話を相槌を打ちながら、ときに下卑た笑いも交えながら聞いていた。

「するってえと、お前らは中央の陰陽寮の見習いだってか。」

男たちの中で、かしらと呼ばれる男が口を開いた。

「いかにも。」

一色が言葉すくなに答える。

「なぁんだ。なら俺らは仲間じゃねえか。」

言って男は大笑いに笑った。

「俺はな、平貞盛という。

 こう見えても、中央からこの地を任されている役人だ。」

しばりあげられている者たちは、皆そろって顔を見合わせた。

「俺の土地が呪われてるってんで見に行かせた部下が一人戻らねえんで、俺が直々に出張ってきたのよ。

 お前たち、知っているだろう?」

一色たち四名は互いに首を振る。

「なあに、竹藪に隠れて見ていたから知っておるのよ。

 なに、とがめはせん。

 村人に手をかけたあいつが悪いからな。」

話の行く先がつかめず、一色の額に汗がにじむ。

「おぬし、妙な術を使うのう。

 見ておったが、あれは使える。」

指をさされ、一色は目を見開く。

 見ていたものがいたとは、うかつ――。

「その術、ひとつ俺のために使ってみせよ。」

一同に静けさが戻る。

「…断る。

 この術は都のため、世のため、人のための術。

 一俗人の好きにしてよいものではない。」

一色のきっぱりした言いように、貞盛は大口を開けて笑った。

「ならば言葉を変えよう。

 このあたりの土地では奇怪な現象が後をたたず起こる。

 世のため、人のためと言うならば、それをおさめてみせよ。

 褒美はこの貞盛が保証する。

 断れば命はない。」

突然の宣告に、一色は動揺を隠せなかったが、他に選択肢は与えられていない。

「分かった、協力しよう。

 その代わり、仲間の縄を解いて欲しい。

 私一人で十分役に立って見せよう。」

「一色!」

これには隣で同じく縛り上げられている他三名が抵抗した。

「おっと、その手には乗らんぞ。

 中央に助けを求められても困るんでな。

 人質にとらせてもらう。」

一色らは成すすべもなく、貞盛の一喝でその場はお開きとなった。

明日から忙しくなる、よく寝ておけとの達しが、むなしく大広間に響いた。

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