第22話 伝説 序奏

 


 

 ▼▽


 UAAフェス当日。雲一つない青空の下そよ風が吹いている。これ以上ないコンディションの中、本番を迎えることができた。会場内も食べ物屋台や物販が立ち並び、多くの観客がにぎわっている。ライブ席もいい席を確保しようと既にキープしている人もいた。


 聞いていた話や想像と一致した光景にわずかな緊張と高揚こうようを感じながら舞台袖にて初華の最終調整が終わるのを待っていた。調整といっても課題曲の通しやストレッチなどの体をあっためる程度の軽い運動。当日リハは早朝に終えたためあとは出番を待つだけとなった。


 今更確認する必要もないが初華の後出演するアーティストの紹介が記載きさいされたプログラムでも目を通すかと考えていたその時、こちらに向かって歩いてくる同世代くらいの男に気づいた。


「こんにちは、今日はよろしくお願いします」


 会場スタッフ。とだけ書かれた俺と同じ名札をぶら下げている男は丁寧ていねいに頭を下げた。反射的に俺も持っていたプログラムの紙束を鞄にしまって会釈えしゃくを返す。


「こちらこそよろしくお願いします。オープニングアクターを務めるマスカレードアイドルのマネージャーを担当している冬月です」


 他事務所同士の社員が顔を合わせてやることと言えば互の名刺交換に決まっている。業界はあいさつが基本と社長に教え込まれたためどんな相手であってもそのスタンスを崩すことはない。もちろんそれが俺と因縁深い相手だとしても。


「マスカレードアイドル‥‥あっ、知ってます知ってます!最近すごい注目されてる子ですよね。仮面を被りながら超高難易度のダンスを息を乱さず踊り切る!うちの担当も最近影響されてるんですよね」


 うんうんと頷きながら初華を褒め称える彼に好感を持つ。自分のことではないとはいえ担当のアイドルが評価されるのは嬉しいものだ。


「そうなんですね。そちらの担当はもしかしてダンサーやアイドルだったり?」


 このフェスにはバンドだけでなくロック系の曲を踊ったり歌ったりするアーティストも多く出演するため、そのどちらかの可能性が高いと踏んで質問をしたのだが予想を裏切る返答が返ってきた。


「いえ‥‥うちはそのなんていうか。異性に対しての興味がある子でして‥‥多分そういった観点で彼女のことを見てるんだと思うんです」


 受け取った名刺にグランエンタテイメントと書かれていたため嫌な予感はしていたが、運がいいのか悪いのか的中する。


「後半の部で出場するDropsなんですけど‥‥ご存知ですかね?」


 ご存知もなにも、奴がこのフェスには出場することは知っていた。かつて俺と同じ劇団に入っていた同期でいまや多くのファッション雑誌やテレビ番組に引っ張りだこの、Dropsギターボーカル富田出流。

 俺の初恋の相手を寝取り、長期間アレが機能しない絶望を味あわせられた。正直寝取られた苦痛よりもこっちの方が十分応えた。情けなさ過ぎて彼女なんか作るかも失せたしな。


 多分、前世の一角初華を見ても発情せず冷静だった原因もそれだろう。男である以上生のアイドルの制服姿なんか見たら理性のストッパーが外れるだろうに。


「そうなんですね。まぁ彼らも男性ですしそういう目で見てしまうのも仕方ないと思いますよ」


 まぁ正直このマネージャーもマネージャーだ。馬鹿正直にそういった目で見ているという必要はないのにな。


「それはそうと、Dropsの皆さんはもう会場入りしてるんですよね?ここに居ないということは楽屋でしょうか?」

「あ、いえ‥‥その。全員私から離れてしまいまして、多分今はフェス内にいる女性を‥‥」


 言いづらそうな反応を見せられ、なんとなく予想がついた。富田がリーダーを務めているバンドだという以上、他のメンバーも同族なはずだ。

 一応計画成功のためにも弊害へいがいとなる人間のことはあらかじめ下調査している。もちろんその中に富田も含まれているのだが、コイツは女優やモデルなど顔が良くてスタイルのいい女性に手を出しては肉体関係を持っているという噂がNEO芸能事務所にも聞こえてきた。

 まぁでも相変わらずの愚行ぐこうをを重ねているようで少しだけ安心した。今更善人になられても復讐する甲斐かいがないしな。


「すみません。今メンバーの1人からお昼代を用意しろと言われてしまいましたのでこれで。今後ともよろしくお願いします。では」

 

 マネージャーにも色々立場があるようだ。俺はあの人のようにパシリみたくなりたくない。そう決意した瞬間、希美の姿が頭の中にチラついたが全力でかき消した。


「あれれ、大樹1人?」


 どうやら予定より早くアップを済ましたようで、背後から足跡を立てながらこちらに迫ってくる。


「練習と違ってアップの時間はきっちり守ってくれんだな。ずっとこもりっぱなしになるかと思って心配になっ———————」


 振り返った途端、俺は言葉を詰まらせた。先ほどまでジャージ姿だった初華が、先方に用意された衣装を着て変身していたのだ。


「時折お前が本当にアイドルだったんだなと実感して安心する時があるよ」

「何それ。私はいつでも現在進行形でアイドルなんですけど?」


 ラメの入ったキラキラしたスカートを靡かせながら俺の顔を覗き込む。

 別にいつもしている仕草だというのに今日に限って特別に見えた。


「まぁいい。それより本番まで1時間を切ってる。体のアップは済ませてからって精神も怠るなよ?いくら今があったまってるからって緊張してたら動きもガチガチに‥‥‥‥なんだよ?」


 初華に、疑問が浮かんだのが分かった。先の言葉につっかかる箇所があったのか、一度咳払いをしてから口を開いた。


「あのさ。私こう見えても結構場数を踏んできてるんだよね。確かに何年もブランクがあるから舞台慣れみたいのは忘れちゃったけど。自分のモチベーションの調整はできる。だから心配しないでいいよ」


 俺は初華のマネージャー。その先入観にそもそもとらわれてはいけなかった。何年もコイツを支える立場であったが、今日は違う。本来の自分が真の意味で”アイドル”としていられる絶対領域。

 俺が心配する必要もなく、コイツはちゃんとやる。今の初華に、緩みは一切ない。


「そうだな‥‥わかった。この場で一番緊張してのは俺か」

「そうそう。ということで!君はここに居なくていいから」

「は?それはどういう?」

「今日はさ。まぁマネージャーっていう事実は変わらないんだけど。私のファンとして今日のステージを見て欲しいわけ。真横の舞台袖じゃなくて、正面のステージ席でね」


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