第9話 タレントカースト

 なんてことのない普通の人生。朝飯食って、学校行って、夜は布団で寝る。そんな変わり映えのしない人生。

 それだけでも自分の人生に絶望していた2年前と比較すれば随分と大成した方だと思う。たった1人のアイドルの出会いが俺の人生を良き方向へと矯正きょうせいした。おかげで今では良き隣人に恵まれ、放課後遊びに誘われるという青春イベントにも遭遇そうぐうできた。

 あくまで安定、普通、平凡、一般。この世の中で多くの人間が経験するであろう人生のレールに乗っている俺がこれ以上何か望むなど怠慢たいまんでしかない。

 そんなことを思っていた矢先に‥‥


「私、何でこうなったんだろう」


 ほんとそれだよ!!


 どこかの国民的アニメで見たことありそうな空き地の土管に腰掛け、両足を振りつかせながら質問してくる彼女にそうツッコマざるには居られなかった。

 

「マジでほんとにお前なのか?」


 本当なら生きていてよかったと、目に光るものを浮かばせながら感動の再会といきたいところだ。だがそれ以上に俺の本能がコイツの存在を否定したがっている。

 何故って?そんなの理由は一つしかない。この現実世界に、幼女転生などというラノベ王道展開が果たしてあり得るのだろうかという単純な恐怖だ。


「私だってびっくりしてるんだもん。目を覚ましたらどこの家族かも知らないとこの子供になってるし!慌てて家を出てもそこがどこなのかも最初わからなかったし。ここに来れるようになったのに2年だよ!?ほんと大変だったんだから!!」


 身の丈に合わない態度で短い腕を振り回しながら事情を報告する初華ういか。その姿は当時のモデル顔負けのプロポーションを失っており、ただおもちゃを買ってくれないと駄々をこねて機嫌をそこねている幼女にしか見えなかった。


「‥‥ひとまず状況整理だ。一旦俺は厨二ちゅうにじみた発想は捨てて目の前の現実と向き合おうと思う。そう、これはあくまで現実逃避などではなく客観的な現場解決に至るまでの最短過程の算出であり決して——————」


「自分を納得させるのに必死だね!?」


 この当たり外れのないツッコミ、今までの記憶と相違ない彼女の性格、そして何より自分を最強アイドルと自称するアホさ。

 どこまで否定しようが間違いなく俺がこの転生論争に敗北することは目に見えていた。


「まぁさ、色々思う節はあると思いますが!!ここはひとまず私の話を聞いてよ大樹!そんでその後どうしていけばいいか考えていこうよ?」


 何故こいつはここまで冷静なんだ?と思ったが確かこいつは先ほど”2年”という意味深な数字を口にしていた。それも含めてまずは話を聞くとしよう。

 

「わかった。ここに来るまでの経緯、それとお前の身に起きたことを話してくれ」



 ▼▽


「‥‥マジか」

「マジのマジ。おおマジのスーパーマジ」


 あれから30分。少しだけ日の傾いた黄昏たそがれの中、俺は段々と暗くなる空の下で彼女の話を耳にしていた。その話はなんとも突飛とっぴに突飛を重ねていたとてつもないファンタジーで、フィクションであることを願いたいほどのものだった。


 内容を簡潔にまとめるとこうだ。


 あのライブの夜。俺に宣告していた東京への仕事に出向いた初華は指定されたとある芸能プロダクションにて行われる会議に参加することが当初からの目的だったらしい。

 会議の目的、その議題は。


「タレントカースト制度の導入?」

「タレントは才能。カーストは階級。その名の通り才能によって与える仕事を限定するという制度よ」


 全世界のトップカルチャーとうたわれて長い芸能文化。それは俳優、モデル、芸人やアイドルといったあらゆる芸能界のジャンルの衰退すいたいを防ぐため、より高水準のレベルを保つことを目的としていると彼女は説明した。


「別にそれ自体は間違ってないんじゃないか?ぶっちゃけライブに出るアーティストだって、テレビに出る芸人や俳優だってそれなりに面白かったり、演奏や演技がカッコよかったりするからファンがいるわけだろ?」

「そうだね。実際芸能界が才能を武器とし、それを持つ人間を商品として売り出している以上根本的な間違いはない。けれどそれは多くの人間が下積みという才能だけじゃなく、努力と苦労を重ねてきたからこその結果なの」


 芸能界を代表するアイドルやアーティストなどのライブを主とする人間の裏には必ず下積みという暗黒時代を味わっている者が多い。いつか自分の才能が開花することを信じて、周りの人が職を手にする中20代、ましてや30代を超えても努力を重ねる人間が少なからず居るらしい。


「そうやって自分を信じ、いつか憧れの舞台を夢見て頑張る人達を誰よりも見てきたというのに。あの人たちはこの制度を立ち上げた」


 タレントカースト制度。それは表社会に出回ることのないあくまで芸能界暗部のルール。その全容は満20歳に至るまでに芸能事務所に所属する人間が残した番組出演やライブの売り上げなどの実績評価を査定し、芸能界におけるカーストを決定する。

 つまり、20歳を超えた時点で何か人前に示せる功績を残さなければ首が切られるという残酷非道なシステムだ。


「その場に集まった各ジャンルごとの選抜された5人は私を除いて全員が賛成したの。みんな高校生や大学生でその仕組みが理解できないはずがないのに‥‥自分が一番ならあの人たちはそれでいいのよ」

「‥‥もし20歳を超えても芸能界に居続けたいって言ったらどうなるんだ?普通に切られて終わりか?」


 震える拳を抑えながら唇を噛み締める初華。この質問は無粋ぶすいだったかと思い撤回しようとしたその時、彼女の口が開いた。


「この場で言うのがけがらわしいくらいの凌辱りょうじょくを味わうわね。それこそ20歳の若い女性なんか特に。むしろそれが狙いで賛成してるモデルの男も居たわ」

「モデル、か」


 一瞬脳裏にあの男の顔がチラついた。平気で人の彼女を寝取ったあいつならやりかねないな。


「そこに居座っていたお前以外の4人の名前は覚えていないのか?」


 すると、その言葉を待っていた。と言わんばかりに今までに見せたことのない邪悪な笑みを浮かべた表情を見せるとその場の木の棒を使って地面に書いてみせた。


 富田出流、メイメイ、櫻井葵。


 そして最後に、”冬月すみれ”と。


 身を駆け巡った鳥肌を抑えながら、その土文字を凝視する。


「これがあの場にいたタレントカーストとかいうふざけた制度を作った張本人達。この人たちはきっとその制度のトップに君臨するでしょうね」

 

 さっきから心臓がうるさい。ドクドクドクドクと初華の声を遮断するように俺の中で反響しやがるのと同時にもしかして?などというとてつもない憎悪の推理が頭を駆け巡る。

 

「いきなりの話で悪いけどこのまま勢いに乗って貴方に言うわね。私、この人たち全員を蹴り落として芸能界のトップに立ちたいの。だからその手伝いを貴方にもして———————」

「その話をする前に。先に教えてくれ」


 自分が今どんな顔をしているのかわからない。怖い顔?驚いている顔?それとも‥‥いや。この際俺がどんな顔をしていようが関係ない。人前に見せられないほどのキモい顔をしていようと、この疑念だけは確かめておきたかった。


「お前はこの中の誰に殺されたんだ?初華」

 

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