第88話 間話 ダークエルフの恩返し(前編)

 ――時間は少々さかのぼる。


 ダークエルフのエクレールは、御婆おばば様――ダークエルフの長老に呼ばれた。


 時間は夜である。

 長老の家の前には、たき火がたかれていた。

 たき火の周りには、長老と四人のダークエルフが座っていた。


 エクレールは、チラリと四人に目をやる。

 エクレールの知っている男性が三人、女性が一人。

 四人とも闇魔法【形態変化】の使い手である。


「御婆様。何の用だ? 王都行きの支度で、私は忙しいのだ」


 エクレールは、つっけんどんな態度だが、長老はエクレールを咎めることなく話し出す。


「エクレール。王都行きの仕事は、この子たちを連れてお行き」


 エクレールは反発した。


「御婆様! 私一人で仕事は出来る!」


 領主のノエル・エトワールは、エクレールに仕事を依頼した。

 自分の暗殺を手配した者を消せ。

 そして遺体と暗殺者の首を、黒幕である宰相の屋敷に放り込めと。


 エクレールは、ノエルに大きな恩義を感じている。

 ノエルの命を狙ったエクレールを許し、魔法薬エリクサーを与えてくれた。

 おかげで妹のショコラは病から救われた。


 ノエルに受けた恩を返そうと思っていたら、横から御婆様たちが入って来たと感じ、エクレールは面白くない。


 御婆様は、そんなエクレールの気持ちを察して、優しくエクレールを諭す。


「エクレールや。オマエさんが、ノエル坊やに恩を返したい気持ちはわかる。けどね。ダークエルフの一族みんなも、オマエさんと同じようにノエル坊やに恩を感じているのさ」


「……」


「だからね。エクレール。この四人と一緒に王都へ行っておくれ」


 エクレールは、長老の言うことを理解した。

 なるほど。確かにダークエルフの一族はノエルに恩義があると。


 王領を追い出されたダークエルフに良い居場所を提供してくれた。

 暖かい海、足の速い船、広々とした家。

 ノエルに与えられた恩は大きい。


 たき火を囲む四人のダークエルフは、いずれもエクレールより年上だった。

 中年の男が二人。若い男が一人。若い女が一人。

 四人は、エクレールに自らの思いを語る。


「エクレール。アンタの仕事をとろうってワケじゃない」


「私たちも手伝わせて欲しいんだ」


「そうだ。領主のノエル殿には、ダークエルフの一族みんなが恩義を感じているのだ」


「エクレール一人が背負い込むものではない。我らにも領主の為に働く機会をくれ」


 やがてエクレールが折れた。


「わかった。兄様あにさま姉様あねさまが、そういう思いなら一緒にやろう」


 長老はエクレールが納得してくれたことを嬉しく感じた。


(この娘も成長したね。これなら王都でも大丈夫さね)


 長老にとって一族の者は自分の孫やひ孫のようなものである。

 一人一人が可愛い。


「オマエさんたち、今回の仕事はノエル坊やへの恩返しさ。必ず成し遂げるんだよ」


 一番年上の男が、長老に答えた。


「わかっている。それに我らを追い出した国王や宰相への意趣返しにもなる」


「うむ!」


「そうね!」


「思い知らせてやろう!」


 年上のダークエルフが発した言葉に、三人が同調する。

 長老は手を上げて四人を抑えた。


「まあ、みんなお聞きよ。今回の仕事はね。我らダークエルフの将来にも関わるのさ」


 エクレールは、たき火のそばに座りながら長老に質問する。


「将来? 御婆様、どういうことだ? 我らは、この地を得た。将来は安泰だと思うが……」


「そうさね。このエトワール伯爵領は平和で、暖かくて、ノエル坊やもよく面倒を見てくれる。ありがたいことさ。けどね……」


 長老が何を言うのか?

 エクレールと四人のダークエルフは固唾をのむ。


「他の者がどう思うかはわからない。だからダークエルフの価値を高めることが大切なのさ」


 長老の言葉にダークエルフの四人が議論を始めた。


「ダークエルフの価値? 我らは漁に出て魚を捕る。領主も人族も喜んでいるぞ?」


「漁はマーマンもやっているな。それに他所では漁をする人族もいるぞ」


「では、我らに価値はないと?」


「そうは言わぬ。御婆様が言いたいのは、代りが効くということではないか?」


 エクレールと四人のダークエルフは、長老の顔を見る。

 長老は、宿題を解こうとする孫を見るような暖かい目をしていた。


「エルフは上等な家具をこさえ、ドワーフは鍛冶……。我らダークエルフとしても、もうひと頑張りして得意を見せておきたいところさね」


「得意……なるほど……」


 年上のダークエルフが深くうなずく。

 老婆は、エクレールと四人のダークエルフに優しく諭す。


「ノエル坊やが優しくても、貴族で領主だということを忘れちゃいけないよ。我らはノエル坊やの庇護を受けているのさ。ノエル坊やに『ダークエルフが有用な種族』と思わせることが、一族の未来を買うことになる。だから、今回の仕事は気張っておくれ」


 エクレールは長老の話を聞いて考えを改めた。

 これは自分個人の感情に任せてやって良い仕事ではない。

 一族の者と連携して確実に成し遂げねばならない仕事なのだと認識した。


「御婆様。わかった。兄様、姉様と協力して王都で仕事をする」


「頼んだよ。そうそう、これを持ってお行き」


 長老は茶色い革製の肩掛け鞄を差し出した。

 エクレールは肩掛け鞄を受け取る。


「御婆様。これは?」


「執事のセバスチャンからさ。軍資金や取引で使えそうな物が入っているそうだよ。さあ、お行き。頼んだよ」


「「「「「おう!」」」」」


 翌朝、エクレールたちダークエルフ五人は、高速船で出発した。

 目的地は王都――薔薇の都パリシィ。


 南部のエトワール伯爵領から北を目指す。


(次話に続きます)

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