第86話 浪人貴族

 イーノス兄弟のおかげで、何やら不名誉なあだ名がつけられてしまった。

 ホントにうるさいよ! 『悪食伯爵』だの『ゲテモノ伯爵』だの、何を食べようが俺の自由だ!


 まあ、細かいことを気にしてはいけない。

 祝賀会は、概ね順調なのだ。

 料理も好評で、特に揚げ物が大好評だ。

 オークカツ、フィッシュフライ、エビフライ、フライドポテトなんかは、これまでも出していた料理だが、今回はロックバードが冒険者ギルドで売りに出されたので、ロックバードの唐揚げを投入した。


「むほ! これは旨いな!」


「ロックバードをこんな風に料理するとは!」


「ほう! これが噂の揚げ物か! ウチの料理人にも覚えさせたいな!」


 カリッとジューシー! みんな大好き! 大正義唐揚げ!

 非常に好評で、出席者はみんな満足している。


 ただ、俺としては醤油が欲しい。

 ニンニク醤油に鶏肉をつけた唐揚げが食べたいのだ。

 いつか醤油を再現してやる!


 まあ、それでもロックバードの唐揚げは美味しい。


 俺の隣でフォー辺境伯が、ガンガンロックバードの唐揚げを食べ、エールで流し込む。


「プハッ! これ旨いな! エトワール伯爵! 後でレシピを教えろよ!」


「いいですよ~。ところでフォー辺境伯。あの王都から来た貴族は何者ですか?」


 この祝賀会に二人の王都貴族がいる。

 たまたまフォー辺境伯の屋敷に滞在していたので、ご招待したのだが何者なのだろう?


 フォー辺境伯は、顔を上げると、ちょっと言いづらそうにした。


「ん? ああ、あれはな……何というか……浪人中の貴族だ」


「え? 浪人?」


「うむ……説明が難しいな……。ジロンド子爵。貴殿説明してくれ」


 フォー辺境伯はジロンド子爵に説明を丸投げして、またロックバードの唐揚げをパクつきだした。

 そしてエールをグビグビグビ~! 旨そうだな、オイ!


 フォー辺境伯から雑にバトンを渡されたジロンド子爵は苦笑いだ。

 俺はジロンド子爵にエールの入った新しいグラスを渡しながら改めて質問した。


「ジロンド子爵。浪人中の貴族とは、一体どういう意味でしょう?」


「ほら、俺たちは領主貴族だろう? だが、王都の貴族は宮廷貴族で領地がない」


 それは俺も知っている貴族の知識だ。

 エトワール伯爵家は元々北部の領主貴族で、領地と王都の二箇所に屋敷を構えていた。

 だから、俺は王都に住んでいたが領主貴族だ。


 領主貴族は各地方を支配していて独立独歩の気風が強い。

 国王の臣下ではあるが、国王の支配領域が大きくて軍事力や経済力があるから従っているだけだ。


 一方で、領地を持たない貴族もいる。

 法衣貴族や宮廷貴族と呼ばれる。

 王宮から役職を与えられて、お給料をもらうのだ。

 彼らは国家公務員に近い。


「ええ。知っています。王様から役職を与えられて、お給料をもらうのですよね?」


「そうそう。でもな、王宮も役職が無限にあるわけじゃない。だから、役職をもらえない貴族も出るんだ」


 なるほどね。

 ポストには限りがあると。

 ポストが空くのを待っているのか。


「あ~! だから浪人ですか! そっか、役職待ちの貴族のことか! あれ……? なんで、彼らは王都にいないで南部に来ているのですか?」


「まあ、その……言いづらいのだけどね……」


 ジロンド子爵が小声で教えてくれた。


 浪人中の宮廷貴族は、収入が少ない。

 一応、貴族として最低限の手当が王様からもらえるが、本当に最低限なので収入が不足してしまうらしい。

 例えば成人する娘のドレス代であるとか、息子の家庭教師代であるとか、貴族も何かと物入りなのだ。


「そこで収入の少なくなった浪人貴族は地方へ行くのさ。地方の領主貴族から援助をしてもらう……。まあ、あけすけに言えば、金を無心する」


「え~!」


 俺はちょっと呆れてしまった。


「それって王都の浪人貴族が、地方の領主貴族にたかっているだけじゃ?」


「厳しい見方をするとそうなる。ただ、我々領主貴族側もメリットがあって、王都の近況を教えてもらえるとか、我々が王都に行った時に頼りにさせてもらうとか……。まあ、運が良ければ、支援した浪人貴族が出世して領主貴族に恩返ししてくれるなんてことも」


「あるんですか?」


「ごく、ごく、まれに」


 ジロンド子爵がニカッと笑う。

 俺も釣られて笑ってしまった。


 ごく、ごく、まれにか。

 宝くじじゃないか!

 まあ、それでも浪人貴族には、利用価値がそれなりにあるということだ。


「とすると、あのお二人が今日いらっしゃったのは……」


「エトワール伯爵家の当主たる君から支援を引き出すためだろうねぇ~」


 ジロンド子爵がおどける。

 俺は苦笑するしかない。

 なかなか世知辛いな。


「フォー辺境伯は、王都貴族のお二人に支援をされたのですか?」


 フォー辺境伯は、口の中の唐揚エールで胃袋に流し込む。


「ああ、一人二百万リーブルずつだな」


 二百万か……。安くはない。

 それでも地方の領主貴族からすると、王都のコネクション作りと思えば必要経費と割り切れる額なのかな……。


 もらう方はどうなのだろう?

 領主貴族の屋敷に泊まるから滞在費はタダ。

 移動は自前の馬車だろうから、かかる費用は御者の人件費くらい。

 ふむ……五か所の地方領主を回れば、一千万リーブルになる。

 悪くない収入だろう。


「二百万リーブルが相場ですか?」


「ああ。有益な情報を得られたら色をつけてやれ」


 なるほど。

 でも、王都の情報って、それほど必要としてないからな……。

 ダークエルフを工作活動で潜入させているのは極秘だから話せないし……。

 まあ、相場の二百万リーブルを渡して終わりかな。


「おっと、やって来たぞ!」


 ジロンド子爵が、クイッとアゴで指す。

 王都貴族が二人、こちらに歩いてきた。

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