第77話 やあやあやあ! 南部の貴族がやって来る!

★―― 連休なので、続けてもう一話どうぞ! ――★


 工事開始から十日たった。

 道普請は順調だ。

 この調子ならあと数日で、工事が終るだろう。


 計算外だったのは、他の領主が沢山やって来たことだ。

 フォー辺境伯が滞在しているのもあるが、領都ベルメールの領主屋敷には来客がひっきりなしだ。


 部屋が足りないので、深夜にこっそり生産スキル【マルチクラフト】を発動して増築した。

 客は驚いていたが、誤魔化しておいた。


 一日一回工事現場を見回るようにしているのだが、フォー辺境伯を始めとする南部貴族がワイワイとついてくるのだ。


「おお! この土嚢工法は良いな!」


「うむ。土魔法使いを雇わないですむ」


「ああ、領民だけで出来る」


「低予算で済むな……我が領でもやろうか……」


 俺としても南部で道路整備が進むのは願ったり叶ったりだ。

 なので、押しかけてきた南部貴族を邪険に出来ない。

 俺と妹のマリーで接遇している。

 工事視察は俺が担当だ。


 今、視察している現場は、ムキムキ筋肉の肉体派リーダーだ。

 金でなく、情でなく、筋肉でチームを統率している。


 筋肉リーダーが、工事の邪魔をしていた大きな岩を持ち上げ道路端に投げ捨てた。


「おりゃッシャア!」


「「「「「おお!」」」」」


 パワーこそ力を体現した漢である。

 まあ、こんな力持ちリーダーに誰も逆らおうとは思わないよね。


 俺はこの筋肉さんを配下として使いこなさなければならない。

 大丈夫かな?

 今度、生産スキル【マルチクラフト】でプロテインを生成してプレゼントしてみよう。

 家名を『プロテイン』にしてあげたら喜ばれるかな?


 続いてリーダーが巻き尺代りのロープで道路幅を確認している。


「よしっ! 六メートルだ! 土嚢を積め!」


 道路幅は六メートルにしてある。

 六メートルあれば、馬車が余裕を持ってすれ違える。


 南部貴族が、メートルについて論じだした。


「このメートルは悪くない。使い勝手が良さそうだ」


「ああ。長さの単位がバラバラで不便だからな」


 そうなのだ。

 度量衡が統一されていないのだ。

 王都回りで使われている長さの単位と南部で使われている長さの単位は違っていて、さらに南部の中でも沢山の単位が使われている。


 フォー辺境伯領など、東と西で長さの単位が違うのだ。


『俺のじいさんのじいさんのじいさんの時代に、フォー辺境伯領は東西に分かれて争ったらしい。兄弟喧嘩さ。その時に、長さの単位も違ったってわけで……』


『メチャクチャ不便じゃないですか!』


 フォー辺境伯から話を聞いた俺は、思わず大声で叫んでしまった。

 度量衡が統一されていなければ、商売がやり辛い。


 俺はメートルを普及させようと誓ったのだ。


 フォー辺境伯は、メートルに乗り気だ。

 自領で使われている二つの長さの単位。

 どちらかを選ぶと、選ばれなかった単位を使っている方が不満を持つ。

 だが、新しい単位であれば、どちらもシブシブ受け入れるだろうと、フォー辺境伯は読んでいる。


 俺は一メートルの物差しと六メートルの巻き尺代りロープを訪問した貴族や商人にせっせとプレゼントして、メートル普及活動に力を入れているのだ。


 屋敷に帰ると南部貴族たちは、割り当てられた部屋に戻り各々過ご……さない。

 南部貴族はおしゃべり好きで、日当たりの良いサロンに集まってダベっている。


 だが、このダベリが俺にとっては重要なのだ。

 南向きの日当たりの良いサロンは、エトワール伯爵家のショールームになっている。

 俺の生産スキル【マルチクラフト】で生成した品。

 エルフの職人がこしらえた家具。

 ドワーフの職人が作ったガラス。

 色々な商品が置いてあるのだ。


 南部貴族の一人がソファーに座りくつろぐ。


「いやあ、このソファーは随分と具合が良いですね」


 ほらほら!

 さあ、営業開始だ!


「そちらのソファーは最新式のポケットコイルマットレスを座面に使っています。座り心地が良いでしょう?」


「ええ! 私は腰が弱いのですがね。このソファーはシックリきますな!」


「ポケットコイルだからです! お部屋のベッドにもポケットコイルマットレスを使っていますよ。お買い上げいただくことも可能です!」


「でも、お高いんでしょう?」


「それがたったの百万リーブルです!」


 生産スキル【マルチクラフト】であれば、複雑な構造のポケットコイルマットレスも瞬時に生成可能だ。

 百万リーブルは安くはないが、決してボッタクリ価格ではない。

 ソファーの木材部分は、エルフの職人が丹精込めて作った品なのだ。


「百万か! 一つ注文させていただこう!」


「ありがとうございます!」


 おっ! 今度はテーブルに興味を持っている人がいるぞ!


「このテーブルは品が良いですな! この丸い天板に細い脚が良い!」


 テーブルは前世のイタリア家具を思い出しながら俺がスケッチし、エルフの職人が仕上げた一品だ。

 暗すぎず明るすぎずの落ち着いた色合いに、木目が美しい。

 楕円形の天板は、最大六人で使える。

 そしてテーブルの脚は、細身でシュッとしている。


 南部は気性の荒い土地柄か、全体的にガッシリした丈夫な家具ばかり。

 俺のデザインしたイタリア家具っぽいデザインは貴重なのだ。


「冒険者ギルドや酒場のような、荒っぽい場所ならガッシリ家具で良いですが、貴族の屋敷なら、やはり上品な家具でないと」


「やはり王都育ちだと目が肥えていらっしゃいますな!」


 貧乏貴族でしたけどね……。

 おっと! 今は営業に集中!


「このテーブルはエルフの職人に作らせた品です。モダンでありながら品が良く、また実用的でもあります」


「でも、お高いんでしょう?」


「三百万リーブルです。椅子とセットなら五百万リーブルです」


「ううむ。ウチのサロンにも置きたいな……。よし! 私も注文するぞ!」


「ありがとうございます!」


 こうして次々と売れているのだ。

 秘書のシフォンさんが、部屋の隅で羽根ペンを走らせ注文をまとめている。

 すぐにエルフの職人に発注をかけるのだ。


「エトワール伯爵。すまんが、エールをもらえないか?」


「ああ、今日は暑いですからね。気が付きませんでした。少々お待ち下さい」


 忙しい。

 今度はエールだ。


 サロンを後にして、俺は執事のセバスチャンと屋敷の厨房に来た。

 使用人に声を掛けて、サロンにエールを運ばせる。

 もちろんエールが入っているのは、ガラス製のビールジョッキだ。

 このビールジョッキも地味にジワジワ売れている。


 ドワーフの職人手作りなので、ジョッキ一つ五千リーブルに設定している。

 このビールジョッキは、貴族用ではなく平民も使えるようにちょっと低めの価格設定にしているのだ。

 中身が見えて旨そうなのと、ビールジョッキを冷やすことが出来るのでウケている。


 貴族だけでなく、商人も買っていく。

 宿屋や飲食店に売るそうだ。


 料理を担当している使用人が声をかけてきた。


「ノエル様。夕食のメニューをどうしましょうか?」


 使用人は平民でちょっと料理経験があるだけのおばちゃんだ。

 貴族向けの料理など作れない。

 そこで俺が前世の記憶をフル回転して、簡単に作れて美味しい料理を伝授した。


「揚げ物で良いんじゃない?」


「またですか! まあ、準備する方は楽ですけど、毎日揚げ物でよろしいのですか?」


「大丈夫。揚げ物はエールにあうから、みんな喜んでいるよ。今日は魚介類もあるね!」


「ええ。先日教えていただいたエビフライや魚のフライもお出しします」


「よろしくね」


 今日だけで十人の貴族が滞在している。

 お付きもいるので、三十人分食事を用意しなくてはならない。


 ぶっちゃけ細々メニューを考えたら俺とセバスチャンが過労死してしまう。

 揚げ物なら肉でも野菜でも美味しくなる。


 幸いなことに揚げ物は南部貴族に評判が良い。

 油で揚げる調理方法がなかったらしく、非常に驚かれた。


 それに、油は南部では手に入りやすい。

 俺の領地でもオリーブの実を搾ってオリーブオイルを生産している。

 他にもごま油などの植物油、魔物由来の動物油も手に入る。


 厨房の手伝いをお願いした農家のおばちゃんたちでも調理はすぐ出来る。

 揚げ物万歳だ!


「はい、これ。フライドポテトですよ! エールにご入り用でしょう?」


「ありがとう!」


 だんだん、おばちゃんも慣れてきて、先回りして料理を用意してくれるようになった。


 執事のセバスチャンがお皿に山盛りのフライドポテトを持つ。

 サロンに戻ると、既に南部貴族のおじさん方が飲み始めていた。


「はい! ポテトですよ! フライドポテトです!」


 みんな大好きフライドポテト。

 芋を切って揚げて塩をかけただけ。

 手間が掛からず大量に作れるツマミなので、厨房は非常に助かっている。

 ウチは植物油に牛型魔物の牛脂を混ぜるのがミソよ。


 それに原価が安い!

 コスパが良いのだ。


「いや、これが楽しみなんですよ!」


 南部貴族の一人が、嬉しそうにフライドポテトをパクつく。

 あっ……、今日のフライドポテトは、このおじさんの領地の芋だ。


「今日のフライドポテトは、そちらの領地の物を使ってます」


「いやあ! そうですか! 自領の食べ物だと思うとなお一層旨く感じますな!」


 上機嫌である。


 エトワール伯爵領は、まだ食料生産が少ない。

 日持ちする小麦や芋、エールなどは、他領から買っているのだ。


 先ほど南部貴族のおじさん方は派手に金を使ってウチの商品を買っていたが、ウチもちゃんと他領の産品を買っているのだ。


 俺は商談情報をさらりと提供する。


「エールとワインが品薄なので、すぐに売れます。小麦や芋類はいくらでも欲しいです。あとは植物油と衣類も足りていません」


「ほうほう」


「ウチの出入り商人に伝えておきましょう」


「飲み頃のワインがあるから、こちらに流そう」


「古着でよければ、ウチの領内で集めさせるぞ」


 南部貴族のおじさんたちは、まだまだエトワール伯爵領で物が売れそうだと上機嫌だ。


 エトワール伯爵領が活況。

 その余波で南部全体の景気が良いのだ。


「まあ、王都のバカ野郎どもが貧乏くじを引いたな!」


 フォー辺境伯が、ニカッと笑いながら暴言気味のジョークを飛ばした。

 王都のバカ野郎ども――国王や宰相のことだ。

 大物貴族しか口に出来ないジョークに、場がドッと湧いた。


 このジョークは、かなり真実をついている。


 王都から俺、つまりエトワール伯爵を追放した。

 王領から人族以外を追放した。

 俺が追放された人たちを受け入れた。


 この三つの事象が重なったことで、南部最南端にあるエトワール伯爵領の人口が急増したのだ。

 人口が増えれば、当然金や物が動く。


 南部はエトワール伯爵領の恩恵に浴しているが、さすがに王都までは及ばない。

 王都が損をしたのだ。


「どうだ? エトワール伯爵、ざまあみろだろ?」


 フォー辺境伯が、際どいジョークを俺に振る。


「ええ。まったく、ざまあみろです!」


 俺が遠慮なく悪態をついたことで、サロンが大いに盛り上がった。

 南部に乾杯!

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