第68話 騎士殿のお見送り(四章最終話)

 ――翌朝。


「エトワール伯爵。お見送りありがとうございます」


「ご苦労様でした。ジロンド子爵にもよろしくお伝え下さい」


 ジロンド子爵から使者として『例の首』を運んできてくれた騎士殿がお帰りになる。

 騎士殿はジロンド子爵の配下で、以前、ジロンド子爵と一緒に俺を送ってきてくれた一人だ。


 顔見知りの気安さはあるが、それはそれ、これはこれ。

 きちんと礼儀と筋を通さなければ、騎士殿にもジロンド子爵にも失礼になる。

 領主屋敷の玄関にエトワール伯爵家の全員が揃って騎士殿をお見送りだ。


 俺は執事のセバスチャンに目配せをする。

 セバスチャンが、お金の入った革袋をトレーの上にのせてうやうやしく騎士殿に差し出す。


「これは騎士殿個人への礼です。何のおもてなしも出来ませんでしたので、どうぞお受け取り下さい」


「これは……! 過分なご配慮、まことに恐縮です。ありがたく頂戴いたします!」


 騎士殿はホクホク顔でお金の入った革袋を受け取った。



 今回、ジロンド子爵が俺たちに仕向けられた刺客を始末してくれて大変助かった。

 刺客の存在は懸念事項だった。

 これでエトワール伯爵領の安全度は高まったのだ。


 さらに首を届けてくれたことで、ダークエルフのエクレールが首を見て、刺客に間違いないと確認出来た。

 これも大きい。


 当然ながらエトワール伯爵家当主の俺としては、ジロンド子爵に礼をしなくてはならない。


 この礼の額が難しかった。

 暗殺者の首に定価なんてないからな。


 昨晩、執事のセバスチャン、秘書のシフォンさんと執務室で打ち合わせを行った。

 セバスチャンは百万リーブルと礼金の額を提示した。


『百万リーブルか……』


 百万リーブルは、日本円なら百万円くらいの感覚だ。

 我がエトワール伯爵家は、領地経営を軌道に乗せようとしている最中なので、百万リーブルの出費は痛い。


 秘書のシフォンさんは渋い顔で帳簿を見つめていた。


 執事のセバスチャンも我がエトワール伯爵家の財政状況はよくわかっている。

 それでも百万リーブルと言うのだ。

 俺はセバスチャンに理由を尋ねた。


『相場ということか?』


『正直、こういったことに相場はございません。ジロンド子爵がご負担なさったであろう費用を考えると百万リーブルはお出ししないと申し訳ないかと』


『ジロンド子爵の負担か……』


 今回、俺たちへの刺客を捕らえたのは、盗賊狩りの結果だ。

 騎士や兵士を動員しなくてはならない。

 一日で捕まえられないことも多いので、数日に渡って人を動員しなくてはならない。

 手当やら食費やら、当然コストが掛かる。


 執事のセバスチャンによれば、少なくとも五十万リーブルは経費が掛かっているであろうと。

 であれば、余裕をみて倍の百万リーブルを礼として渡せば、ジロンド子爵に感謝されるであろうと、執事のセバスチャンは言う。


 これに秘書のシフォンさんが反論した。


『んー、どうでしょう? 盗賊狩りは、そもそもジロンド子爵家領内の治安維持活動ですよね? そこに偶然、エトワール伯爵家を狙う刺客がいた……。であれば、掛かった費用の全額を当家が負担する義務はないのでは?』


『いえ! シフォンさん! 当家が負担するべきです! そもそもジロンド子爵は、当家に刺客の首を届ける義務はないのですよ。それでも当家のためにわざわざ使者を立て首を届けてくれました。ジロンド子爵のお気持ちに報いなければ、次はありませんよ?』


『うーん、それはそうですが、百万リーブルですか……』


『それに当家は伯爵家。ジロンド子爵は子爵家です。家格というものがあります』


『人族の貴族は面倒ですね……。でも、エトワール伯爵家は南部に引っ越して来たばかりの新人ですよね? それにノエル様は、お若いです。ジロンド子爵に甘えてもよろしいのでは?』


『シフォンさん! いけません! 南部で新顔だからこそ! ジロンド子爵より若いからこそ! キチンとしなくてはならないのです! 侮られてはなりません!』


『しかし、当家の経済状況は良くないですよ!』


 俺は、執事のセバスチャンと秘書のシフォンさんのやり取りをジッと腕を組んで聞いていた。

 どちらも我がエトワール伯爵家のことを考えて発言をしている。

 ここは俺が決めるしかないだろう。


『決めた! 首一つ百万リーブル。首三つで三百万リーブルをジロンド子爵にお礼しよう』


『『えっ!?』』


 執事のセバスチャンと秘書のシフォンさんが、驚いて俺を見た。

 だが、俺は本気だ。

 ここはドンとはり込むべきだ。


『刺客を討ち取った……つまり、俺やマリーの命を救ったのと同じことだ。俺やマリーの命に安い額をつけることは出来ない。二人とも、この考えは良いか?』


『よろしゅうございます』

『理解出来ます』


『次にセバスチャンが話していたことだが……。貴族としてなめられないようにということだ。今後、我がエトワール伯爵家が南部で活動をしていくのに、なめられていては思うように進められない』


『その通りでございます!』


『エトワール伯爵家を助ければ、篤く報いてくれる。そういう評価、評判を積み重ねて行くことが肝心だ。そうすれば、我がエトワール伯爵家を支持する貴族が増える。つまり、これは経費ではなく、投資なんだ。将来への投資と考えよう』


『なるほど。投資なのですね……。わかりました。それなら反対しません』


 シフォンさんは、大きな胸を抱えるように腕を組んで考えていたが、納得してくれた。


 シフォンさんには話していないが、これから王都でエクレールたちダークエルフが国王と宰相に仕掛ける。

 少しでも味方になってくれる貴族を作っておきたい。


 結局、ジロンド子爵には三百万リーブルをお礼として支払い、届けてくれた騎士殿には五十万リーブルをお礼としてお渡しすることにした。



 ホクホク顔の騎士殿を見て、俺は騎士殿に礼をして良かったと思った。

 騎士殿がジロンド子爵のもとに戻れば、同僚に『タップリ礼金をもらえた』と吹聴するだろう。

 これでエトワール伯爵領に出張するのを嫌がる騎士はいなくなる。

 何かあれば騎士たちはジロンド子爵に『エトワール伯爵にお伝えしましょう!』と言うだろう。

 俺からの礼金欲しさに騎竜を飛ばしてきてくれる。

 つまり情報が入りやすくなるのだ。


 ジロンド子爵は、南部と中央部の結節点だ。

 情報収集を強化出来たと考えれば、五十万リーブルは悪くない投資だ。


「それと妹のマリーから騎士殿にプレゼントがありまして」


「マリー様から?」


 騎士殿はキョトンとしている。

 俺が目配せをすると妹のマリーが、パタパタと小走りでやって来た。

 マリーは小さな包みを騎士殿に手渡す。


「おじ様。ありがとうございます! これは私が作ったドライフルーツです。お帰りの道中で召し上がって下さいね!」


 ズキュン! と騎士殿のハートが撃ち抜かれた音が聞こえた気がする。


「マリー様! ありがとうございます! では!」


 デレデレ顔の騎士は騎竜に乗って去って行った。

 最後はマリーが全て持って行ったが、少なくともあの騎士は何かあればマリーを助けてくれるだろう。


 我がエトワール伯爵領は多種多様な住民が増え税収が増えた。

 冒険者ギルドも出来た。

 今回のことで安全も強化された。


 少しずつ領地としての形が出来てきたな。

 俺は北の地に眠る母上に、心の中で手を合わせた。


 ―― 第四章 完 ――



◆―― 作者より――◆


間話を挟んで、第五章に続きます。

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