第52話 村の名前を命名

 ――五日後。


 俺たちは、フォー辺境伯の領都デバラスからエトワール伯爵領に帰り忙しく働いていた。


 まず食料。

 フォー辺境伯の領都デバラスで買い付けた小麦粉と冒険者ギルドで解体してもらった魔物ホーンラビットの肉の分配だ。

 ドライフルーツ作りを手伝ってくれた領民たちに、お給料代わりとして小麦粉と肉を渡した。さらに領民が作ったドライフルーツの売却額相当の小麦粉と肉を渡した。


 領民は非常に喜んでいて、早速パンを焼いていた。

 開拓村のあちこちで炊煙が上がり、パンを焼く香ばしい食欲をそそる匂いが漂った。

 子供たちもパンと肉を頬張り、腹一杯になった領民たちはみんな幸せそうな顔をしていた。


 次は帳簿だ。

 これは執事のセバスチャンが請け負ってくれたのだが、面倒なのは売り上げの分配だ。


 例えば、妹のマリーが作ったドライフルーツは、マリーの売り上げであると俺は考えた。

 執事のセバスチャンは、領地の売り上げとしてマリーには小遣いを渡せば良いと言うが、帳簿は分けてもらった。


 つまりドライフルーツ工房は、マリーの工房として帳簿を独立させたのだ。

 その上で、売り上げの一割を商業税として納めてもらうことにした。


「ノエル様。なぜ、このような面倒な処理をされるのでしょうか?」


 執事のセバスチャンは、俺の希望に添いながらも疑問を呈した。

 この世界の貴族は、家父長権が強い。

 一家の当主が全てを決めるし、全てを取る。

 エトワール伯爵家の事業であれば、エトワール伯爵家の当主である俺が総取りをしても良いのだ。

 しかし、俺は違う選択をした。


「妹のマリーは、もう、何年かしたら結婚をするからね」


 妹のマリーは八歳だ。

 貴族の娘であれば、十三歳ともなれば婚約者がいても不思議ではない。

 十五歳、十六歳になれば、当たり前のように結婚する。


 妹のマリーは、他の貴族家の男性と結婚しエトワール伯爵領を出るかもしれないし、婿養子を取ってエトワール伯爵領内に別家を立てるかもしれない。


 その時に、マリーの工房をどうするか?

 マリーが続けても良いし、人を雇ってマリーがオーナーになっても良いし、俺が買い取っても良いし、民間に売却しても良い。

 どうなっても良いように、対応しやすいように、会計を分けたのだ。


 妹のマリーには、人生の選択肢をなるたけ多く与えたい。


 俺が理由を話すと、執事のセバスチャンは笑顔で面倒な会計処理を引き受けてくれた。

 同様に執事のセバスチャンが倒した魔物の代金は、執事のセバスチャンの取り分だ。

 家族を呼び寄せた時の資金として貯金しておけというと目を赤くしていた。



 俺は自分の工房にこもって、商人用の幌馬車と貴族用の箱馬車を新造していた。


 商人用の幌馬車は、新しい構造で仕上げた。

 ベースになる荷台は木製。

 幌を張る骨組みは、細い鋼管に塩ビをコーティングして組み上げた。

 軽さ、丈夫さ、サビ対策だ。


 幌は防水加工を施した厚手のポリエステルを張った。

 白一色だが、オプションで色つきにも対応する。


 御者席の横にさりげなく俺の工房のマーク『青い彗星』を入れた。

 やはり早さといえば彗星だろう。


 貴族用の馬車はジロンド子爵の分だ。

 こちらは貴族に相応しい大型の箱馬車で、俺たちが使っている馬車がベースだ。


 商人用の馬車も貴族用の馬車もタイヤはゴムタイヤだ。

 丈夫な金属製のベアリングを車軸に取り付けたので、馬車を牽く馬の負担も軽減される。


 俺が工房で作業をしていると、執事のセバスチャンがやって来た。


「ノエル様。冒険者ギルドから先触れが参りました。三日後に調査チームがいらっしゃるそうです」


「おっ! いよいよか!」


 俺は冒険者ギルドの誘致を行った。

 エトワール伯爵領に冒険者ギルドを設置できるかどうか調査するチームが派遣されるのだ。

 冒険者ギルド向けの建物を作らなきゃならないし、調査チーム受け入れに際してやることが多い。


「ノエル様。そろそろ村の名前をつけて下さい」


 執事のセバスチャンが急かす。

 開拓村には一応名前があった。

 王領だった時に、王様から派遣された役人がつけた名前だ。

 昔の王様のやたら長い名前だったそうだ。

 村人も覚えていない。


 そこで新領主の俺が名前をつけることになったのだが、俺としては何でも良い。

 川が近くにあるからリバー村とかでも良いのだ。

 だが、執事のセバスチャンは、この村を発展させて領都になるのだから立派な名前をつけろと言う。


 俺は考えていた名前をセバスチャンに告げた。


「ネオトキオ」


「真面目にお考え下さい」


 秒で却下された。

 ちゃんと考えたのにヒドイな。

 執事のセバスチャンとしては、どうも音の響きが気に入らないらしい。


 俺は名前をつけるべく連想する。

 魔の森があって、海がある。

 海……海か……!


 将来は開拓村を広げて海までつなげたい。

 海に関する名前にしよう。


「ベルメールはどうだ?」


「ベルメール……美しい海ですね……。ベルメール、領都ベルメール……。良い名前でございますね!」


「よし! では、ベルメールと命名する!」


 こうして俺の領地の領都、というか開拓村の名前はベルメールと決まった。

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