後宮で贄の少女は言葉を紡ぐ
高里まつり
序章
秋冷の候、
夢物語。昔、書物で見たままの光景であった。
池に落ちる葉を目で追いながら、
すごいなあ。これぞ殿上人だ。
見慣れぬ光景は新鮮で――いやしかし。玲娜は吐息する。
こんなに綺麗なのに、全然楽しめないなんて。
現実逃避をするかのように、空を見上げる。
ああ、遠くの秋空に雁の群れが飛んでいる。
そよぐ風、酌み交わされる盃の音。
そして飛び交う、罵詈雑言。
「大変申し上げにくいのですが……私を挟んで喧嘩をしないでいただけますか……」
右から
玲娜を挟んで左右に座る妃の間で飛び交う悪口の応酬に、思わず顔を覆ってしまう。
いや、どうしてこうなった。
公衆の面前で淑女が使うにはあまりに汚い言葉の数々に玲娜はぐうと唸る。両者とも良家の子女と聞いていただけに、なかなかの衝撃である。
互いに言葉が理解できないからといっても、言っても良いことと悪いことはあるはずだ。彼女達の言語を理解できない他の妃らは、一様にきょとんとした顔をしていた。ああ、いいな。可能なら自分もそっち側にいきたかった。
「交互に通訳しますから、せめてお一方ずつお話してください」
疲れた顔の玲娜の目の前には皇帝陛下が御座している。脇息に肘をつき、珍妙なものを見るような目で三者を見比べている。
噂の美丈夫。一度会ったことがあるはずなのに、玲娜のことを知らないと言い切った男。
彼が面白がっているのがありありと見て取れた。これはもう珍獣を見ているような雰囲気だ。
こんなことになる予定じゃなかったのに。
玲娜は引き攣りそうになる口端をなんとか押し込める。
初めは自分の意思で関わると決めたのだ。今はやれることをやるしかない。玲娜は溜息を押し殺し、笑顔を作ったのだった。
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