【第一部完結】夢占の少女と光を統べる金の竜

羽鳥(眞城白歌)

Prologue.

序.砂の世界で


 広やかな草原を渡る風が、足元の草葉をさざめかせて通り過ぎる。

 顔をあげ地平線のかなたへ視線を向ければ、緑を侵蝕する砂色が見えた。いずれこの草原も、迫りくる砂に呑み込まれるだろう。


 あの日から、世界のありさまは大きく変わった。惑星ほしの基盤をなす風の魔力と、世界を覆って広がる光の加護。惑星ほしの存続を願うふたつの権能ちからにより世界は延命されたけれど、強すぎると風の魔力は乾きを招く。

 そう遠くない未来に、世界は水を失い、乾いた風が運ぶ砂に覆われてゆくだろう。――そう、友が告げた予測を胸に巡らせる。


「難しいことは、わたしにはわからないわ」


 世界をつくりしは、人の姿かたちを得た竜族。人族にんげんである彼女が世界のことわりを完全に理解することはできない。創世主を退けた人族に、滅びゆく惑星ほしの運命を嘆く権利などあるはずもない。


「あなたは、何ひとつ告げずに……ってしまったんだもの。あなたの願いも考えも、わたしにわかるわけがないじゃない」


 そっと囁いたことばに、けれど非難の色はなかった。悲劇の夜をこえ、深く傷ついて悩み抜き、その果てに見出したのはひとつの約束。永遠の愛を誓ったことばが、嘘ではないと。遠い未来のいつか、必ずふたたび会える――と。

 彼がどんな形を想定してそれを告げたのか、彼女にはわからない。それでも、彼はこれまで一度だって偽りを語らなかった。だから信じようと思うのだ。

 彼の約束が悲劇をくつがえし、ことわりすらも超えてはたされる、その未来いつかを。


「あなたは、わたしに愛をくれたから。わたしはあなたを待つ間……あなたのかわりに、世界を見守るわ」


 かつての、虚無だった日々を思い出す。孤独と不遇に凍りついた心を温め、美しい世界を見せてくれたのは、彼だった。

 未来を前に怯えて立ちすくむだけだった彼女の手を取り、広い場所へ連れ出してくれたひと。彼と出会わなければ、この心に恋が芽吹くことなど一生涯なかっただろう。

 もはやあの頃の、何も知らない少女むすめではない。

 愛されること、愛すること。自身の価値も、世界の美しさも、ひとは愛おしい存在だということも――彼の愛をとおして知ったのだから。


 胸の前に両手を組み合わせ、まぶたを伏せる。全身に感じる陽光ひかりのぬくもりは、彼の体温を思い出させてくれる。

 彼の約束ことばであれば、億年の年月だろうと待つことはつらくない。




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