24:泳いだ後の昼飯は美味しい

 着替えを済ませていざプールに入ると、家族連れや俺達と同じ大学生、中には高校生のカップルが入り混じっていた。

 こういう時にチノパンの下に水着を着こんでおいて良かった。プールから戻るときには替えの下着を用意すればいいんだから。

 ここ二、三年は流行り病と受験勉強……ってのは言い訳で、夏美姉に振られてからは夏休みとなるとほとんど家で過ごしていたから、プールに行くのは実に五年振りだ。


「天気も快晴だし、気持ちいいな」


 そう思って背筋を伸ばしていると、俺の背後からほんわかした声が聞こえてきた。


「お待たせ~」


 佳織は胸元を飾るリボンを除けばシンプルな白ビキニで、いつも着ている白系統の服とマッチしている感じがした。

 たわわに実った胸元を飾るリボンが可愛らしい。


「佳織の水着、可愛いね」

「でしょ? ネット通販で買ったんだ」


 そういえば、スピーチ大会のミーティングの時に水着選びをしていたら綾音さんに叱られたっけ。

 ここまで可愛い水着を選ぶと男性に目を付けられそうだけど、大丈夫なのだろうか。


「それにしても大丈夫なのか、白の水着で。その……、いろいろと」

「もしかして、心配してくれているの?」

「そ、そうじゃないってば。その……」


 デリケートなところが……ね。


「ちょっと、私のも見てもらえるかしら」


 すると、佳織の後ろに立っている綾音さんが不満げな顔で俺のほうを見ていた。

 綾音さんは黒のビキニで、胸のところがカーテンのように見えて実に煽情的だった。


「これって彼氏に見せたかった奴、ですか」

「そうよ。どうかしら?」


 綾音さんは品を作って、たわわな胸元を俺に見せつける。

 佳織は上品で可愛らしいのに、綾音さんは男性との経験があるせいもあってか艶めかしい感じすらする。


「似合っていますよ」

「ふふっ、お世辞でも嬉しいわ」


 綾音さんがほほ笑むと、脇に居た最年少の里果ちゃんが恥ずかしながらも前に出てきた。

 恥ずかしがりながらも、たわわに実った胸を目立たせるようなポーズを取っているところが実に可愛らしい。


「鹿島さん、ど、どうかな……。水着を見せるのは、ちょっと恥ずかしいけど……」


 里果ちゃんの水着はワンピースでありながら、胸の谷間がくっきりと見え隠れしている。身長が佳織と大体同じくらいあるから、本当に高校生なのかと疑いたくもなる。


「良いじゃないか、似合っているよ」


 俺がそう答えると里果ちゃんの顔がぱあっと明るくなり、「へへっ、ありがと」と俺に向かって答えてくれた。


「姉貴に選んでもらって良かったぜ。それに、ここしばらくはプールへ行ってなかったらな」

「そうね。ここ数年で一気に伸びたからね~」

「おいおい、姉貴。そんなこと言ったら姉貴だって同じじゃないか」

「どうして?」

「姉貴だって小学校の高学年の頃はそんなに大きくなかったのに、いつの間にかこんなになって……」

「もう、里果! いつまでもそんなこと言わないの」


 里果ちゃんが佳織の胸をちょっと触ると、佳織は顔を真っ赤にして痛くならない程度に里果ちゃんの頭を軽く小突いた。


「ごめんよ、姉貴」


 里果ちゃんはちょっと照れくさそうにしながら佳織に謝ると、俺のほうを向いて「それじゃあ、まずはどこに向かおうか?」と聞いてきた。

 ここにはいろいろあるけど、定番って何なんだろう。すると綾音さんと佳織が「ウォータースライダー!」と二人一緒に声を上げた。佳織はともかく、綾音さんの声のトーンがちょっとだけ高くなっていないか?


「だよな。じゃあ彼氏さん、百二十八メートルと百十八メートルのどちらがいい?」

「俺? う~ん……」


 ここに来たのは初めてだから、どっちがいいのか分からない。

 百二十八メートルのほうが百十八メートルのほうよりも長く楽しめそうだけど、どうなんだろうか。

 それと里果ちゃん、俺と佳織はお隣さんで、それ以上でもそれでもないよ。


「それじゃあ、百二十八メートル行ってみようかな」

「よし、そう来なくっちゃな。彼氏さんはそう言っているぜ、姉貴」

「里果、彼氏じゃなくて鹿島さん、でしょ。それに私とトオル君は……、何でもないわよ」

「別にいいだろ、それくらい。……綾音さんもそれでいいか?」

「ええ、構わないわ。四人並んで滑るのも悪くないわね」

「それじゃあ行きましょう。私が案内するよ」


 佳織が先頭を歩くと、俺達三人は後について歩いて行った。

 佳織の後姿は何度も見ているけど、しばらくチアをやっていない割にはお尻もしっかりとしているんだな。


 ◇


「うわぁ、結構高いな」


 俺達四人は見事に一番高いところまでたどり着いた。

 ここから一気に降りるのか……。どんな感じになるのか、想像がつかないな。


「私達は何度も行ったよね、里果」

「姉貴、アタシに振るなよ! ところで、綾音さんはどうなんだ?」

「私? 私は……、ここに来るのははじめてよ、ね? 徹君」

「え、ええ、それは俺もです」


 すると、里果ちゃんが何を思ったのか、手を顎にあてて何か考える素振りを見せた。


「そうだ! 先にアタシ達が行くから、そのあとで鹿島さんと綾音さんが行ってみるのはどうだ?」


 え? 俺と綾音さんがペアになって滑るのか?

 いくら何でもちょっとまずいんじゃないのか。綾音さんは佳織よりも胸がでかいし、蠱惑的だし、佳織と一緒に居る俺でさえも綾音さんに目が行ってしまいそうだ。


「ちょっとそれ、冗談きついわよ」

「そうですよ、俺と綾音さんでは……」

「何言ってるんだよ、ここは何度も来たアタシ達が先に行ってナンボってもんだよ」

「そうだよ、私たちが先に滑るから、後からちゃんとついてきてね」


 そう言われても……、と思ったら、他のお客さんも次々にスライダーからプールへ一直線に向かっている。

 佳織たちも覚悟を決めて、手すりからお尻を付けて……。


「いやっほ~!」

「うわ~!」


 掛け声とともに下のプールへ一直線に向かっていった。二人とも楽しそうだな。

 次は俺達だけど、綾音さんはもう準備万端だな。手すりにちゃんとつかまっているし、後は真下にあるプールまで長い距離を滑り落ちるだけだ。


「私達も行きましょう。後の人が詰まると大変よ」

「そ、そうだな」


 綾音さんがスライダーにお尻を付けてから勢いをつけて滑り落ちると、こちらも続くようにスライダーに飛び乗った。


「ひゃぁ、冷たい!」


 俺の前方に居る綾音さんは時折キャアキャア言いながら、ウォータースライダーを楽しんでいた。

 こっちはいつ落ちるか冷や冷やしているけど、なんだかんだで楽しめている。

 とか何とか言っているうちに……。


「きゃあ!」


 綾音さんが悲鳴を上げてドボン、と勢いよくプールに飛び込んだ。

 すると俺も、ドボン! と音を上げて綾音さんと同じようにプールに真っ逆さまに落ちていった。

 少し水の中に潜った後で浮かび上がると、俺は口から勢いよく水を噴出した。

 俺よりも先に水の中に飛び込んだ綾音さんは髪が乱れたらしく、体を洗った後の犬のように頭を振り乱していた。


「綾音さん、こっちですよ!」


 後ろのほうから、ほんわかとした、それでいてちょっと高めの声が聞こえる。

 佳織、いつの間にかプールから上がったのか。それに里果ちゃんも。


「佳織ちゃん、もう上がったの?」

「ええ、これから流れるプールに行ってみようかと。トオル君も行くでしょ?」


 そりゃあ、こちらも楽しんでみたいけど……。


「もちろんだよ」


 スライダーを堪能したなら、流れる水に身を任せるのも悪くないかな。俺と綾音さんはプールから上がると、四人揃って流れるプールへと向かった。

 ……三人とも、体力が有り余っているなぁ……。


 ◇


「気持ちよかった~!」

「でしょ? 小学校の頃、よく父さんに連れられて遊びに行ったことがあるからね」


 プールから戻った後で、俺達はホテルにあるレストランでちょっと遅めのお昼にした。

 俺はポークカレーを頼んだ一方で、女性陣は三者三様でありながら、あまり金をかけないようなメニューを選んでいた。

 泳いだ後ということもあって、俺を含めて三人とも食欲旺盛だった。


「懐かしいな、ここでお昼を食うのも」

「そうだね。子供の頃に食べたことがあったでしょ?」


 そう話しながらあっさりとお昼を平らげると、女性陣はフロム蔵王アイスにまで手を伸ばした。

 俺もと思ってバニラを注文したら、これがまた程よい甘さで、プールで泳いだ後にはぴったりだと感じた。


「綾音さんって、夏休みはどうされますか?」


 アイスを食べ終わると、真っ先に口を開いたのは佳織だった。

 更衣室に向かう途中で東松島に住んでいるって話していたけど、夏休みも仙台に残るのだろうか。


「私はお盆の期間だけ帰省して、すぐ仙台に戻る予定よ。ドラッグストアのアルバイトがあるからね」

「えっ? 綾音さんって、そんなところでバイトしていたんですか?」


 佳織は驚いた顔で綾音さんを見つめる。

 スタイルが良いから、まさかとは思ったけど割と普通なんだな。


「そうよ。どこでアルバイトをしていたのかと思った?」

「てっきり水商売かと思いました」


 あれだけたわわな胸をぶら下げているから、俺も一瞬だけそう思ったよ。


「そんなところでアルバイトしていたら、ママに叱られるわ。確かに収入はいいけど、昼夜逆転して大学に行けなくなったら本末転倒よ」

「どこでしたっけ? アルバイトしているのは」

「銀行の通りがあるでしょ? そこの近くよ。住んでいるアパートが近いから、帰るのも楽だからね」


 綾音さんが働いているドラッグストアは俺達が住んでいる部屋の近くにもある。最初はそこでアルバイトしようと思っていたけれど、時間割を見て土日と休日だけしか働けないと知ってパスした覚えがある。後期は少しだけ余裕ができるから、できる限りアルバイトしたいなぁ。車の免許のこともあるし。

 すると、綾音さんがコップにある水を飲みながら俺のほうを見た。


「ところで、徹君はどうかしら。夏休みは横須賀に帰るの?」

「俺ですか? 俺は……」


 できる限りはこっちに居たいけど、母さんからはお盆前の期間だけでもいいから帰ってこいってLEINが来ている。アルバイトもないことだから、お盆前にちょっとだけ帰ろうかなと思っている。

 

「俺はお盆前には横須賀に戻りますけど、合宿には参加する予定ですね。ただ……」

 

 ただ、その後の予定が白紙だから後期の授業開始までは予定がないんだよなぁ……。


「その顔だと、予定がないって感じだな」


 俺が悩んでいると、右脇から里果ちゃんが俺の顔を覗き込んだ。


「里果ちゃん、どうして俺が思っていることが分かるんだ?」


 さすが佳織の妹、俺が憂鬱そうな表情をしていたのを悟ったのか。


「まぁな。アタシも姉貴と似て人の表情を読めるんだぜ。それなら、アタシ達の母さんがやっている店でバイトすればいいじゃん」


 え? いきなり何を言い出すんだ。

 俺は太白区に住んでいて、佳織たちの家は泉区だろ? 働きに行くとしても交通費が馬鹿にならないぞ。


「里果、無茶なことを言わないでよ! 第一、母さんがやっている店ってコンビニでしょ。トオル君に務まるのかな?」

「仕事の一切合切はアタシの母さんが教えてあげるから、問題ないって。それに姉貴も、未来の旦那さんが居てくれれば助かるだろ?」

「だ、旦那さんって……」


 里果ちゃんが俺のことを未来の旦那さんと言った瞬間、佳織の顔があっという間に真っ赤に染まった。

 コンビニのバイトだけど、こっちは兄貴から大変だった話をさんざん聞かされている。それでアルバイトをするならばドラッグストアやスーパーのバックヤードが良いなと思っていたのに……。

 それと、ドラッグストアでバイトをしている綾音さんはどうなんだろう?


「私は賛成よ。徹君も大人にならなきゃ、ね」


 綾音さんはそう言いながら俺にウィンクを飛ばしている。参ったな、これは逃げられそうにないや。

 お盆休みが終わってからになりそうだけど、アルバイトに入るか。


「……わかった、手伝うよ」

「じゃあ、決まりだな。詳しいことはアタシがメッセージで送るから、LEINのIDを交換しないか」

「オッケー」


 俺は里果ちゃんとLEINのIDを交換すると、彼女から早速「よろしくな」のスタンプが送られてきた。このスタンプは大人気のスマホゲーのキャラクターじゃないか。里果ちゃんって、スマホゲーが好きなのか?

 ともかく、里果ちゃんのおかげで夏休み中ずっと横須賀に帰るという最悪の事態は避けられそうだ。

 夏美姉と兄貴のラブラブぶりを見せつけられてイライラすることも、清水に言い寄られることもない。

 そうと決まれば、帰省の日程を調整するだけだ。


<あとがき>

 次回からはいよいよ帰省編となり、いよいよ第1章のクライマックスに入ります。

 なお、これに合わせて小説家になろうとノベルアップ+、ハーメルンでも掲載を開始します。

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