03:私と友達にならない?
「鹿島さんが四月から通う大学って、どこですか?」
堀江さんはまた俺の顔を向いて問いかけた。そんなの、決まっているよ。
「東北学院です」
堀江さんはここに住んでいるとなれば近所にある短大か、もしくはここの近所にある予備校、果ては同じマンションに住んでいる人と同じ工業大学なのか……と思ったら、意外な答えが返ってきた。
「奇遇ですね。私も四月からそこに通いますよ」
え? それってどういうことだ? まさか、同じ学部ではないよな。
「ひょっとすると、俺と同じ法学部?」
「そうですね。高校時代は英語科に入っていました。それで大学も英文学部を選ぼうとしましたが、お父さんから『就職に有利だから法学部に入れ』と諭されて、学業推薦で入りました」
堀江さんはちょっとだけ顔を曇らせたものの、すぐにまた晴れやかな顔を見せた。
学業推薦ということは、勉強はそれなりにできるということだな。
「つまり、堀江さんと俺は同い年、ですか?」
「そうですね」
「マジかよ、こんな偶然ってあるのか」
俺は頭を抱えた。
同い年だからといって、堀江さんのことを好きになるわけにはいかない。ここで彼女のことを好きになったら、修学旅行の時と同じようになってしまう!
俺は必死になって、堀江さんの目を避けた。
「あの、何か悪いことでも言いましたか?」
「い、いえ、特に何も……」
堀江さんに話しかけられた途端、俺はちょっとだけドキッとした。
まずいぞ、俺。堀江さんのペースに巻き込まれているじゃないか。
「ひょっとして、『まずいぞ俺』って思いませんでした?」
鋭いな。俺が思っていることをズバリと言い当てたよ。堀江さんは人間観察が得意なのか?
「ええ。でも、どうして……」
「私、人を見る目はありますよ。もちろん、あなたの考えていることも」
「……」
「あなたは女性不信になってから、女性と一切関わりたくないと思っていませんか?」
「ええ、そのとおりです」
「それで大学進学をきっかけにして、この街に逃げた。違いますか?」
「ええ」
堀江さん、俺が考えていることを的確に突いてくるよ。早くここから立ち去って買い物に行きたいのに。
「う~ん、ここまでひどい目にあって、よく自殺しようなんて思わなかったなぁ……」
堀江さんは腕を組むと、また深く考え込んだ。
コンビニとアパートを隔てる道路からは車のエンジン音が伝わってくる。街の喧騒を感じ取りながら、部屋の中ではお互いが沈黙を保っている。
すると、その沈黙を破るように堀江さんが「ねえ」と俺に呼びかける。
「鹿島さん……、いや、トオル君。私と友達にならない?」
「え?」
本気で言っているのか、それ?
幼馴染が兄貴とくっついて、嘘の告白をされて、挙句の果てにはギャルに童貞を奪われた俺に向かってそんなことが言えるのか?
「君は再出発したいんだよね?」
「ええ。あなたの仰るとおりです。だけど……」
「ちょっと待って」
「え? どうしてですか?」
「君と私は同い年でしょ。敬語を使わなくていいよ。肩の力を抜いて、男友達に話しかけるような口調でいいから」
「わかった。……だからといって、女の人と仲良くなるわけには……」
母さんから料理の仕方や掃除を教わったし、俺は一人でも十分生きていける。
女の人が居ても、邪魔になるだけだ。
「でも、今のままだとこれからず~っと孤独のまま生きていくことになるよ。それでいいの?」
「俺には男友達が居ればそれで十分だよ。どうせ女に裏切られるならば、一人で生きて一人で死んだほうが……」
女って奴はみんなそうだ。
俺のことを好きになったと思ったら、すぐ手のひらを返してほかの男性とくっついたり、本心を偽ったり、体目当てに襲ったりする。
女に騙されるのが嫌でこの街に来たのに、また騙されるのはごめんだ。
「そんなことはないよ? 私はあなたを騙したりはしないから。それに私だって、男の人を好きになったことがあるよ」
「本当?」
「うん、高校一年生の頃だけどね」
「ほら、やっぱり……」
「ちょっと待って。その話は続きがあるの。その人に告白して、いざ付き合おうとした途端に振られちゃったの。私以外にも付き合っている人が居て、私とはお遊びだってはっきり言われたの……」
堀江さんはそう話すと、俯きながら寂しそうな表情を浮かべた。
「それから私は勉強と部活に邁進して、男の人を避けるようになったの。鹿島君の話を聞く限りでは、私よりも酷い目に遭っているじゃない。だから、私たちは見知らぬ何かで結ばれているのかな……って思ったの」
異性に二度も裏切られ、貞操まで奪われた俺。
そして、一度の裏切りで異性を避けるようになった堀江さん。
これも何かの縁だ。 これから始まる大学生活、二人で一緒に駆け抜けてみよう。失われた三年間を塗り替えるために、堀江さん……いや、佳織さんと友達になろう!
「堀江さん、いえ、佳織さん!」
「何?」
「俺と、友達になりましょう。いや、なってください!」
俺は佳織さんにお願いすると、手をついて深々と土下座をしていた。
「そ、そんな! お願いしたいのはむしろ私の方だよ! ……こんな私でよければ、ぜひお願いします」
すると、佳織さんも俺を目の前で深々と頭を下げた。
俺たちは似た境遇にあるけれども、圧倒的に不幸な境遇なのは俺の方だ。
下手すれば自殺しかねないところまで追い込まれたのにも関わらず、不屈の精神力でここまで来た。
独りでいるよりは誰かと一緒に貴重な四年間のモラトリアムを過ごして、晴れ晴れとした顔で大学を卒業し、就職したい。そして、あわよくば彼女と結婚をして子供を残したい。
ニュースを見ていると希望が持てない今の世の中だけど、彼女が居れば希望を失わずに済むだろう。
俺は深々と下げていた頭を上げると、「それじゃあ、決まりってことで良い……かな」と佳織さんに尋ねた。
「うん、そうだね」
すると、佳織さんも頭を上げて笑顔で俺に答えてくれた。
彼女の笑顔を見ていると、知らないうちにこちらも笑顔になってくる。
「それじゃあ、さっそくだけどここの近くにある店を案内してあげようか? 昨日色々と見て回ったからね」
「どんな店があるのか、教えてくれるかな」
「ここから歩いてすぐのところに生協があるでしょ。信号を挟んだところにはコンビニやドラッグストアがあるし、もうちょっと遠くにはモールがあるし、レンタルビデオなどがあるジオにお弁当屋さんだって……」
「様々な店があるのかな」
「そうだね。この街は学生さん向けのアパートやマンションがたくさん立ち並んでいるし、いろいろ見て回るのも楽しいよ?」
そうだな。これから四年間この街で暮らしながら大学生活を送る以上は、この街を知らないといけないな。
ここは彼女の好意に甘えよう。
「それじゃあいったん俺の部屋に戻るよ。コーヒー、おいしかったよ」
「ありがと。片づけたらすぐにトオル君の部屋に向かうよ。それと、連絡先はどうする? 今ここで交換する?」
「あいにくスマホは部屋に置いてきてね、俺の部屋に来てからでいい?」
「いいよ。じゃ、また後でね」
佳織さんに軽く会釈をすると、俺は自分の部屋に戻った。
……どうしたんだ、俺?
修学旅行で清水に童貞を奪われてから、俺は女を避けて孤独な人生を歩もうと思っていた。
しかし、佳織さんは違った。
彼女もまた俺と同じような目に遭いながらも、それでも俺と友達になろうと持ち掛けてきた。
「裏切られたもの同士……か。悪くないかもな」
清水に抱かれた翌日から女性に対して警戒感を抱き、異性から遠ざかることを決めた俺が普通に女の人と話すなんて信じられない。
彼女……、いや、佳織さんだったら信用してもいいだろう。
「佳織さんだったら、信じてもいいな」
俺と佳織さんは高校時代に裏切られ、散々な思いをした者同士だ。
一人でいるよりも、二人で大学生活を送ろうじゃない。
すると、インターホンから呼び出し音が流れた。
急いでインターホンやエアコンのリモコンがあるところにかけつけて通話ボタンを押すと、佳織さんの顔が映っていた。
「早く行こうよ。こっちは準備ができているよ」
佳織さんの口ぶりはさっきの年上女性を思わせるようなと違い、ほんわかしたかわいらしい口ぶりだった。
長年の男友達を呼び出す少女のようにも思えた。
乗り掛かった舟だ、このまま佳織さんと友達付き合いしてみるのも悪くないな。
俺は「今行くよ」と窓越しに声をかけると、財布などが入ったリュックを肩に掛けて部屋を飛び出した。
<あとがき>
主人公が頭を下げるというのも悪くないなと思いまして……。
佳織さんのことについても、そのうち掘り下げられればと。
<追記:2023年11月4日>
一部シーンをカットして、全体的に短くしました。
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