引っ越し初日に出会ったカノジョは剛速球レベルの正統派美人だった
上谷レイジ
引っ越しの日
01:剛速球の美女と出会った
雪が残る蔵王山を車窓から眺めていると、何度も聞いたメロディが流れてきた。
『間もなく白石蔵王です。白石蔵王の次は終点の仙台です』
もうすぐ仙台に到着することを知ると、俺はうたた寝から目を覚ました。
車窓から見る景色はいつの間にか街の中心部に変わっていく。
頬杖を突きながら無粋な顔をしていた俺は背伸びをすると、この間買ったばかりの新しいスマートフォンをジャンパーの胸ポケットに入れ、荷物棚から俺のカバンを取り出した。
大学に入学するのを機に、三年間使っていたスマートフォンとはおさらばした。電話番号は両親と兄貴以外は一切入っていない。バカなことしか喋らない高校時代の悪友と、兄貴を選んだ幼馴染の夏美姉はなおさらだ。
「もうすぐ仙台か。高校時代の嫌な思い出を忘れるには、ちょうどいい場所だな」
俺こと
その出来事が起こる前までは、兄貴と同じように神奈川大学に通おうと思っていた。
修学旅行の一件だけではない。高校時代に体験した様々な出来事は、俺の心に深い傷を残した。
「夏美姉を兄貴に取られ、同じクラスのド級美女に嘘告白され、修学旅行でこれまた同じクラスのギャルに襲われ……。こんな散々な高校時代なんておさらばだ」
高校での一連の出来事で満身創痍となった俺は、女子に対して塩対応でやり過ごしつつ、勉強をしてこの街を出ることしか考えなかった。まぁ、仙台を選んだのは……、父さんの故郷だからということもあるけど。
祖父さんの知り合いに不動産業者が居て良かったよ。学校からはちょっと遠くなるけど、買い物に関しては近いところにスーパーなどがあるから問題ないか。
「でも、悪くないか」
今日家を出るとき、落ち込み半分だった俺に対して母さんは「これを機に前を見ていきなさい。あなたの人生はこれからだから」と励ましてくれた。
これから俺は、父さんの生まれ故郷で最低四年間は暮らすことになる。三度も女性に裏切られた身だ、覚悟はできている。
俺にふさわしい異性が現れてくれれば、その時はその時で身を任せるのも悪くはない。但し、そのような異性がいたら、だけど。
『間もなく終点、仙台です』
アナウンスが聞こえると、背負いカバンを背中にかけてもうひとつのカバンを手に持ち、「そろそろ降りるか」とまた独り言をつぶやいて新幹線を後にした。
それから駅にある食堂で遅めのお昼を食べてから地下鉄に揺られること五分、そこから歩いて五分で目的となる単身者向けのアパートにたどりついた。
「大きいところだな」
単身者向けの立派なマンションだと聞いていたけど、ここまで立派だとは思わなかった。
大家さんに挨拶をしてから鍵を受け取ると、俺はこれから四年間の住処となる三階の三〇二号室へと足を踏み入れた。
部屋はワンルームでキッチン、トイレ、風呂場があり、クローゼットまで完備されている。しかもキッチンにはIHコンロが完備されていた。
「引っ越しの荷物に料理道具一式を入れておいて良かったよ。包丁はこっちで買っておこうかな」
テレビや服なども全部所定の位置に収まっている。お任せパックにして正解だったよ。
「さて、お土産は……っと」
俺はすかさずバッグから引っ越しの挨拶の品を取り出した。
引っ越しの挨拶の品は、横須賀駅に向かう行く途中で立ち寄った店に置いてあったよこすか海軍カレーマドレーヌだ。八個あれば十分だろうと思って、わざわざ箱入りのものを買っておいた。一人二個ずつ渡せばちょうどなくなるだろう。なお、大家さんにはもうひと箱渡しておいた。
「行ってきます」
部屋に鍵をかけてから、お土産を携えて俺は下の二〇二号室と上の四〇二号室、左隣の三〇一号室と右隣の三〇三号室に向かった。
まずは二〇二号室の人だけど……いないな。
二〇二号室に住んでいる人は男性会社員らしく、隣の部屋に居る学生さんの話だと夜遅くにならないと帰ってこないとのことだった。四〇二号室に住んでいる土屋さんは女子学生で、就職活動で苦労しているそうだ。あまりうるさくしないほうがいいだろう。
三〇三号室に向かうと、近くの工業大学に通っている男子大学生が挨拶をしてくれた。藤沢さんは岩手県の久慈市から来たそうで、俺のほうから挨拶をすると、「こぢらごそよろしぐお願いします」と訛り交じりで返してくれた。幼い頃に時折見た朝の連ドラのことを思い出したよ。
最後に残った三〇一号室だけど、いったいどんな人が住んでいるのだろうか。四〇二号室に住んでいる土屋さんのこともあるし、あまり期待はしないほうがいいだろう。
俺は覚悟を決めて、インターホンを鳴らした。
『はい、どなたですか』
四〇二号室と同じ女性の方だ。さっきの女性は割と普通な感じがしたけれど、今度はどうなんだろう。あまり期待は……、しないほうがいいかな。
「あ、あの、本日横須賀から引っ越してきた三〇二号室の鹿島と申しますが……」
『今開けますから、ちょっと待ってくださいね』
すると重い鉄の扉が開き、中からはどこからどう見ても正統派な美女が現れた。
長く整った睫毛に俺と同じ年齢相応の美しい顔つきで、肉付きの良い体形をして、腰まであるかのようなサラサラとしたストレートヘアーをしていた。
服は春物のセーターにジーンズと、全く色気を感じさせない。どこからどう見ても、剛速球の美女じゃないか。
彼女が何をしようが、俺は騙されないぞ。高校時代にこういった女性にはさんざんひどい目に遭ったからな。カレーマドレーヌを渡したらすぐに帰ろう。
「あ、初めまして。今日越してきた鹿島と申します」
俺は丁寧にお辞儀をすると、向かいにいる美女は「
「あ、あの、これ、つまらないものですがどうぞ」
俺はおどおどしながら、手提げ袋に入ったカレーマドレーヌを堀江さんに渡した。
「わざわざ届けてくださって、ありがとうございます」
「それでは、俺はこれで」
俺は彼女にそう話すと、自分の住んでいる部屋に引き返そうとした。
すると、堀江さんが後ろから俺に声をかけてきた。
「あの、ちょっとだけ、私とお話をしませんか」
<あとがき>
今作は前作の連載終了後に試行錯誤を重ねながら書き始めました。
最初は毒親ものをやってみようと思いましたが、どういうわけか女性不信になった主人公を書くことになりました。それもこれも、ヤンマガWebで掲載されている『俺はあざといを許さない』を読んだせいです。頭脳明晰で冷酷無残に見えて、実は二度もフラグを立てまくっている主人公が大馬鹿すぎて……。
本日は午後8時に第2話を公開いたします。こちらではヒロインが登場します。
ヒロインはタイトル通り剛速球レベルの美女となっています。
もし、この作品を気に入られた方がおられましたら、☆を入れていただければ幸いです。また、♡を入れて応援コメントをしていただければ筆者は喜んで返答いたします。
最後に、この作品の執筆にはノベルスキーのDiscordでボイスチャットをしている方々へ。やっと公開しましたよ!
<追記:2023年11月4日>
設定の一人語りが冗長だと思ったので削除し、以前の第2話から一部シーンを引っ張ってきました。
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