第38話 意味ある選択

 一平太のバックホーが胴体を回転させ、右から左にアームを振り切る。その先端のバケットはガドラメルの顔面を捉え、緑色の巨体を宙に舞わせた。さすが四方神随一のタフネス、簡単には倒れないが、力勝負ではもはや一平太の相手にならない。


 それでもガドラメルは立ち上がり、運転席の一平太をにらみつけ吼えるのだ。


「うおおあああっ!」


 また運転席に水が注入される。が、それもほんの一瞬。一平太が殴り飛ばすまでもない。ゼバーマンの魔槍バザラスがガドラメルの胸を突いたからだ。しかし相手は素手で刃を握り止める。


 ガドラメルは傷だらけの顔に笑みを浮かべた。


「貴様が弱いのではない。相性だ」


 ゼバーマンは笑わない。


「極炎飛槍術」


 バザラスの刃が赤く輝き、刃型の炎がガドラメルの胸に突き刺さる。


「ぐふぅ!」


 相手は体を折り曲げ苦しげな顔を見せるが、炎が貫通することはない。もちろんそれで手を緩めるゼバーマンでもなかった。


「極炎飛槍術、連弾!」


 次々と飛び出す炎はガドラメルの全身に傷をつけるが致命傷は与えられない。恐るべき硬さ。対する緑の巨漢はニイッと歯を見せた。


「無駄な足掻きだ。貴様では俺に勝てん」


 だが言葉を返さず、ゼバーマンは魔槍を腰だめに構えた。


「無駄だというのが」


 ガドラメルは折り曲げていた身体を伸ばし、ゼバーマンを威圧する。


「わからぬか小僧!」


 突き出した巨漢の右手から放たれる水の激流。ゼバーマンは槍を構えたまま上半身をそらせてかわすが、外れた水流は壁を破砕し、その向こうにある通路まで穴を貫通させる。


 しまった。ガドラメルの顔にそんな表情が浮かんだ瞬間、ゼバーマンは稲妻の速度で前に出る。そして魔槍バザラスを敵の口へと突き入れた。


「黒天大崩落!」


 ほとばしる炎の魔力は爆発的に放たれ、ガドラメルの口から上は四散した。ゼバーマンの勝利である。本人もそう思ったに違いない。それが一瞬の隙を呼んだ。誰も考えなかったろう、頭部を失ったガドラメルの両腕がゼバーマンを抱きかかえ締め上げるとは。


「くっ、この!」


 逃れようとするが腕力でガドラメルに敵うはずもなく、あばらがミシミシと悲鳴を上げる。呼吸ができない。このままでは絞め殺される。ゼバーマンは魔槍を持ち替え、かろうじて下顎が残るガドラメル頭部の傷口に突き刺した。


 刹那、轟音と共に爆散するガドラメルの肉体。


「ゼバーマン!」


 駆けつけた一平太たちが見たものは、漂う水煙の中で魔槍バザラスを杖に立ち尽くすゼバーマンの背中。ガドラメルがそこにいた痕跡は何も残っていなかった。




「ガドラメルの反応も消えたか」


 特段面白くもなさそうに皇帝ランドリオはつぶやく。目の前で身を固くするサクシエルに向かって。


「で、おまえはどうするのかな、これから」


「……私にも死ねとおっしゃるのですか」


「おまえが死ぬことに意味があるとは思っていないよ。生きたまま敵を全滅できるのならそれで構わない。だが生きていても何一つできないくらいなら、死んで何かをなしてくれた方が私としては助かる」


 この一言は、サクシエルの中にあった太い柱を叩き折るに十分だった。


「おのれ」


 震える手でフードを下ろし露わになったサクシエルの顔は、左半分が焼けただれた少女。


「私の、我ら四方神の思いを、忠誠を、踏みにじるのかランドリオ!」


 しかし物憂げな皇帝は眉一本動かしはしない。


「おまえたちの思いも忠誠も、おまえたちに意味があったから選択したに過ぎないのではないか。何の意味もなければ、いまおまえはここにいないはず。ならば私が私にとって意味ある選択をおまえに迫って何かおかしいかね」


 ダメだ、まったく話にならない。サクシエルの胸を諦念が覆った。こうなればもはや取るべき道は一つだけ。


「あなたとは戦えない。さようなら、皇帝陛下」


 惜別の言葉と共にサクシエルの姿は消え去る、はずだった。だが空間跳躍ができない。


「これは」


「意外かも知れないが、私もさほど愚かではないのだ」


 ランドリオ皇帝は物憂げに、何かを求めるかのように左手を突き出した。


「おまえの能力はとっくに封じてある」


「どういうつもりだ」


「この聖廟にはいま九十九の精霊が鎮座している」


 そして、微笑む。


「おまえでちょうど百だと思ってね」




 跳躍術士サン・ハーンが呼び寄せたのは二人。ボロボロになり意識を失ったゼバーマンと、付き添う若い騎士が一人だ。レオミスが駆け寄り呼吸を見る。


「弱っていますが、まだ助かります」


 振り返れば難しい顔をしている摂政サーマイン。


 若い騎士も言う。


「使者のコウ様もいまならまだ間に合うとおっしゃっていまして」


「他の騎士団員はどうしているのです」


 サーマインの言葉に若い騎士はこう答えた。


「副団長以下二十八名はイッペイタ団長の指揮下に入りました」


 一つ何とも言えぬため息をつき、サーマインはサン・ハーンを振り返り命じる。


「この二人と、白銀の剣士団から重傷者と死亡者を選んでサンリーハムへ送り返してください」


 これには思わずサン・ハーンも問い返す。


「リリア王陛下はよろしいのですか」


「良いのです」


 サーマインは断言した。


「いまここにはサンリーハムの最大戦力が集っています。ならばこの場から国王陛下を離すのは危険極まりない。敵の掌中にあるこの場所こそがもっとも安全なのです。ですからリリア王陛下にはこの場にとどまっていただきます。よろしいですね、陛下」


 サン・ハーンの隣でリリア王は微笑みうなずく。


「はい。私はただ勝利を祈ります」


「その後でレオミス剣士団長にはイッペイタ鉄騎兵団長と合流してもらいます。異論はありますか」


 摂政の問いかけに、白銀の剣士団長は立ち上がり微笑んだ。


「いいえ。望むところです」


「結構。ではサン・ハーン、お願いします」


 サーマインの言葉を受けて、宮廷跳躍術士サン・ハーンはまずゼバーマンと若い騎士に近付いた。




 皇宮へと続いていたはずの通路の壁を破壊して、一平太の青いバックホーは隣接した少し狭い通路へと入り込んだ。その後に続く黒曜の騎士団。


 抱っこひもで一平太の胸に抱かれる留美は、何やら困ったような顔で一平太を見上げた。


「一平太ちゃん」


「どないした、留美」


「何か寒い」


「寒い?」


 一平太には気温の変化は感じられない。それはもしかしたら自分が興奮状態にあるからなのかも知れないし、あるいは留美を護る力が何かを感じさせているのかも知れない。


 いまは一分一秒を惜しんで前進すべきではとも思ったのだが、念のために一平太はバックホーを止めた。そしてアームの先のバケットの中に座る保岡大阪府知事に声をかける。


「なあ保岡さん。コウさん何か言うてないですか。この先に何があるとか」


 その質問にキョトンとしていた保岡だったが、やがて何かに聞き耳を立てるような仕草をするとこう返した。


「お墓だそうですよ」


「お墓?」


「このハイエンベスタの本当の意味での中心地、すべてが始まりすべてが終わる場所だそうです。とても危険で厄介だとは言ってますが、何がどう厄介なのか具体的なことは特にないですね」


 馬に乗って近寄ってきた黒曜の騎士団の副団長が一平太にたずねる。


「団長殿、何か策が必要でしょうか」


 しかし一平太は首を振った。


「いや、いまの段階で何か考えても無駄でしょうね。ただ危険度が増すことは周知徹底しといてもらってもいいですか」


「了解しました」


 副団長は馬を回頭し、後方に駆けて行った。

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