第6話 ガチャピン黙示録
ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン。ピピピピピピピピピンポーン。ピンポンピンポンピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピピピピピピピピピンポーン。
「だぁぁぁぁぁっっ、ピンポンピンポンぽぽぽぽーん朝から何だよ!うっせぇな!!誰だか知らんが近所迷惑だぞ!!」
翌朝、俺はけたたましく鳴り響くインターホンの音で目を覚ました。煌々と光るモニターの明かりが目に染み悟る。あぁ、あのまま寝落ちしたのかと。時計を見る。六時。誰だよマジで、こんな時間に。まともな相手じゃないのは確かだ。無視だ無視。中本で学んだんだ。こういうヤカラは無視に限る。
とはいえ、これじゃもう眠れそうにない。甲高い轟音はまだ鳴り響いている。しゃーない、起きるか。俺はおもむろにベッドから身を起こし、壁伝いに洗面台へと向かう。身体がダルい。力が入らん。四時間睡眠、頭が重い。寝る前にシコったとき特有の倦怠感が、ベタリと全身にまとわりついて、この
シャカシャカシャカシャカ、ガラガラペッと歯を磨く音よりも未だピンポンのボリュームが勝る六畳一間で、この迷惑な騒音が鳴り止むのは、寝起きの一杯に水道水を口に運んでいるまさにそのときだった。
おっ、ようやく諦めたか。イライラ耐久レースの勝者はどうやら俺のようだ、なんて安堵できたのもつかの間。第二ラウンド開始のゴングが鳴るのに、それから十秒も要さなかった。
ガチャガチャガチャ、ガチャッ、ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。
押してダメなら引いてみろってか。ピンポンラッシュの次は、ドアノブガチャガチャだったが、意外とこれはすぐに鳴り止んだ。今度こそ本当に諦めたかと思ったそのときだった。
ガッ、ガガガガガガガガガガガガガガガ。ガガガガガガガガガ。
ゲホゲホッと飲み干しかけていた水をむせるのと同時に、喉に何か引っかかったかのような鈍い音が小刻みに響いてきた。おいおいガチャるのはまだしも、引っ張るのはやめろ。築十五年のボロアパートにそれは耐えられない。
「誰だか知らんがやめてくれ!分かった出るから。ちょっと待ってろ!」
俺は必死で向こう側の人間に呼びかける。そうしてようやくドア破壊のレクイエムは鳴り止んだ。
はぁ、めんどくさ。どうせ中本辺りじゃないのか。観念した俺は、ゆっくりとドアノブに手をかけようとしたが……。静止。いや待て、あいつに住所を教えた覚えはないな。じゃあ誰だ?疑念の種が芽生える。
他に心当たりがあるのは、ネット私刑団ぐらいだ。中本の言う通り、もし半田があの木村なら、ヤンキーから半グレに進化していてもおかしくない。見た目はモロだし。先日の一件で恨みを買ったのかも。ということは、もしかしてやつらの刺客か?俺殺されんの?急に不安に襲われる。なら警察を呼んだ方がいいのか?今更間に合うか?てか俺をターゲットにするのはおかしいだろ。費用対効果に見合わんぞ。殺るんなら闇バイトに電話かけておちょくってるYouTuberとかにしろよ。ジャンル近いし同業者だし減った方が
ステイステイ。スーッ、ハーー。落ち着け。まだ半グレと決まったわけじゃない。一旦深呼吸をして、不安とイライラでぐちゃぐちゃに乱れた心を抑える。まず最悪を想定して、何か武器になるものを確保せねば。ザッと部屋を見渡す。包丁は……自炊しないんだった。金属バットは……野球しないんだった。カッターナイフは、ハサミは……つくってワクワクしないんだった。ないじゃん、武器。この瞬間初めて、俺は何もしてこなかった自分を恨んだ。しかし諦めたわけではない。もちろん俺は抵抗する。拳で。
覚悟を決めた俺は再び、ドアノブに手をかける。時間稼ぎはここまでだ。引っ張るガガガは蹴るガンガンに変わっている。もはや迷える猶予はない。だがその前に。俺の推理が盛大な勘違いである可能性に賭けて、最後の希望、ドアスコープを覗き込んだ。そこに映っていたのは……うーん、これは黒のワンピースか?レンズが曇ってはっきりとは見えないが、おそらく女だ。なら半グレの可能性は著しく低い。ひとまずホッと胸を撫で下ろす。が、相手が女だからといって油断はならない。頭がおかしいことに変わりはないからな。念には念を入れて、ドアチェーンをかけたまま、俺は扉を開いた。
ガンッ。ドアを開いたその瞬間、突っ込まれるは素足にピンヒール。ドアチェーンは正解だった。
「ようやく観念したようね。おはよう。竹之内ケイシー」女が言う。
「ってお前、なんでその名前を」
その名前、というのは竹之内のことではない。それなら表札に書いてあるから。俺が驚いたのは、ケイシーの方にだ。それは赤の他人がリアル竹之内と照合する由もない、俺のネット上でのハンドルネームだった。
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