⑤閉幕

 同族の正体を看破したグリムは、両腕を広げて高らかに笑った。


 「ははっ……はははは! 会えて光栄だよ聖人狩り! ずっとこの日を待っていたんだ! 遅くなってしまったけれど、今からでも決闘の約束を果たそうじゃないか!」


 グリムには勝算があった。先程の戦闘を見たおかげで彼女の強さはわかっている。大きく見積もってもせいぜいロツキと同格。グリムの敵ではない。


 聖人狩りはじっとグリムの出方を伺っている。


 「来ないなら僕から行くよ」


 グリムは一度腰を深く落としてしゃがみ込むと、足にぐっと力を込めて飛び上がった。その速さは先程の聖人狩りの比ではない。

 グリムのとった戦術は単純明快だった。聖人狩りの対応できない速度で接近し一撃で倒す、これだけだ。

 聖人狩りの反応速度なら、攻撃される寸前で気付き迎撃しようとするだろう。だがそれだけだ。彼女のスピードではグリムの攻撃を防ぐのに間に合わない。

 彼女があとほんの少しだけ強ければ、あるいはほんの少しだけ弱ければ生き残れただろう。弱ければ尻尾を巻いて逃げ出しただろうから。

 その半端な強さが身を滅ぼすのだ。


 しかし聖人狩りはグリムが想定したどの行動も取らなかった。グリムの攻撃を防ぎもせず、もちろん逃げ出しもしなかった。ただ彼女はグリムと入れ違いに前に飛び出し、首を刎ねただけだ。グリムの後ろにいた無防備なプシュケーの首を。


 「なっ……!」


 グリムは驚愕の表情で聖人狩りを振り返った。

 まさかこいつは気付いたというのか?グリムの力の秘密に。

 その疑問に答えるように聖人狩りは静かに言った。


 「わかっているよ。お前の力の源はプシュケーなんだろ」

 

 グリムは思わず息を呑んだ。


 「どうやってそれを……」

 「アンダーグラウンド・バーでお前達の戦い方を見た時からもしかしてと思っていた。さっき映画を映した時、プシュケー1人だけ瞳が赤くなっていた。それはリャナンシーの特徴だ。リャナンシーは愛する者の血を吸うことで、その能力を強化する。お前はプシュケーに自分の血を吸わせていたんだ」


 グリムは漲っていた力が急速に失われていくのを感じた。


 「リャナンシーが死ぬか意識を失えば強化も解ける。どうするか選べ。まだ続けるか、二度とこの映画館に近寄らないか」

 「っ……」


 グリムは仲間達を見回した。マリーシャは戦意を喪失して啜り泣いており、ロツキとプシュケーは意識がない。この状況から立て直すのは不可能だ。


 「僕を敵に回したこと、いつか後悔するぞ……」


 グリムは憎しみを込めて聖人狩りを睨むと、泣きじゃくるマリーシャに駆け寄り無理矢理立たせた。そして彼女に残りの2人の身体の回収を手伝わせ、足早にその場を去った。



 「フェイ!」


 グリム達の姿が完全に見えなくなると、エルシーはすぐさま部屋の隅で震えているフェイの元へ駆け寄ろうとした。


 「大丈夫ですか!? どこか怪我は……」

 「来ないで!」


 フェイはエルシーを見て悲鳴をあげ、ますます縮こまった。エルシーははっとして足を止めた。そうだ、フェイには全部見られていたのだ。自分が吸血鬼達の首を飛ばすところも、瞬時に傷が塞がるところも全部。

 エルシーが危害を加えてこないことがわかると、フェイはばつが悪そうな表情で弁明を始めた。


 「あ……ち、違うんだよこれは……。はは、少し気が動転していたんだ。わかっているさ。あんたがあたしを助けてくれようとしたってことは。あんたはあの化け物共とは違う、そうだろう?」

 

 それはエルシーに訊いているというよりは、自分に言い聞かせているようだった。

 

 「フェイ、今まで黙っていてごめんなさい。私とあの男達は同じ種族で……」

 「何も言わなくていい! 大丈夫、全部わかっている。あたし達はこれまで長い時間一緒に過ごしてきただろう? あんたの人となりはわかっているさ」


 フェイはそこで言葉を切り、上目使いにエルシーを見上げた。


 「ねえエルシー、あたしはあんたを自分の子のように思っているんだよ。だから、だからさあ……あたしのことは殺さないでくれるよね?」


 ああ駄目だ、とエルシーは思った。これ以上ここにはいられない。もうフェイとは元通りの関係には戻れない。仮に表面上は戻れたとしても、フェイは自分に恐怖を抱いたままだろう。

 なにより自分が、これ以上一緒にいたら彼女を嫌いになってしまう。

 自分に媚びるような笑顔を向けてくるフェイなんて、見たくなかった。


 「そんなこと言わせてしまってごめん……」


 エルシーはゆっくりと彼女から離れた。床に落ちていた手袋をはめ、出口へと向かう。


 「大丈夫。私もあいつらも、もう二度とこの映画館へは近付かない。あなたの人生が吸血鬼に脅かされることはないよ。今までありがとうフェイ」


 最後にフェイの方を振り返りそう言うと、エルシーは思い出の詰まった映画館を後にした。



 「止まれ」


 外へ出ると、黒い司祭服を着た男達が勢揃いしていた。皆、首から杭を2つ組み合わせたような奇妙な形の十字架を下げている。エルシーは彼らを見て一瞬目を見開いたものの、すぐに平静を取り戻した。


 「ああ、教会の皆さんこんばんは。どうしてここがおわかりに?」

 「匿名の通報があった。同胞を殺害した元猟犬が、この映画館に立て籠もっていると」

 「匿名?」


 不意に押し殺したような笑い声が聞こえた。声のした方に目を向けると、映画館の陰に隠れて綿菓子のような巻き毛が見えた。

 

 「いつかって早すぎるだろ」


 エルシーはうんざりしてため息を吐いた後、好戦的な笑みを浮かべ左手の手袋を外した。炎の義手が燃え上がる。


 「さてと、じゃあ戦ろうか」


 どうやら自分はどうしても真っ当には生きられないらしい。

 

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