第222話 香坂山遺跡
大凪課のネーミングが、南郷教官によるダジャレだと判明した日の午後、健太たち三人はこの課での仕事についてレクチャーを受けていた。
指導しているのは大凪課のチーフエンジニア、槇原哲也42歳だ。課長の原田というよりは、センター長の清水に雰囲気が似ている。現場叩き上げの整備士なのだろう。つなぎの整備士ユニフォームが板についている。
「まず最初に理解しておいて欲しいのは、我々が扱っている技術は、まだまだ完成されていないと言うことだ」
ことの発端は長野県佐久市の旧石器時代遺跡、香坂山遺跡が発見された頃に遡る。2002年に日本道路公団による上信越自動車道の第2トンネル建設事業が行われた。それに伴う試掘調査で発見されたのが香坂山遺跡だ。黒色緻密質安山岩の原産地で著名な八風山南麓の、標高約1080mの尾根上にそれは発見された。
香坂山遺跡では、実に様々な石器が出土した。中でも特に注目されたのは、日本列島で最古の石刃(せきじん)が発見されたことだろう。石刃とは、石器になる原石を他の石などでたたいて割り、ナイフのような鋭い刃をもつ縦長の素材を効率よく獲得する技術だ。同時に出土した炭化物の放射性炭素年代測定によって、遺跡の年代は3万6000年~3万5000年前だと判明。そんな昔から、日本人は刃物による狩りや調理を行なっていたことになる。
「それ、歴史で習いました」
亮平がうれしそうに声を上げた。
槙原チーフは、亮平の言葉にうむとひとつうなづくと、先を続ける。
「ここからが重要だ。香坂山遺跡では、実は歴史の授業では教わらないあるものが発見されたんだ」
「授業で教わらないってことは、そんなに大切じゃないのでは?」
健太が首をかしげる。
「そうじゃない。世間に発表するのをひかえたんだ」
400点余りに昇る大小の石刃や尖頭器と共に、それは発見された。
確かに形は、石刃と同じナイフ状の石器だ。色は青く半透明でアクアマリンを思わせた。だが、普通の宝石と決定的に違うことは……それは自ら光っていた。
動力源やエネルギー源無しに、それはゆっくりとまたたきながら光っていたのだ。
もしかすると、この3万6000年の間ずっと光り続けてきたのかもしれない。
「その仕組みがはっきりしない以上、世間に発表して混乱を招くわけにはいかない。下手をすると、現代の物理学が根底から覆ってしまう可能性すらあるからな」
槇原のその言葉に、三人は心のなかでゾッとしていた。三人の拠り所であるエンジニア技術は、もちろん物理学の理論体系の上に成立している。それが覆ってしまえば、彼らの基本は根底から崩れてしまう。まさに恐怖である。
「だが、その光る石器を様々な手法で分析した結果、実に面白いことが分かったんだ」
槇原が一瞬言葉を止め、ニヤリと笑う。
「光の正体は、様々な素粒子に反応してたってわけだ」
三人の目が驚きに丸くなる。
「高エネルギー粒子の衝突反応」
久美子がぽつりとつぶやいた。
「正解だ。その石器を素粒子が通過した時、素粒子同士の衝突反応が起こり、発光していたってわけだ」
「でも通常は、粒子加速器を使って電子や陽子といった粒子の集団を加速して高エネルギービームをつくって衝突させないと、発光するほどの衝突反応は起こらないのでは?」
槇原が再び、ニヤリと口角を上げた。
「衝突反応ならね」
三人の顔にハテナマークが浮かぶ。
衝突じゃないとすると、他に何が考えられるのか。
「ぶつかるのではなく、石器を構成している物質と素粒子が共鳴、共振することでエネルギーを生み出していたんだよ」
三人の目が驚きに大きく見開かれた。
素粒子と共鳴、共振。
それは袴田素粒子がロボットに感染する仕組みと同じではないか?
健太と亮平が、素粒子工学を専門とする久美子に視線を向けた。
「そうね。それって、暴走ロボットと同じ原理でエネルギーを作ってると思う」
三人の頭の疑問符が、どんどん大きくなっていった。
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