第215話 決着
「こちらキドロ03、駐車場で実行犯を捕縛!」
警察無線から門脇の声が、端的に伝えた。
と同時に、沢村からの報告も入電する。
「キドロ02、東展示棟にてアイアンゴーレム一機制圧、パイロットを捕縛しました!」
キドロ01のコクピットで、夕梨花の顔にニヤリと笑みが浮かんだ。
これで敵はアヴァターラ一人だ。
アヴァターラと夕梨花には少々因縁のようなものがあった。以前、夕梨花率いるキドロチームが奥多摩の黒き殉教者アジトを急襲した時、ヤツは夕梨花に目もくれず、その場から逃走したのだ。彼と夕梨花、今回こそ奥多摩の決着をつけるいい機会なのかもしれない。
「アヴァターラ、あなたの仲間は私の部下が捕縛した。これで邪魔をするものはいなくなった」
『邪魔ですか……いったい何のでしょう?』
相変わらずアヴァターラの声には、人を小馬鹿にするような笑みが混じっている。
夕梨花は、UCの右手に握られている短刀に目をやる。
逆手に構えられたそれに、夕梨花は見覚えがあった。奥多摩で戦った時にヤツが使っていた「守り刀」と言うやつだ。ヤツはその時、ロボットでも生身でも、その短刀を見事に使いこなしていた。
「やっかいだな」
夕梨花は思わずそうつぶやいていた。
あの守り刀はキドロの特殊警棒と同じ、超硬合金製だ。キドロ用の特殊日本刀「ROGA」とも、まともに切り合える代物である。その上ヤツは、ロボットの操縦であっても、忍者の技らしき謎の体術を使ってくる。
『なるほど……確認が取れました』
「何のだ?!」
『確かに、こちらの手勢はあなた方に制圧されたようです』
いったいどうやってそれを確認したのか?
夕梨花だけでなく、トクボ指揮車の全員にも疑問の色が浮かんだ。
「田中くん、もう一度この周辺をスキャンしてくれ」
「はい!」
白谷部長の指示に従い、美紀がコンソールを操作する。
「泉崎!」
「はい、部長」
「時間をかけると、黒き殉教者の他のメンバーが来るかもしれん。できるだけ早く、そいつと決着をつけてくれ」
「了解」
夕梨花は静かにうなづいた。
「みんな、下がっていて」
夕梨花はロボット標準無線の22チャンネルに小さく告げる。
プロ同士の戦闘に巻き込まれたら大変なことになる。
ひかりたち三台のロボットは、ジワジワとその場から遠ざかっていく。
『困りましたねぇ。人質の確保が不可能だとすると、今回のわたくしどもの作戦は失敗、ということです』
「そういうことだ。テロはあきらめて、ただちに投降することを勧める」
「遠野先輩、とうこうって何ですかぁ?」
「それはね愛理ちゃん、」
「しーっ!」
奈々の人差し指が、ひかりの唇に強く押し当てられた。
「ひどいにょ、にゃにゃちゅわん」
ひかりたちの間抜けなやり取りにも、この緊迫感は全く緩まない。
「仕方がない」
そう言うと、キドロ01はゆっくりと右腕を背に回した。
スッと抜き放たれるキドロ専用の日本刀ROGA。
夕梨花はそれを、体の前面中央を頭から真っ直ぐ縦に通る線・正中線に沿うように真正面に構える。左手は丹田、切先はUCの喉元の高さに向けた。正眼の構えである。
「キドロ02、到着しました!」
東展示棟から出てくる沢村機の姿が見える。
「キドロ03同じく!加勢します!」
門脇機も、玄関前広場にやって来た。
「02、03はその場で待機、手を出すな」
地の底から聞こえてくるような夕梨花の覇気に、沢村と門脇が足を止める。
『本当に血の気の多いお嬢さんだ』
男がそう言ったのと同時に、UCダンガムの腹部あたりから白煙が立ち上り始めた。
「棚倉くん、あれ何や?!」
初代ダンガム内で、両津が叫ぶ。
「まさか?!自爆か?」
正雄の言葉に一同さっと青ざめる。
「離れた方がいいんじゃないの?!」
「僕もそう思います!」
心音と大和がほぼ同時に叫んだ。
「待ってくださいませ」
なぜか奈央は冷静だ。
「宇奈月先輩、あれってもしかして?」
「たぶん、そうですわね」
「はよ説明してくれ!」
両津が悲痛な声を上げる。
奈央はじっとUCを、特に白煙が発生している腹部あたりを冷静に見つめている。
「ダンガムシリーズの多くは、コアファイターシステムを採用しています」
「コアファイターってなんや?」
「パイロットの乗るコクピットが独立した戦闘機になっていて、いざと言う時にはそのまま飛行して脱出できるのです」
「よくできてるぜベイビー」
正雄がヒューッと口笛を鳴らす。
「てことは、あれはコアなんちゃらが脱出しようとしてるってことなんか?」
「いえ、本来のUCダンガムにコアファイターはありませんわ」
人差し指をアゴに当て、考え込む奈央。
「ですが、UCのコクピットには360度全てを投影できる全天周モニターが採用されています」
「ぜんてんしゅ???」
ひかりと愛理が首をかしげる。
「つまり、コックピット自体を球形のモニターで覆っているのです」
「球形ってことは……コックピットそのものが、脱出ポッドにもなるってこと?」
奈々がハッと気づいたようにそう言った。
「それが正解かもしれませんわ」
奈央のその言葉が終わると同時に、目の前に立つUCの上半身が小さな爆発とともにはじけ飛んだ。同時に飛び出す球体。
「ホンマや!あれ脱出ポッドや!」
その球体は高速で上昇し、あっという間に視界から消えていく。
「空自にレーダー探査を依頼!あれを見失うな!」
指揮車に白谷の声が轟く。
「本当に逃げ足が早い」
夕梨花は大きなため息をついた。
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