第5話 アメリカからの転校生

「センセ、また外の様子がおかしいですよ」

 相変わらず格納庫にいる南郷と両津。二人の前には南郷曰く、南郷の知恵と技術の全てをつぎ込んだ新型ロボットが立っている。

「ほっといたらええ。俺らには重要な任務があるんや」

「重要な任務て……新しいロボットのテスト運転ですか?」

「その通り!ほな、さっさと乗ってくれるか」

「え?僕が乗るんですか?」

「当たり前やないかい。そのためにお前を選んだんや。はよせい!」

「でも、これ全く新しいロボットなんですよね?」

「そや」

「しかも、センセが開発したんですよね?」

「そや」

「ほんなら、むちゃくちゃ危険かもしれないですよね?」

「そや」

「それに乗るのが、センセやなくて僕?」

「そや」

「そんなあっさり……」

「大丈夫や。ちゃんと保険は掛けといた。もし両津くんに何かあっても、保険金で次のロボットを開発できる計算になっとる。どや、ええ考えやろ!」

「僕はどうなるんですか!」

「ま、ごちゃごちゃ言うてんと、はよ乗れ乗れ!」

 南郷がリモコンをピコピコと操作する。すると二人の目の前に無造作に突っ立っていたロボットが、ゆっくりと片ヒザをつく姿勢になって停止した。

 背中のハッチが開く。その中から運転席がスライドして出てくる。

「しゃあないなぁ」

 ぶつぶつ言いながら両津は足の側面に付いているハシゴを登って運転席に座った。

 シートベルトをしめると自動的にスライドを始め、運転席はコクピット内に収容される。と同時にハッチが閉まった。

「運転方法は普通の乗用ロボットと同じや。リモコンでエンジン切るから、最初からやって見てくれ」

 南郷がリモコンにささっているキーを左に回すと、ロボットはガタンと揺れたままピタリと動きを止めた。

 これまでの車社会のなごりがこんな所にも残っているのだ。

 ロボットのエンジンはガソリン等による内燃機関ではない。だが、二十世紀に一般化していた自動車の運転フィーリングを踏襲するため、ロボットの始動も自動車と同様のエンジンキーによるものが採用された。二十一世紀中頃のことだ。しかも、まるでガソリン機関の動きのように、始動時やエンジン停止時にはそれなりの振動が起こるように設計されている。

 両津はさしっぱなしになっていたイグニションキーをゆっくりと右方向に回した。軽い振動があって、コクピット内の計器が明るくなる。

「センセ、ちゃんと動きました!」

「当たり前や。俺が作ったんやからな」

 どんどん明るくなっていく計器類。始めは軽かった振動も、少しずつ大きくなっていく。

「おかしいなぁ……なんかメーターとかが明るすぎるような気が」

「ウルトラスーパーデラックスハイパワーロボットやからな。むちゃくちゃ凄いパワーでメーターもめっちゃ明るいんや!」

「いや……明るいと言うよりも、まぶしい感じですけど」

 ロボットの振動がどんどん大きくなる。それにつれて機体の温度が上昇し始めた。

「センセ、やっぱり変ですよ!揺れすぎです!」

「そやな」

「それに、なんやむちゃくちゃ暑くなって来ましたよ!」

「う〜〜〜む……こらアカンな」

「何がアカンのですか?」

「このままやったら爆発するな」

「な、何で?」

「パワーを上げるために、エネルギーユニットを積みすぎたんやな……今度から気を付けよ」

 南郷の新型ロボットはガクガクと大きく揺れ始めた。

「うわぁぁ!」

 機体温度の上昇にともなって、全体の色も次第に赤みがかってくる。

「センセ!どうしましょ?爆発したらきっと怪我しますよ!」

「怪我だけではすまんやろな〜」

「そんな……何とかして〜!」

「アホ」

「え?」

「エンジン切ったらええんや」

「あ、そうか!」

 両津は急いでエンジンキーを左に回した。プスン……そんな音がしてロボットは沈黙した。機体温度もゆっくりと下がっていく。

 後部ハッチを開け、両津があわてて外に飛び出してきた。転げだしてきた……と言った方がいいかもしれない。二階のベランダ程の高さがあるコクピットから床へ、直接尻モチで落下したのだから。

「いってぇ〜〜〜〜っ!」

「アホ」

「アホって、センセこれ失敗作ですやん!」

「そうとも言うわな。ま、失敗は成功の母、なんちゅ〜言葉もある」

「しかし、えらい赤くなってますね……」

 ロボットの足にそっと触ってみようとする両津。

「さわったらアカン!」

 びくっと手を引っ込める。

「どうして?」

「エネルギーが臨界点ギリギリまで高まってるんや。さわっただけでも爆発しよるで」

「あ、危なかった……」


「誰か止めてぇ〜〜〜っ!」

 教習コースの外側を一周するように作られているレース用トラックを爆走するひかり機。

「待ちなさいったら〜っ!」

 相変わらずひかり機を全力で追う奈々機。それを坂道発進練習用の建造物の影から見守っているロボットが一体。

 奈々機やひかり機に比べてごつく、なんとなくおおざっぱなデザインだ。いわゆるアメ車である。

「坂道発進の道にぶつかっちゃうよ〜っ!」

 ひかり機がその建造物に接近した途端、もの影に潜んでいたアメ車ロボットが勢いよく飛び出した。

「棚倉キィィィ〜〜〜ック!」

 ふいを突かれたひかり機の胸部に見事命中、吹っ飛ぶひかり機。もの凄い勢いで転がり、レース用トラックのガードレールに激突して止まった。

「はにゃにゃ〜〜……」

 目を回すひかり。そこへ追いついて来た奈々機。

「あんた、何するのよ!」

「何って、暴走ロボットを止めただけさ」

「乗用ロボットの胸部にはコクピットがあるのよ!」

「だから?」

「パイロットの安全を考えて、脚部を狙うのが常識でしょ!」

 奈々がくってかかる。だがアメ車のパイロットはクールに落ち着き払っていた。

「暴走ロボットを止めるのは市民の義務だ。そのためには手段は選ばない」

「もっと平和的に止めることだってできるでしょ!はがいじめにするとか、押さえ込むとか!」

「確かに。でも、そんなやりかたは……おもしろくない!」

「おもしろくないって……」

「ロボット操縦は男のロマンだ!熱くたぎるものを感じていたら、そんな止め方なんかできないハズさ!なぜなら……俺は男なのだから!」

 ジャキ〜〜ン! アメ車ロボットがポーズをキメた。

「あんた、誰なの?」

「棚倉正雄。アメリカにある都営ロボット教習所ミネソタ校から、今日転校してきたばかりさ」

 正雄はこれ以上ないと自分では思っているカッチョイイ微笑みをコクピット内のカメラに向けた。奈々機のスクリーンに超ドアップになる正雄の笑顔。目がやんちゃ坊主のようにキラキラしている。

「俺のことは、ジョニーと呼んでくれ」

「棚倉正雄のどこがジョニーなのよ!」

「細かいことを気にしていたら、大きな人物にはなれないゼ」

「別に大きな人物になんてなりたくありません!」

「君、名前は?」

 勉強とロボット操縦だけに没頭してきた青春。奈々は今まで、男の子と二人っきりで話をした経験がなかった。

 まさかこんな時にこんなヤツにドキドキしてどうすんのよ!

 そう思っていても、突然名前を聞かれた奈々はちょっとドギマギしてしまっていた。

「い、泉崎奈々……です」

「泉崎さん」

「は……はい」

「君は怒ると、眉毛が怖いね」

「う……うぐぐぐ、ほっといてよぉ〜〜っ!」

 奈々の怒りがまたまた爆発した。突然正雄のアメ車に突進する。

「がおぉ〜〜〜っ!」

 至近距離で急にストップ、相手がひるんだスキに、

「奈々パァァ〜〜ンチ!」

 だが正雄はただ者ではなかった。奈々のパンチを右腕だけで受け止め、左腕が目にもとまらない早さで動く!

「棚倉お返しパァァ〜〜ンチ!」

 ガコ〜〜ン!

 奈々機のアゴに命中する寸前、奈々はそのパンチを右手でしっかりと受け止めた。二人は同時に、

「やるじゃないか」

「やるじゃないの」

 奈々と正雄の一大バトルが始まった。さながらプロレスのメーンイベントを見るように卓越した技が次々と繰り出される。

 二人とも、かたわらでのびているひかりのことはもうすっかり忘れ去っていた。

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