本拠地へ飛び込む


「我々は勝利した! 不当な身分の上下が無い、自由な世界が実現するのだ!」


 積み上がった木箱の上に乗った男がそう叫ぶと、集まっている人々から歓声が上がる。

「悪徳貴族は処刑しろ!」

「庶民を侮るな!」



「……全く、熱くなりすぎだ。まあ、気持ちはわかるが」


 そんな熱狂を2階から見下ろしながら、彼は腕を組んで喋る。

 その横顔は、そのままポスターにできそうなほどにキマっている。


 隣で椅子に座ったわたしから見上げると、背の高さがより強調されて、なんだか天上人のようだ。

 でも本当に、それだけの格好良さが彼にはある。


 

「あなたは、あの輪の中に加わらないの?」

「元より大騒ぎするのは性分じゃないんだ」

 

 昨夜と同じ全身黒いフード。……暑くないのかな。


「……それより、お前は怒らないのか」

「え?」


「お前貴族だろう。俺らはこれから、貴族を打倒するんだぞ」


 ……正直、今は怒るどころじゃない。これからどうなるのか、怖さが優先だ。



 ここは王国有数の大商会、ニッペン商会のベルールア王都本部。

 貴族の屋敷に匹敵するほどの広い敷地に建つ3階建ての建物、その中央部は中庭になっておりわたしたちがいる2階の部屋の窓から様子を覗くことができる。


 そして今、この場所は反乱勢力の拠点になっているのだ。



 

 ――小屋の残骸の中から助け出されたわたしは、両足の痛みがひどく自力で歩ける状況ではない。

 このとんでもなくイケメンな彼に背負われたはいいが、大聖堂の建物内に入ってみると、そこにはお父様も、兄もアンの姿も無い。


 あったのは、倒れた警備兵の姿。あちらこちらに、破壊された机や椅子。明らかに荒らされた金庫。

 ついさっきまでの厳かな雰囲気は、完全に吹き飛んでしまっていた。


「……お父様! アン! どこにいるの!」

「おそらくすでに避難しているのだろう。……最も、無事に避難できているかどうかわからんが」


「じゃあ、探しに行かないと……」

 動かせる両手を適当に動かす。しかし、わたしを背負った彼は態度を変えない。


「どうやって? 外は今、暴徒化した平民で溢れている。お前は貴族だ、闇雲に動き回ると今度こそ殺されるぞ」

「でも、じゃあ……」

「とりあえず俺の滞在場所へ連れて行く。どっちにしろ、怪我を治さないとダメだろう」


 そう言って彼はわたしの右足の傷口に軽く触れる。


「イタタタ……」

「ほらな。落ち着いたら解放してやるから、少し我慢しろ。それともお前は、親や使用人がいないと生きていけないような甘えん坊か?」


「なんでよ! わたしだって成人したんだから!」

 前世の分も合わせたら30年生きてるのよ、と言いかけて口をつぐむ。


「……元気はあるようだな。行くぞ」



 こうして、わたしはニッペン商会に連れて行かれた。

 建物の裏口から入り、真っ直ぐこの2階の部屋へ。


 彼に薬を塗って、包帯を巻いてもらうと、ちょうど中庭で演説が始まったところだったのだ。



「先程、他の街でも役所への襲撃、地方商会を拠点にした貴族への抵抗が始まってると知らせが届いた! 我々の動きは、すでに国全土に広がっている! 我々は新しい社会を作るのだ!」


 中庭の集団の興奮はどんどん強まる。

 老若男女に関わらず、手には包丁、傘……武器になりそうなものを手に持ち、激しく振り上げる。

 持っているのがうちわやサイリウムだったら、完全に野外ライブなのだが。


 

「……貴族、みんな追放しちゃうとかするの?」

 窓越しにその様子を眺めていると、そんな言葉が口をついて出た。


「そう息巻いてるやつもいるがな。別に全ての貴族が我々に非協力なわけではない。宮殿内の反主流派には、我々に協力、そうでなくても黙認している家も複数ある」


 わたしの方に目を向けること無く、終始落ち着いた声で彼――クリスは話す。


 ……クリスというのも本名ではないらしい。

 物心ついた時から孤児院にいた彼は、両親の顔も、正確な年齢も覚えてないそうだ。


 孤児院の生活は貧しく、毎日食いつなぐために自然と盗みをやるようになったという。そのスキルを見込まれ、とある貴族に引き取られた。いわば『裏の仕事』をやらされていたのだ。


 でも、ある時失敗したクリスは、あっさりと捨てられた。そして路頭に迷ったところを、ニッペン商会の人間に助けられたのだという。


「だから俺は、貴族が嫌いなんじゃない。人を人とも思わない奴が嫌いなんだ。まあ、俺の知る限り大体そういうのは貴族だが」


 クリスの射るような冷たい視線をわたしは思い起こす。


 ……本当にクリスが貴族嫌いなら、昨晩の時点でわたしは何かされていたかもしれない。

 この言葉は真実だ。



 ……だけどだからって、身分を根幹から破壊しようって、そんな思い切ったことを、どうしてできるの……?


「お前、マゼロン侯爵家の者ではないよな。あそこの血縁者に、成人の近い女はいないはずだ」


「……そうだけど?」

「では、どこの家だ?」


 ……流れるように他人の個人情報聞いてくるわね?


「そんなの怪しい人に言えるわけ無いじゃない」

「しかし俺だけ名乗るというのは不公平だろう」

 わたしの足に包帯巻きながら聞いてないのに名乗りだしたんじゃないの。


 ……まあいいか。悪いことにはならない、気がする。


「……アリア・シャニック・ファイエール。地方零細田舎貴族の娘」


「……ふむ……注意リストには入っていないな」

 注意リストって何よ……



「しかし良かった。もしお前が宮殿を牛耳る大貴族の側の人間なら、縛り上げて人質にするところだった」


 その言葉、本気なんだろうな。

「……お前をどうにかしたら、マゼロン侯爵家が動くのか?」

「さあ……?」


 それこそ王国屈指の大貴族が、わたしのような取るに足らない家の娘のために力を貸してくれるのだろうか?


「……そうでないなら、お前を置いとくだけ無駄か」

 そう言うとクリスは、引き出しから粗末な服を取り出し、ベッドの上にポンと投げた。


「いつまでも血の付いた服は嫌だろう。それにお前は化粧もしてないから、その服を着ていれば貴族だとは思われない。死にたくないなら、とっとと着替えとけ」


 それだけ言って、クリスは部屋を出ていく。

 扉を閉めると、部屋の中が静かになった。聞こえるのは、中庭からの歓声だけ。



「……何よ」

 思わず声が出る。

 見ず知らずの相手とはいえ、つっけんどんが過ぎるんじゃないの。


 わたしが立ち上がろうとすると、両足に痛みが走る。

 さっきよりはだいぶマシになったが、ここを出て長い時間歩き回れる気はしない。


 クリスは扉に鍵を閉めなかった。それでも、わたしはここから脱出できないとわかっていたから。


 

 ――わたしはまだ、反乱勢力のかごの中だ。

 

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