第23話

「今日もお疲れ様」

「は、はい! お疲れ様です!」

「お疲れ様なのー!」


 宿舎のベッドの上に三人で座る。

 粗方のやる事を終えて後は就床時間を待つだけ、昨日の俺ならきっと共に寝ようと話をしていただろう。だけど、今日はそれだけで済ませる気は無い。というか、帰り道の中でもずっと考えていた事でもある。


「さて、メイジーには帰路で伝えたと思うが俺は今日中にしておきたい事があるんだ。その話をしてもいいかな」

「許可なんて得なくとも我が主の求める事を叶えるのが従者の仕事です。答えは聞くまでも無く御心のままに、と返しましょう」

「まぁ、話くらいは聞いて欲しいな。さすがに俺一人で完結させられる話じゃないからさ。勝手に俺一人で動き始めるというわけにもいかないだろ」


 少しばかり考えていた事ではある。

 メイジーはやけに元の主である亮太を褒めていた。つい先程だって少し威圧をかけただけで、まるで全てが壊されるかのような口振りで俺を宥めてきたんだ。その力がどれほどのものなのか興味を持たない方がおかしいじゃないか。


「メイジー、俺と本気で戦ってくれないか」

「なっ……!」

「待っ! 待って!」

「俺は俺が本当に二人の主足る存在か見定められていない。ならば、元の俺に頼って本来の主としての風格を見る方が良いだろう。それが仮に偽物の力だろうと強くなるための段階だと思えば当然の一段階だ」


 あの時は相手が弱かったから即座に終わった。

 ならば、敵の存在が普通で済むような存在でなければいい。その中で最初に思い至ったのがメイジーだっただけだ。彼女の実力はよく知っている。それでも尚、対等に戦えないというのなら見せてもらいたい……ただの願望だけどな。


 それに……あの魂の揺らぎに従い続けていればどうなったのかも気になるんだ。あの時の隠し切れない高揚感は麻薬のように俺の心に傷を付けてしまっている。そのまま快楽に溺れられるのなら溺れていたい、メイジーなら俺の期待に答えられるだろうからな。


「マスター……それはきっと、やめた方がいいの」

「アリス、それはどうしてだ」

「マスターは格上が相手でも簡単に殺してしまえたような英雄級の存在……メイジーやアリスがマスターとステータスに大きな差があったとしても勝ち目なんて無いの」


 ……元の俺はどれだけ化け物だったんだ。

 話振りからして、そしてメイジーが否定しなかったという事は今の中に嘘は少しも無かったと捉えていいはず。となれば、今の俺であっても魂に従えばメイジーやアリスを圧倒出来ると言いたいのか。


「それはおかしな事だな。俺の配下であるメイジーもアリスも等しく英雄を殺せるような存在だと認識している。だというのに、なぜ、二人はただの過去の偶像でしかない俺に恐怖を抱く」

「マスターが過去の記憶を持っていないからなの! あの時のマスターは今ほど穏やかじゃなかったの! 苛烈で済めば良いと思える程の存在だったから! そうでないと生きていけない世界だったから! アリスは許したくないの!」


 おいおい、それを俺に教えていいのか。

 本当は記憶がある事を隠している可能性だってあるというのに……素直な良い子だよ。まぁ、仮に今の俺なら昔の俺がどうこう言われようと完璧な悪口じゃないのなら何も言わなかったかな。別に今の俺が虚弱だと言っている訳でもないしね。


「いいえ、アリス。マスターの望みを叶える事が配下の務めです。ましてや、私達は従魔なのですから死んだところで生き返れます。何を心配しているのですか。まさか、本気で戦ったマスターが私如きに殺されるとでも」

「そんな事は無いの! でも! 誰かが傷付く姿なんてアリスは見たくないの! マスターもメイジーも大切なの!」

「なら、さっさと黙ってマスターの命に従いなさい。未来の事なんてトーカにしか分からない事なのよ。貴方や私が兎や角と言える話じゃないの」

「別に……トーカの占いが全て正しかった訳じゃないの。逆にアリス達の言葉が必ずしも間違っていた訳でも無かったの。……本当にやり合うと言うのなら……アリスが相手をしてやるの……!」


 アリスの姿が闇に包まれていく。

 幼子のような姿から妖艶な、大人の姿へと変化していた。見た目や雰囲気に大きな変化は無い。だというのに、確かに今のアリスは先程までのアリスとは違うのだと実感させられる。それだけの威圧感が今のアリスにはあった。


「アリス、強さとは何かキッカケが無ければ手に入れられはしません。過去の自身を超えるという意味合いだとするのなら、過去の自分の強さを理解しておくのも必要な事です」

「そ、それ、は……!」

「アリス、私もマスターと共に貴方を大切に思っておりますが、それが必ずしも過保護に繋がってはいけないと私は思っています。将来の事を考えてとなれば余計に拒否してはいけない……浅慮ですよ」


 その言葉と共にアリスの姿が幼子に戻る。

 メイジーをどこか睨んだような目で見てはいるものの返さないあたり、否定する意味合いは無いのだろう。それでも……恐らくメイジーが下手な事を言えばアリスは殺しに行くだろうな。


「それに……私にはマスターを怒らせてしまった罪があります。本気で戦いたいとマスターが口にするのであれば死ぬ覚悟で受け止めるのが最低限の償いです。本来であれば永久的に消滅されてもおかしくない罪を許して頂けた御恩があるのです。どうして傷付く事を恐れるのですか」

「俺はあの時の約束が守られれば許すんだけどな」

「いえ、これは配下ならではの矜恃のようなものです。マスターのためになるのなら力を貸し、加えて仮に主から許されたとしても自身が思う償いを完了させるまでは忘れてはいけません」


 その言葉にアリスは視線を俯けた。

 なるほど、元の俺ならそうしていたんだな。確かに今の俺ならば確実にしない行動だ。俺は弱い時に助けてくれたメイジーに恩がある、きっとアリスにも多くの恩を受ける事になるだろう。その二人を意味無く放出なんて……脳が足りていなさ過ぎだ。


「アリス、ここに結界を張りなさい。魔力探知の妨害は私が何とかしますからさっさと済ませるのよ」

「メイジー……アリスの言う事を聞く必要は」

「私はマスターの実力を測りたい……来ないというのなら甘えた考えが浮かばぬように攻めるまでです」


 そうか、君は俺の事を考えて……。

 なら、分かった。いや、その優しさに今は甘えさせてもらおう。君は明確に……今の俺を助けようとしてくれる存在だと信じて甘える。だって、今までの恩を返せるだけの力を俺は手に入れないといけないんだからな。


「……アリス……すまないがメイジーの言う通りにしてくれ……」

「……分かったの」

「メイジー、三分だけだ」


 少しずつ俺とメイジーの周囲を普段とは違う闇が包まれていく。だが、不思議と視界は真昼間と同じかのように燦々と照らされており、周囲は冒険者と戦った森の中に酷似している。ここまで準備をしてくれたんだ……今更、後には引けない。


「メイジー、俺は三分間だけ……魂に従う。俺の事だ、恐らく殺しはしないと思うが手は抜くなよ。俺はメイジーの実力を知った上で模擬戦を頼んだんだ。せめて、生かさず殺さずに動いてくれ」

「もとより本気のマスターと対峙すると知って手を抜こうとなんて考えはしませんよ。格下であったとしてもどこかで私の想定の範疇外な行動を取ると分かっておりますから」

「ああ、それならそれでいい。二人の認める主ならばメイジーの過度な期待すらも乗り越えて苛烈な勝利を見せるだろうからな。だから……間違っても死なないでくれよ!」


 魂に体を許す……感覚は記憶している。

 ただ……この体を無気力なままにして……心の赴くままに動かしてしまうだけ。変わってしまっても俺なのだから殺しはしないと思うが……いや、メイジーならどうにか生き残ってくれるはずだ。酒に溺れるかのような感覚に抗わないで……。






「はは……!」

「グッ……! 一撃でコレなの!?」


 上手くいった、意識は残せたままでいる。

 ああ、これは……アリスの闇魔法もメイジーの身体強化も全てをかけているんだ。それでもメイジーのステータスには達しないから、それを黒魔法で痛みを鋭敏にさせて対処している。つまり追撃が来ないように最大限引っ張っているんだ。


 これでも尚、メイジーには大きく劣る。

 ステータスで言えばメイジーの半分程度しか俺は持ち合わせていないんだ。なのに、持ち得る手札を活かして押しているんだ。ましてや、俺の高揚感からして出せる手札はまだ一部でしかない。


「それは……! アリスの愛之器ハートのウツワ!?」

「でも……アリスのようにブレスレットは付けていないの。他には……いや!」

「心器の形状変化! 指輪に姿を変えて……!」


 六つの刃を浮かせて近距離に持ち込もうとするメイジーの攻撃を全て弾いている。六つの刃があったとしても的確に近付いてくるメイジーもイカレているとは思うが、それをメイジーの心器で寄せ付けない俺もおかしな存在だ。


 的確に、どこに撃てばメイジーが距離を離すか分かった上で引き金を引いている。しかも、逃げ道のどこに至っても黒魔法の罠をしかけてあって下手に進めばメイジーは足を止める事になるだろうな。この状況で足を止めれば死ぬだけ……だから、メイジーは愚直に向かってくるしか無い。


「ダメ! そっちは!」

「ハッ……! グッ……!」


 なるほど、これは確かに化け物だな。

 ブラフとして見え見えの罠を設置したうえで本命の触れてはいけない罠を張る。そのうえで相手を本命に誘導させるために動くといったところか。しかも、ブラフに向かっても取り返しのつかない隙を作ってしまってどちらにせよゲームオーバー……それでも倒しきれていないメイジーは間違いなく本物の化け物だ。


 今で言えば周囲にはアリスの心器による一撃と目を細めれば見える黒魔法の意図が見えていた。それだけを見れば情報を整理出来ていないメイジーは愚直に俺を攻めるだろう。……でも、そこには黒魔法と血液操作の混合的な技が仕込まれていた。


 端的に言おう、今のメイジーはスキルを上手く使用できない状態のはずだ。元来あったはずの耐性が黒魔法によって阻害され、そこを血液操作によって上手く魔力を体全体に流せない状態に至っている。


「メイジー! もう降参した方がいいの!」

「バカを言わないで! マスターの目はまだ死んでいないのよ! ここでやめてしまえばどんな被害があるのか分からないわ! ましてや! ここで終われば従者の恥!」


 メイジーの体が一気に赤く輝いていく。

 それが瞬時の発光を見せたかと思うと……体全体が狼のようになり、その体躯も二メートルはあるかと思えるものになった。そこから一気に詰めてきた速度も先程とは打って変わって今の俺では対処が出来ないものだ。


「なッ!」

「ふんッ!」


 その詰めに対して頭を掴んで投げ飛ばしてしまった。瞬きの中で収まってしまうような時間の中で体を動かしたんだ。……果たして、俺は同じような行動を取れただろうか。今のようなメイジーとアリスの驚愕に満ちた表情を拝めただろうか。


 これは……本当に化け物だな。

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