2-2:大抵こういうのは波乱が巻き起こるんです
新世界、西部。西成さんが組長を務める萩之組がシメるそこには、ちょっとした住宅地がある。更にそこには、格安で入居できる団地もある。そこに住んでいるのは、大抵新世界に稼ぎに来た、中国や韓国、フィリピンなどの組織の下部の奴らだ。・・・と、恵美須さんから貰った紙に簡単に書いてあった。つまり、俺は今からそういう手合い相手に、借金してんだろ金返せ、と怒鳴りこみに行くのである。
別に、日本語が通じるのかどうかとか、その辺に関してはもうどうでもよくなってきた。仕事をするのだから、そこは割り切るしかない。多分、”Money!Please!”と叫んでれば、借りた自覚のある相手もわかるだろう。借りた自覚があるならだが。
だが、組織の下部というのがどうにも含みがある様に思える。ひとくちに組織と書いてあるが、どういう組織なのかは書いてない。つまり、相手が殺しだのに慣れてる奴だったら、十分今から俺も殺される可能性が高い、という事だ。まぁ簡単に言えば、いざこざが起きるかも、というワケで。
そういう事を考え始めると、今になって、西成さんから貰ったこのヘルメットがスーパーありがた~く思える。万が一、銃でいきなり頭を撃たれても、酷くて重傷、なんなら弾く可能性もある。こういう事もあるから、西成さんは俺にコレをくれたのだ。全部を見越して、なんと言うか、ありがとうでは済ませられない程の感謝を伝えたくなってきた。
とかと考えつつ、俺は件の団地へやってきた。
まぁ、想像はしてたものの、団地というか・・・これは違法建築の密集群といった方が正しい。形がそれぞれの家々の壁を無理矢理ぶち抜いて、そこに別の家をくっつける。その繰り返しでできている。新世界に生きる下の人間は、こういう家とも呼べん家に住んでるのか。しかも、3階の312号室と書かれてるのはまだいいが、どこの3階かわからない。というか、どこからが3階なんだ、これ。とりあえず、入るしかないよなぁ・・・。
1階らしき所を回って見てみる。扉の横の表札には、確かに101だとか、102と、部屋番号が振られている。こういうところはちゃんとしてるんだな。
しかし問題がひとつ。ちょっと走って見てみたところ、199号室の次の番号が1000号室になっている。それは流石に無理がないか?3ケタじゃ足りないから4ケタにするんすか?
見回ってみた最中も、素っ裸でタバコを(本当にタバコだといいんだが)吸っている色黒のおっさんとか、堂々と地面に寝転んで寝ている(本当に寝てるといいんだが)やせ細ったおっさんとかが、そこかしこに居る。それこそ、俺が新世界の街並みに覚えた最初の感覚、九龍城塞の様な風景だ。・・・下水も造りは雑らしい。所々漏れ出していて強烈な臭いを放っている。
とにかく、この団地群の3階の、312号室に行けばいいのだ。312だったら、階段上がってすぐだろ。そう思って3階に上がってすぐの表札を見てみたら、3000号室だった。うん、88個部屋を横切ればいいだけだ。うん。
さくっと走って、312号室の前に着いた。
深呼吸する。別に、緊張しているワケじゃない。こういう、押し入りみたいなシチュエーションにワクワクしているだけだ。
ドラマでもよく見る、警察の突入シーンみたいなアレ。俺はアレを見ていてこう思う。”あぁ、コレ、やっぱり飽くまでフィクションで、ドラマなんだなぁ”、と。というのも、俺が見ていたドラマが偶然そうだったのかも知れないが、相手に悟られない内に強引に押し入って制圧するのに、なんでアホほど人が要るんだ。人ひとりだぞ?確かに銃くらいは持ってるかも知れないが、そんな大袈裟な準備をしてたらバレるに決まってるだろ。盾を構えたのが何人も居ちゃ、そりゃ盾と盾がぶつかって音出るでしょ。そしたらバレちゃうでしょ、と。つまり、今から俺がやるみたいに、人ひとりを捕まえるのにそんなに人数は・・・
「ちょい。」
ん?なんか話しかけられた。そっちの方を見ると、赤のジャージにダボッとしたTシャツ、それに短パンを履いた女の子だ。年は・・・大体俺と同じくらいだろうか。
「なんすか。今忙しいんすけど。」
「なんで?」
「は?なんでって、ここの住人に用があるんすよ。あんま関わらない方が・・・」
「そこ、アタシんとこなんやけど。」
・・・ん?
「・・・えっと、ごめん、もっかい言ってもらっていいっすか。」
「せやから、そこ、アタシんとこ。日本語わかるか?」
・・・えーっ、恵美須さんとこに金借りてたの、こんな子っすか!というか、不衛生極まりないこの団地群に、こんな子が住んでるんすか!やべーな新世界!
「あー・・・じゃあ丁度いいや。借りた金、返してもらえるかな。」
「は?」
出たよ、白々しい”は?”。いやいや、そっちこそ日本語わかってんのか?って。俺は女の子相手でも容赦はせんぞ。
「いや、恵美須屋で借りたんでしょ?」
「知らんわ。アタシ、人から金借りる趣味無いから。」
そんな趣味そもそも存在しねーよ。それは趣味じゃなくただの悪癖だから。
「だけど、この借用書見りゃわかるだろ?ホレ。」
「・・・・・・ふッ」
なに借用書見て鼻で笑ってんだコイツ。
「アンタ、文字読まれへんワケ?」
「は?」
文字ぐらい読めるわ。・・・と心の中で吐き捨てつつ借用書を見てみた。そこには、"借入人:ガルシア・マックス"と書かれていた。・・・目の前の女の子は、どう考えてもガルシアって顔じゃない。マックスって顔でもない。
「アンタ、騙されてんちゃうんか。ほな、そういう事やから、
女の子は強引に俺をドアから
”ガチャガチャ、ガチャ”
と、ドアが開かない様で困っているらしい。
「・・・あの、鍵って知ってます?」
「知っとるわ!今ちょうど失くしとんねん!ほっとけや!」
女の子はそう叫んでドアを蹴破った。とうとうその手に出たか。
・・・いや、待てよ。そもそも、自分が住んでる部屋のドアを蹴破る奴、居る?
「・・・ふン。アタシは言うたで。アンタ、騙されてるって。」
「・・・お前、まさか・・・」
俺がそう言った頃には、もう遅かった。
「おらァ!ガルシアァ!金返せやァァ!」
女の子は叫んで部屋に入っていった。・・・俺の仕事、取られたんですけど。
「待て待て待て待て!それ俺の仕事だぞ!」
「知るかァ!誰の仕事やろうが、最後にやり遂げた奴が報酬貰えるんじゃ、雑魚は黙って引っ込んどけ!」
「んな横暴な話があるか!そもそも、お前は一体何者・・・」
「んだァァもうッ!」
俺が訊こうとしたら癇癪を起したように女の子は叫んだ。叫びたいのはこっちなのに。
「お前がいらんことベラベラ喋るから、もうもぬけの殻やんけ!どないしてくれんねん!えぇ!?」
「いや一番いらねぇ事してんのオメーだろ、このクソアマ!」
「あぁ!?誰がクソアマじゃ、クソアマはお前やろこのクソアマチュア!」
「そういう意味のアマじゃねぇ!」
「黙れや!わかっとるわンな事!お前はここでのんびりしとけやド素人!」
ソイツは叫びながらベランダから身を乗り出して辺りを見回している。恐らく、件のガルシアを探しているんだろう。
「けッ、こんな入り組んだ所で、目だけで探せるとでも・・・」
「あッ!!」
と叫んで、ソイツはベランダから勢いよく飛び降りた。・・・飛び降りた!?
「いやおい待て!?ここ3階で・・・」
びっくりしたが、俺も身を乗り出して見てみると、それはそれは上手い事、違法建築の構造を利用したパルクールみたいな動きで降りて行きやがる。そうやって数秒で下に着いて、わざわざソイツはこっちを見上げてこう言った。
「お前にこれができるか、ド素人!」
人というものは、言われはじめこそそんなに気にはしないが、ここまで言われるとフツーにムカつく。なので・・・
「・・・あぁ、わかったよ、やりゃァ良いんだろやりゃァよォ!」
こうなりゃヤケだ。なるようになれ。そう思いながら、俺もベランダから飛び降りた。確か、アイツはあの雨樋に手をかけて・・・
”ゴンッ”
痛ェ!つかみ損ねた!・・・あ、これヤバイやつじゃね?
”ドンッ ゴンッ ガッ ドシャァッ”
と、体のそこかしこを雨樋やら室外機やらにぶつけながら、気づいたら下に居た。体中がズキズキ痛む。
それを見たアイツが、ケラケラと笑い出した。
「あー、お前、”やる”と”できる”ではちゃうんやで?ほんま、コレやから脳たりんは・・・」
「・・・お前、今なんつった・・・・・・」
「あ?だから、脳たりん言うたんや、今ので耳聴こえん様なったか。まぁそこで精々寝とけや。ほなな。」
そう言って走り出しやがった。
人というものは、言われはじめは・・・いや、この言い方はよそう。誰が脳たりんだと・・・?そこまで言うなら・・・
「ちゃんとした勝敗つけようじゃねェか・・・」
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