第6話 二年目の夏
「今日もエルピスはいるんだろうな」
春が過ぎ若葉が逞しく成長する夏。オスカーはいつもの神殿の前に立っていた。代り映えのない日々だけれども、エルピスの話は面白い。この国と共に生きてきたこともあり、歴史の裏側についても平気で話してくるのでヒヤヒヤすることがある。
エルピスはこの世界をあまり知らない。今でも友人であった初代王のことをチビ助と言い、親し気に話す姿を見てオスカーは寂しさを感じる。どうやら初代王以外の友は今までいたことはなく、オスカーで二人目らしい。少なくとも数千年は生きているだろうに、その間崇められて誰もエルピスの傍にいようとしなかったのかと残念に思うと同時に、仕方がないのかなと思う。
エルピスはあまりにも異次元な存在だ。食事をしなくてもいい。いるだけで純度の高い魔石が取れる。国防に関してもエルピスがいたら、下手に手出しをする国はないだろう。エルピスでこのブルノス共和国は保たれているといっても過言ではない。そんな存在に近寄るなんて恐れ多いだろう。
それに、もしエルピスが死んだらと考えたら今の王族は泡を吹いて倒れそうだ。それぐらいこの国はエルピスに依存している。オスカーはよそ者なので悪いとは言えないが、エルピスは外を知らないだけで知った時、外に出たいとならないだろうか。ディアンも外を知るオスカーとの接触により、エルピスが外に興味をもたないかと不安なのだろう。監視される感覚が付き纏っている。流石に神殿がある山は、律儀に法を守って視線を感じない。とっとと行くのが吉とばかりに、エルピスの元に向かうが、あの大きな身体が何処にも見当たらない。
「あれ、エルピス?」
もしや、自分の旅の話を聞いて外に出たくなったのか。出て行ってしまったのかと考えると、オスカーは一気に体温が下がっていく。
「エルピス? おーい、エルピスいるなら返事してくれ」
「我はここにいるぞ。オスカーよ」
エルピスの声がしたので柱の方を向くと、オールバックした漆黒の髪に白いシャツと紺色のウエストコートの上で、銀で施された青い石のブローチが左胸にきらりと光っている。黒い手袋を身に着けて、黒いズボンに黒いブーツを付けた男が立っていた。一見すると人間ぽいが、右頬付近に青の鱗がついており、竜人と連想させる。何より切れ長で力強さを感じるセレストブルーの瞳がエルピスだと教えるのだ。呆気に取られているオスカーを見て、エルピスは満足そうに不敵に笑う。
「貴様が帰った後に人間になる練習を密かにしていたのだ。これで町に行けるなオスカーよ」
「……にゃは、こりゃ一本取られたわ」
漸く状況を飲み込めたオスカーは、カーボーイハットを深々と被りやられたとばかりに口元がにやける。春先にさりげなく言った言葉をエルピスは覚えていたのだ。覚えていてくれて嬉しい気持ちと、少しの恥ずかしさはエルピスに筒抜けなことだろう。ドラゴンの時よりも鮮明な表情は悪戯に成功した子供みたいであった。
「しょーがないな。そんなにも町に行きたいなら、おいらがエルピスを案内するよ」
「当たり前だろう。貴様の為に頑張ったのだから」
「あー! そんなこと言う! 本当エルピスは罪作りな竜なんだから」
オスカーは自分の気持ちを誤魔化す為に咳払いをした後に、案内を申し立てをする。エルピスからすれば当たり前のことだと思われていたようで、早くしろとばかりに自ら手を差し出すのを見れば、赤くなった顔を隠すために帽子は深く被ったままオスカーは差し出された手を優しく握る。
「なんだか熱いぞオスカー」
「それは言わない約束だよエルピス」
オスカーの言葉に理解が出来ていないエルピスは首を傾げて理由を尋ねようとするが、オスカーは答えず、町のルールについて説明をし始めたのでそれ以上エルピスが聞くことはなかった。
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