オモカゲ共栄国
DITinoue(上楽竜文)
第一章・旅立ち
第1話
ぽっかりと開いた口が閉まらなくなった。
「やらないか? この国で一番の美女なんだから、女王様にだってなれるだろう」
エルフランドの王が自宅に来て、しかも自分の目の前にいる。これだけでも信じられないことなのに、さらにこんな依頼をされるなんて。
「ファニーさん、今回の募集は、適当にどっかの国の男とカップル作って、それで他のカップルを倒せばいいだけの話。どうだ? 簡単だろう?」
「簡単かとか、そういうだけの問題じゃなくて……」
「じゃあ、どういう問題なのだ?」
グッ、と言葉が喉に詰まった。
「……彼氏が、いるんです」
「ほう。それで?」
「……病気に罹っているんです。一人には出来ません。しかも他国の男と結ばれるなんて、そんなことは……」
「だが、我々も代表者がいなくて困っている。一度、この件を持ち帰って彼と相談してくれ。良い返事を待っているぞ」
ひらりとマントを翻し、王は階段を降りて帰っていった。
「どう思います……?」
私は『ワンサウザン』で、洋服の手入れをしながら店長と話していた。
「んなこと言ってもねぇ……ファニーちゃんそうかぁ。私は良いと思うけどなぁ。面白そうだし。一生かけても出来ない経験を出来るかもしれないってワクワクしない?」
「……まあ、それはそうなんですけど……」
「言いたいことは分かってる。彼氏でしょ? 分かるわー。ま、そこは二人でゆっくり相談して決めな」
ちょうどお客さんがベルを鳴らしたところで、会話は打ち切りとなった。
「はい、仕事仕事ー」
胃がムカムカして、どうもそんな気持ちになれないのが現状なんですけれども。
「いらっしゃいませー」
脳に酸素が入らない状態で私は接客をする。
「お、ファニーちゃん。ゴルフに行くためのズボンを買いに来たんだけど……」
「あ、はい。ちょっと待ってくださ、わ!」
と、衣装棚に躓いてしまった。
「す、すみません」
「いや、いいんだけども……あれか、あの重圧か。代表。いやぁ大変だよなぁ。まあ、でも王妃さんになってくれよ、我らの」
「あの、別にまだ決まったわけじゃないんですけど……」
「いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか?」
いつも『ワンサウザン』をとりこにしてくれる老婦人に私は話しかけた。
「あらファニーちゃん。今日はねぇ、お出かけするためのカーディガンを探しに来たんだけど……引き攣った笑顔、何かあったのね?」
にこやかに話しかけたつもりだったのだが。
胃にチクリと痛みが走る。
「……はい」
「あれか、代表のやつか。まあ、それは自分でしっかりと考えなさい。ちょっとでもやりたい気持ちがあるんだったらやった方がいいと思う。新しい人生になるしね。別に負けても死ぬわけじゃないでしょ?」
「それは知りませんけど」
死ぬ、というゾクッとする響きを早く忘れたくて、私は言葉を早めに継ぐ。
「王からルールブックみたいなものは渡されたんですけど……まだ見てないんです」
「あらま。じゃ、早くそれを見ないと。というか、具体的にどういうゲームなの?」
「なんか、男女問わず国で代表を一人決めて、その代表が他の国の異性の代表とカップルを組んで、トップを目指すみたいな」
「へぇ」
「で、頂点に立つと統一される世界の王と王妃になれるそうです。それと、二人で好きな願いを一つだけ叶えることができるらしくて……」
「何を願うの?」
「胃が痛くてそれどころじゃありません」
「お、ファニー。いつもより白くなったんじゃないか?」
金髪で丸刈りの男――ジャン・ドゥ・ジラルドがヘラヘラしながら言う。
「そんなわけないでしょ……」
笑って否定するつもりだったが、そうはいかなかった。どうしても視線が斜め下を向いてしまう。
私は彼がいるベッドの隣の椅子に座った。
「調子はどう?」
「んー。今日はまずまずかな。この病室暮らしもいつまで続くのか知らねぇけど、もう出てってやろうかと思うわけよ」
このセリフは毎日のように聞いている。
「ジャン、私……」
「知ってる。あれだろ? ナントカナントカのエルフランド代表」
「……うん。私、どうすればいいのか分からなくて」
「そんなのみんなそうだ。いきなり結論なんて出せるわけねぇだろ。一晩ゆっくり考えろよ」
ノリの軽い彼は事の重大さを分かってないみたいだ。
「けどさ、ジャンはずっと病気だし、離れられないじゃん。ジャンは親戚もいないんだから、私がいないと……」
と、続きを話そうとしたところで、私は彼の冷たい、刺すような視線に目線に気付いた。
「ファニー。俺さ、付き合い始めた時に言ったよな」
常にヘラヘラしている男の、この真剣な表情は多分、生きてて初めて見た。
急に喉が渇いてきた。ごくりと唾を飲み込む。
「別れたい時にはいつでも言っていいからって。俺は、自分がいるからって相手の自由を奪うのはごめんだ。そんな男になったら、空の母さんから雷落とされるし」
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