第15話


 吹き飛ばされて動けない魔術師だろう女性に、大鬼がその手を伸ばす。

 捕まえて引き裂く心算か、或いは頭から丸齧りにしたいのか。

 どちらにしても僕はそんな光景を見たくないので、咄嗟に取り出した白のカラーボールをその大鬼目掛けて全力で放る。

 この世界の常識では兎も角、僕の中でアイテム投擲術は錬金術師の必須技能だ。

 狙い違わず命中した白のカラーボールは、衝突の衝撃で簡単に壊れ、中に詰まったヒュージスパイダーの糸を大鬼に浴びせた。


「ゴガァァァァァァッ!!!」

 驚きと怒りに満ちた、大鬼の咆哮。

 けれども、もうあの大鬼に可能なのはそうやって吠える事くらいで、腕の一本すら動かせないだろう。

 何せホーンド・サーペントの巨体ですら、一時的に拘束してしまえる糸である。

 幾ら藻掻いた所で、大鬼程度が抜け出せる様な代物じゃない。


「何だっ!?」

 別の大鬼の拳を盾で捌きながら、戦士らしき男が叫ぶ。

 今の一瞬の攻防を見る限り、かなり良い腕だ。

 人と大鬼では膂力の桁が違うけれど、あの戦士は大鬼の拳を盾で受けながらも、その力と押し合わず、押し負けずに上手く受け流している。

 彼が居るなら、前衛はもう少しの間は耐えれるだろう。


「助けます。不要ですか?」

 既に手出しをした後で、今も残る大鬼と後衛の間に割って入りながらだが、僕は一応問いかけた。

 もしも不要と言われたら?

 その時は素直に引き下がり、彼等が全滅してから大鬼を狩ろう。

 糸に捕獲されて一体減った所で、まだ冒険者と大鬼の戦力差は大きな隔たりがある。


 だがその懸念は不要だったらしい。

 僕が振り回される大鬼の腕を掻い潜った時、

「すまないっ、助かるッ!」

 件の戦士が僕に向かってそう叫ぶ。


 だから僕は、大鬼の懐に潜り込みながら、

「風よ炎よ」

 その文言を口にして、右拳を突き出す。

 以前にも言ったかも知れないが、僕は体術に関しては多少の心得がある。

「我が前に集いて弾けよ」

 だけど当たり前の話だが、素手で大鬼と喧嘩して勝てる程じゃあ、決してない。


爆破ブラスト

 故に僕は魔術に頼る。

 僕の右拳は大鬼の、まるで鋼の様にガッチリとした腹筋に触れ、ほぼ同時に行った意思を込めた発語に、その魔術は発動した。

 ボンっと音を立て、腹の中で発生した爆発に、内臓を盛大に潰された大鬼が色んな穴から血を噴き出しながら倒れていく。

 幾ら大鬼が厚く固い皮膚と、隆々とした筋肉で身を守ろうとも、腹の中身を直接爆破されれば耐え切る事は不可能だ。

 どうせ僕の目的は、大鬼の骨や、或いは角である。

 不要な内蔵は、別に潰してしまっても構わなかった。


「えっ、嘘っ、装填術式って、正気なの?!」

 後ろから、多分先程倒れていた女魔術師だろうけれど、少し失礼な物言いが聞こえて来る。

 因みに装填術式と言うのは、僕が使った魔術の発動方式、より正確に言えば発動を簡易化させる方法の事だ。



 魔術とは、この世界に起こる神秘的な現象、魔法を人の手で再現する技術だ。

 複雑な術式を準備して、必要な魔力を満たせたならば、出来ない事は殆どないとすら言われてる。


 けれども当たり前の話だが、そんな凄い力である魔術の行使は、決して簡単な物ではない。

 ある程度は魔力に載せるイメージに任せて省略出来るとは言え、術式を想起して脳裏に展開するにはそれなりに時間が必要だ。

 命の掛かった戦闘の最中にそれが行えるのは、余程に優れた頭脳と何事にも動じない鋼の精神を持ち合わせた者だけだろう。

 またその二つを持ち合わせていたとしても、実際に魔術を使おうと術式を想起すれば、当然ながら動きは鈍る。

 つまり魔術は、何らかの方法で簡略化しなければ、戦闘でまともに役立てる事が非常に難しい技術だった。


 しかしそれでも、魔法の再現が可能である魔術の力は魅力的だ。

 世界には魔物や厳しい自然環境と言った、人にとっての脅威が多数存在している。

 それ等に抗する為には、魔術の力はどうしても必要な物だった。

 すると、そう、必然的に創意工夫がなされたのが、魔術の行使を如何にして簡略するかである。


 そして僕が使用するのは、事前に腕や足等に術式を刻み、或いは描き、定められた仕草、意思を込めたキーワードの発語と共に、イメージを載せた魔力を注ぐだけで魔術を発動させる方法。

 予め術式を準備する必要がある事から、装填術式と呼ばれる簡略方式だった。

 勿論、刺青は一度彫ってしまうと術式の変更が出来ないので、僕は自らの足や腕に、落ち難い塗料を使って術式を描いてる。


 では一体、何故あの女魔術師は僕の正気を疑ったのか。

 魔術の発動の簡略方式は、装填術式以外にも色々とあって、例えばより詳細な術式を刻んだ杖を用いる魔術杖式や、魔法陣と術式が同じページに記された魔導書を見ながら、目に焼き付けながらイメージし、魔術を行使する魔導書式等がある。

 簡略方式にはそれぞれ長所と短所があるけれど、装填術式の最大の欠点はリスクの高さとされていた。

 具体例を挙げると、魔術杖式で魔術の発動に失敗すれば、場合によっては杖が壊れる。

 それと同じ様に、腕に術式を描いた装填術式で魔術の発動に失敗すれば、場合によっては腕が吹き飛ぶ。

 特に、先程僕が使ったのは、自らの拳の少し前、十cm程の場所に小規模な爆発を起こす魔術だったので、僅かでも制御を誤れば、右の手首から先が爆破に巻き込まれただろう。


 要するに再生のポーションを常備していて、自前で用意ができる僕には、そんなに大したリスクじゃないと言う話だった。

 当然ながら、手首や腕が吹き飛べば物凄く痛いので、あまり好き好んで魔術を使いはしないけれども。

 一般の冒険者と錬金術師では、物の見方や常識が、少しばかり違うのだ。



 瞬く間に二体の同族を減らされた大鬼達の動きが、僕を警戒して鈍る。

 それとは真逆に、追い詰められていた冒険者達は、猶予を得て体勢を立て直した。

 後一体程倒したら、残りは彼等に任せた方が良いかも知れない。

 僕としても、別に五体全ての素材を必要としてる訳ではないのだから。


 残る一体をどんな手段で仕留めようか。

 僕はそれを考えながら、ポシェットの中に手を突っ込んだ。


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