第13話


 さて、流石に別種の魔法合金を生み出せる程ではなくとも、上質の偽魔鉄を作るのならば、……最低でもダイアウルフ位の魔物を素材として使う必要があるだろう。

 世間一般の基準は兎も角、僕が上質であると納得し、ティンダルが満足するだろう偽魔鉄の品質はその位だ。

 猛轟猿も厄介な魔物ではあるけれど、あの魔物の強さは知能や執念深さ、群れの大きさと言った要素が大きいので、個体の格で言えばダイアウルフには劣る。

 欲を言えば中層から流れて来た魔物を狩れればよりベターだが、いずれにしてもその辺りの素材を欲するならば、最低でも森の最内層で魔物を狩らねばならない。


 と言う訳でティンダルからの発注書を受け取ってから四日後、僕は森の最内層に辿り着く。

 本当はわざわざ自分で魔物を狩りに来ずとも、冒険者組合を通して冒険者に依頼を出すと言う方法もあったし、或いは既に商会に卸された素材を購入しても良かった。

 採取に繊細さを要求される薬草の類なら兎も角、魔物の骨や牙、爪なんて、多少手荒に扱った所で質の低下なんて問題にならない。

 寧ろ手荒に扱った程度で傷が付く様な弱い素材は、今回はまるでお呼びではないのだ。

 そもそも骨も牙も爪も、偽魔鉄に錬金する際には粉々になるまで磨り潰すし。


 しかしそれでも敢えて僕が自分で森に潜った理由は唯一つ。

 僕がまだ知らぬ何かとの出会いを求めて。

 依頼を出しても、商会で買い求めても、ダイアウルフ位の魔物を望めば、その通りの素材しか手に入らないだろう。

 合格ラインの物は手に入っても、それを大きく超える様な何かは手に入らない。

 例えば積極的に大樹海から中層から流れて来る魔物を狙おうと思えば、やはり自分で足を運ぶのが一番だった。


 尤も、幾ら中層の魔物の素材が欲しいからと言って、前に出くわした様な大蛇、後で調べて判明した名前だと、ホーンド・サーペントの様な大物は流石に勘弁願いたい。

 何せあの化け蛇は、消化液を兼ねた毒液を吐き出し、鉄だろうとなんだろうと問答無用で溶かしてしまう様な魔物だったのだから。

 勿論、例えそんな化け物であっても、僕のホムンクルスであるヴィールの完成に必要ならば、どんな手を使ってでも狩って素材を剥ぎ取るけれども。



 ……息を潜め、気配を殺し、隠者の外套の効果によって隠れ潜みながら、僕はそろりそろりと森の最内層を歩く。

 探す物は、土の地面や木々に残された、魔物の痕跡。

 大樹海の中層で縄張り争いに負けて流れて来た魔物がいるなら、元より森の最内層に棲む魔物の縄張りを侵した事で争いが起きる。

 直接的に争う場合もあれば、木々に傷を付けてその威を見せ付け、敵わぬと知らしめて追い払うケースもあるだろう。

 だが何れにせよ、何らかの痕跡は残る筈。


 当然ながら、中層から流れて来た魔物が存在せず、森の最内層の魔物同士で縄張り争いをしている事もある。

 でもその場合でも、最内層で縄張りを保有するクラスの、ある程度の要求を満たす魔物は見つかるのだから、別に悪い話では決してない。


 それにこうして周囲を観察しながら歩いて居れば、

「あぁ、黒蜜の実が、一、二、三……、五つも落ちてる。悪くないね」

 思わぬ余禄に出会う事もあるのだ。

 黒蜜の実は、完全に熟れて地に落ちた実は、食べると噎せ返ってしまう程に糖度が高い果実だが、逆に木に生ってる状態だと非常に渋くて苦い。

 どちらもそのまま食べるには適していないが、地に落ちた実は絞れば上質の蜜が採れ、木に生った実を加工すれば非常に強力な虫除けが作れる。

 この実が生る木自体が珍しい事もあって、どちらもそれなりに貴重な品だった。


 特に地に落ちた実から採れる蜜は、ポーションや霊薬の類に加えても効果に影響を与えずに甘味のみを追加する為、苦みやえぐみの強い薬を飲み易くしてくれる。

 錬金術師としては使い勝手の良い素材なのだ。

 故に、今は普通の物を口に出来ない僕のホムンクルス、ヴィールにも、悪影響を与えずに甘味を感じさせる事が可能だった。

 何時もアトリエで待たせてばかりのヴィールに、良い土産が出来たと思う。



 木をよじ登り、未成熟の実も幾つかポシェットに収納し、僕は枝に腰掛ける。

 ポシェットから水筒を出し、中身を一口ごくりと飲んでから、僕は周囲を見渡す。

 実はさっき拾った地に落ちた黒蜜の実の内、二つが熟れかけではあったけれども、本来ならばまだ木から落ちる程ではない代物だった。

 また地面には、踏み潰された実の残骸も。

 そして木の幹には、まるで巨大な拳で殴り付けたかの様な、大きな傷跡が刻まれている。

 

 恐らく熟れ切ってない黒蜜の実は、魔物が木を殴り付けた衝撃で落ちたのだろう。

 更に付近の地面には、その魔物が残したと思わしき足跡が幾つもあった。

 木に刻まれた傷跡の高さや、足跡の大きさから察するに、それを成したのは恐らく二足歩行を行う身長が三mを大きく越える人型の魔物。

 そうなると僕に思い当たる魔物は、一種類しか存在しない。


 巨大で、桁外れの怪力と生命力を誇る魔人。

 悪食で、何でも口に入れるし、何時でも腹を空かせてる。

 狂暴凶悪、されど時に道具を用いる知恵を持つ。

 その魔物は、前世の僕の記憶では物語なのでオーガと呼ばれ、この世界では大鬼と呼ばれていた。

 つまり僕が目的とする、大樹海の中層から流れて来た魔物だ。


 ……そうなるとさっきの黒蜜の実は、大鬼が齧って余りの甘さに噎せかえり、怒り任せに踏み散らかして、木を殴り付けたのだろうか?

 まぁ熟れた黒蜜の実を齧るなんて、上白糖を口一杯に詰め込むどころか、直接胃袋に流し込むような行為であるから、幾ら悪食の大鬼であっても辛かったのだろう。

 その光景を想像し、僕は少し愉快になって笑う。


 しかし丁度、僕が笑いを溢した瞬間だった。

 森の木々の向こうでドカンと大きな音が鳴り、次いで大気を震わせんばかりの騒音、魔物の咆哮があがる。

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