第25話 単に拗ねているだけです

「……へえ、そうなんだ」

「ええそうなのですわ。それでレイチェルが芝居の後でお忍びで町を散策しようと誘って下さっているのですけれど、行ってもよろしいでしょうかルーク様? ……あ、もちろん王族と知られないよう変装もしますし、ベティーは連れて行きますので、安全面は問題ないかと思うのです」

「ふーん。ベティーをね」


 ……何故ルークはこんなにご機嫌が悪いのだろうか。

 いや、見た目はいつもの穏やかな彼なのだが、話し方やふと垣間見える表情に苛立たしそうなものを感じてしまう。

 従妹のレイチェルを可愛がっていると聞いていたし、私が彼女と仲良くするのを喜んでいたように思ったのだけれど。

 昼食を食べた後のお茶を飲みながら話を切り出した私は、

「それは良かったね。レイチェルと思う存分楽しんでおいで」

 という返事を期待していた。優しい彼ならきっとそう言うと思い込んでいた。

 予想外の返事に戸惑いを隠せなかったのだが、彼の次の言葉で意味が分かった。

「……初めて城下町に行く時は私も行きたかったのにな」

(──そうか、ルークは自分は忙しくて町に行けないから機嫌が悪くなってしまったのね。私が羨ましがらせてしまったんだわ)

 でも今後王位を継ぐ上で、国王陛下のもとで学ばねばならない書類仕事や外交に追われる彼と違い、私は社交担当だ。現在、パーティーなどで知己を広めるぐらいしか仕事らしい仕事がない。それも、来たばかりだし国に慣れるまでは必要なもの以外はやらなくていいと言われている。

 好きな農作業も出来ない、外で絵を描くなどとんでもない、デザイナーを呼んでしょっちゅう新しいドレスを作るほど散財するようなファッションへの興味もない。読書は好きだがメガネ必須。長時間部屋に引きこもって本を読んでいたら「引きこもりの姫君」などと言われてしまうので、頻繁には出来ない。体型を保つための運動だってそこまで長い時間は掛からない。

 そう、ものすごく暇で暇でしょうがないのである。

 それに自分のやりたいことが出来ないというのもかなり気分が滅入る。

 彼ほどの忙しさだもの、ちょっと休んで遊びたい気持ちもとても分かる。

 私がレイチェルと呑気に遊びたいなんて言い出したら苛立つのも分かる。

 でも私も貴重な新しい友人と遊びたいし、『何もすることがない時間』を少しでも排除したい。

 私のイライラも解消したいのだ。

 いくら身なりや容姿を気遣っていても、内心のイライラはいずれ伝わってしまうものだ。

 誰しもイライラしてる人や怒っている人の傍にはいたくないように、ルークといる時にそんなモヤモヤした部分が出てしまったら、彼だって居心地が悪いだろうし、嫌われて避けられてしまうかもしれない。ずうっと溜め込めるものでもないのだから、爆発する前に何とかしないと。

 正直私にとってストレス解消と暇な時間の減少は死活問題なのである。ここはルークには申し訳ないが何とか遊びに行かねば。これは巡り巡って彼の為でもあるのだ。

「……私が忙しいルーク様を差し置いて遊びに行くのはとても心苦しいですわ。ですが、彼女は私たちが訪問した際にとても良くしてくれました。相手にもてなさせておいて自分たちは何もしない、というのは礼儀に反すると思うのです。ましてやルーク様の親族ですもの、友好だって深めておくに越したことはございませんでしょう?」

 物は言い様である。

 自分がただ遊びたいのではなく、歓待された相手を歓待し返し、もてなすのは人として当然であるというルートにさえ持って行けば良いのだ。実際概ね間違ってはいないのだし。

「うん……まあ、それはそうなんだけどね。何だかズルいなって」

「ズルい、ですか?」

「うん。私よりレイチェルの方がエマと仲良くなるのが早そうだから。私だって仕事に追われてなければ一緒に行きたいぐらいなのにさ」

「……」

 ナチュラルに心臓をわしづかみにするのは止めて下さい。

 そりゃあ私だってイチャイチャ出来るぐらい早急に仲良くなりたい。

 ただ物理的に近づくと、私の変態ストッパーが外れてしまいそうになるのでまだ無理なのです。ルークに嫌われてしまったら生きる気力がなくなる私としては、変態と常識の狭間で心が揺れ動いている現状では時期尚早。

 ただ彼との会話もこれだけまともに続けられるほどの進化を遂げているのだから、親しさアップは出来ている。いずれゼロ距離で隣に座った状態でも言葉に詰まることもなく、緊張で体が震えることもなくなるはずよ。気合と根性の血筋が、恋の前では役に立たないのが腹立たしい限りだけれど。

 静かに殺し文句を脳内で咀嚼して落ち着こうとしていると、

「従妹にやきもちは良くないよね。いいよ、楽しんでおいで。ただしくれぐれも用心するんだよ」

 とテーブルの向かい側のルークが冗談めかして許可をくれた。

「……よろしいのですか?」

「普段からお世話にもなってるからね。でもレイチェルもエマも可愛いのだから、変な男に絡まれそうになったらベティーだけじゃ不安だ。腕が、じゃなく複数ってこともあるからね。トッドともう一人か二人、護衛として連れて行くこと」

「ありがとうございます。嬉しいですわ」

 許可が出たのもだけど……可愛いって。ルークが私を可愛いって。

 これは日記に詳細に書き止めねば。ああベティーにも報告しなくちゃ。

 ふっふっふっふっふ。




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