第2話 旅へ

変わり者のエルフは食という文化を求めてエルフの森から旅立った。


そのエルフがこの世界に産まれてから約千年の時が既に経っていた。


このエルフは前世の記憶を持ってこの世界に産まれてきた。


こことは違う異世界の日本と言う国で、何不自由なく暮らしていた記憶だ。


美味しいものに目がなく、それが祟って糖尿病の末の合併症で短い人生を終えた。


その男が最後に考えていたのは、健康にもっと長生きできたら、最後の闘病生活の様な味気ない食事でなくて、美味しい物が食べられたのに。という考えであった。



その前世の記憶を持って、男が生まれたのは、最後の願いを叶えるかの様にエルフと言う長命の種族であった。


しかも、そのエルフ中でも稀少で、特に寿命の長いハイエルフ種である。


ただし、叶えられた願いがあったものの、叶わなかった願いもあった。


そう。エルフは草食動物の様に、肉を消化する人体構造をしていなかったのである。


それだけならまだしも、エルフの食文化は未発達も甚だしい。


サラダにドレッシングもかけなければ、茹でる事も、炒める事もしない。


同じ野菜ばかりをそのままで食べると言う食文化や、味覚とかけ離れた文化であった。


新しい命で、健康と寿命を手に入れた物の、食という楽しみを失ってしまった男はその与えられた長い人生に絶望した。


しかし、その絶望の最中、男にとっては2度目、この世界での幼少期に、森で助けた旅人からある本を手に入れた。


それが、ハイエルフとなった男と錬金術の出会いであった。


この世界に、魔法がある事は知っていたが、錬金術の存在を知らなかった男は、前世の物語、空想の世界の禁忌の錬金術、人をも作る人体錬成を使って自分の体を弄る事を決めた。



そして、千年ほどの時間を費やし、遂にはそれを成し遂げ、こうしてエルフの里を飛び出して旅に出たのだ。



目的は、美食の旅。



この世界の道など全く分からないが、とりあえず街道を真っ直ぐ歩けば街に着くだろう。


そんな考えで、この男の美食の旅は始まったのだ。


旅を始めて3日ほどすれば、男は文化的な街にたどり着いた。


大きな門のある立派な街だ。


入門の為に、皆が列を成して並んでいる様なので、それに倣って男は最後尾にならんだ。


入門を待つ間、男は自分に身分証などがない事に思いいたったが、前世の本の中では何とかなっていた為、あまり気にせずに自分の順番が来るのをそのまま並んで待っていた。



「次の方どうぞ」


列は進み、ついに男の順番がやってきた。


「すまないが身分証が無くてね、どうしたらいいのだろうか?」


「ああ、それなら……」


門番が話の途中で押し黙ってしまった。


その様子に、何かまずい事をしたのだろうか? そう男が考えたその時、もう1人の門番が苦笑いで声をかけてきた。


「すまない、こいつはまだ新人でエルフさんの対応をした事がなくてね、見惚れちまった様だ」


男と言えど、エルフの体は線が細く、カッコいいと言うよりは美しいと表現した方がしっくり来る見た目の為、初めて見た人はこうやって見惚れてしまう人もいるのだとか。


「それで、エルフさんは人の街は初めてかな?」


「ああ。森を出たのが初めてなんだ」


「なるほど。 この町が初めてだったら謁見が必要だな。 エルフは国賓扱いの為にこの街を収める領主様に会ってもらわないといけない」


「そうなのか?」


「難しい事はない、領主様はいい人さ。傲慢な貴族もいる中で民の事を考えてくださってる」


「なるほど、それではこれからどうしたらいい?」


「ちょっと兵舎の中で待っててくれるか? 迎えの伝言を頼むから」


迎えが来るまでの間、エルフの男は待つ事にするのであった。

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