第29話 成功?


 クシュロを乾燥させてみると、半透明のプラスチックのような物質になった。

 パッと見てこれが植物だったとは思えないほど、何かの素材っぽい。


「カラカラに乾くとこんなに軽いんだ!」


 だんだん楽しくなってきた私は、クシュロを厨房へ持っていき、料理長にミキサーのような魔道具で粉にしてもらった。


「ミシュリーヌ様、これは一体何ですか?」


「これはクシュロを乾燥させたものです! ちょっと試したいことがあるのです!」


「え?! これがクシュロなのですか? 同じものには見えませんが……。もしかしてこれで料理を作られるのですか?」


 料理長が乾燥したクシュロを見て眉を顰めている。食べ物に見えないというのもあるけれど、そもそもクシュロを食べる習慣がないのかもしれない。


「違います! 今回は食べ物を作る訳じゃありません! 何ができるかはお楽しみです!」


「そうですか……それはよかったです」


 クシュロを食べずに済んだからか、料理長が安堵のため息を漏らしている。そんなに食べるのが嫌なのだろうか。


「完成したら見せてくださいね。楽しみにしていますから」


「わかりました! では私はこれで!」


 料理長に挨拶をした私は、粉末になったクシュロを持って部屋に向かう。予想通りの結果になるのか、早く試したくて仕方がない。


 私は部屋に戻ると、引き出しの中からクッキー型を取り出した。

 このクッキー型は以前、鍛治職人の親方に作ってもらったキラー・ベアー型だ。


 クッキー型を平たいお皿に乗せた私は、クシュロと水を容器に入れてかき混ぜた。


「ちゃんと混ざるかなー?」


 ワクワクしながらぐるぐる混ぜるけれど、クシュロは溶ける気配が全くない。


「あれれー? 水じゃダメなのかな?」


 水でダメならお湯を使えば良いじゃない、という訳で今度はお湯で挑戦してみた。


「おおっ! 良い感じじゃなーい?」


 お湯を入れるとクシュロがきれいに溶けたので、軽くかき混ぜて粘度を確かめる。

 クシュロの粉末を少しずつ足して硬さを調整し、トロッとなった頃合いを見計らってクッキー型に流し込んだ。


「固まるかなー? どうかなー?」


 私はドキドキしながらクシュロが冷えるのを待った。改めて見ると透明ゼリーのようだ。


 触りたくなるのを我慢しつつ待つこと30分、そろそろ良いかな、とクッキー型からクシュロを取り出してみることにする。


「うわっ! 柔らかい……!」


 水分を含んでいるからか、くにゃくにゃぷるぷるとした不思議物質が誕生した。確かに固まったけれど、硬度が全然足りてない。


「うーん、まだ水が多いのかな……」


 今の状態はアクリルというよりゴムに近い気がする。ワンチャン、ラバーストラップなら作れそう?


「これはこれでイケそうな気がするけど……。いや、ここで逃げちゃダメだ!」


 一瞬、もうこれで良いんじゃね? って思ったけれど、ここまで来たならもう少し試してみよう、と思い直す。

 偉大な発明も小さな一歩からなのだ!


 それから私は配合を変えたり、お湯の温度を変えたりといろんなパターンを試してみたけれど、結果は柔らかいままだった。


 結局、時間切れでその日の実験は終わったけれど、それからも私はどうすればクシュロが固まるのか、ずっと頭の中で考えていた。


「おやおや、ミミは考え事かい?」


「あまり食べておらんじゃないか。何か悩みでもあるのかの?」


 食事中でも無意識にクシュロのことを考えてしまっていたらしく、父さまとおじいちゃまに心配されてしまった。


「あ、その……。作りたいものがあるんですけど、上手くいかなくて……」


 私はクシュロを固める方法を探しているのだと二人に説明した。


 理由については子供の好奇心、ということにしている。まさかキャラグッズを作りたいから、とは口が裂けても言えない。


「ははは! ミミは好奇心旺盛だねえ。偉いなぁ!」


「うむうむ。何事も挑戦するのは良いことじゃ!」


 父さまたちは私の無謀とも言える実験を誉めてくれた。たとえ失敗しても頑張ったね、と誉めてくれそうだ。


「うーん、クシュロか。そう言えば昔魔物を討伐していた時に、似たような魔物がいたなぁ」


 父さまが何かを思い出したのか、昔話を聞かせてくれた。


「その魔物は小さい生物の集合体でね。普段は目立たないんだけど、雨や水を吸収すると膨張してね。小さい動物を飲み込むんだよ」


「ひえっ?!」


「ああ、あれか! 乾燥しても死なず仮死状態で生きとるらしいのう。水をやったらすぐ復活して増殖するとか何とか……」


 私は父さまたちの話を聞いて恐怖に震えた。そんな恐ろしい魔物がいるなんて……。もしかしてスライムのようなものだろうか。


「その魔物はどうやって倒すのですか? 燃やすのですか?」


「それがねぇ。超高温の炎じゃないと中々死ななかったんだよ。でもある日の夜──」


 父さまが話をしてくれた内容はこうだ。


 ──酒を飲んでいた騎士の一人が酔っ払い、魔物を誤って踏んで滑ってしまう。その時零れたお酒を被った魔物は結晶化し、水を浴びても復活しないまま死んだという。

 そこで父さまたちはその魔物はお酒で倒せると気がついたのだ。

 それからその魔物を見つけたらお酒を撒いて、結晶化させてから粉々にし燃やすという退治法が確立したのだった。


「お酒……! すごいです! そんな方法があるなんて!」


 クシュロと魔物は違うから、お酒を入れてもクシュロは固まらないかもしれない。だけど試してみる価値はあるはずだ。


 私は父さまにお礼を言うと、明日さっそく実験してみよう、と心に決める。


 もしクシュロがダメだったら、例の魔物──スライムモドキで実験してみるのも良いかもしれない。

 ただその場合、父さまたちにお願いしてスライムモドキを捕まえてもらう必要があるけれど。


 アクリル再現の手掛かりを掴んだ私は、朝早くから実験の続きに取り掛かった。


 厨房からお酒を少しだけ分けてもらい、多めの水で溶かしたクシュロが入ったクッキー型に数滴垂らしてみた。


 結果──。


「うわぁっ!! すごいっ!! 出来たっ!! やったっ!! 成功だーっ!!」


 クシュロは見事に固まったのである!

 ……これはもはやノーベル賞モノではないだろうか。割とマジで。


 自分でも不思議に思うけれど、植物由来のクシュロでもお酒を入れると硬くなるようだ。

 もしかすると、ぬるっとした滑る成分がスライムモドキと同じなのかもしれない。よう知らんけど。


 とにかく実験は成功したのだ。その質感はまさに私が探し求めていたアクリルととても似ている。


「やってみるもんだなぁ……。もしかして私、研究者の素質がある……?」


 正直、こんなに早く問題が解決するとは思わなかった。何事も諦めずに頑張ってみるものだ。


 しかし、調子に乗って自画自賛する身の程知らずな私を諌めるように、新たなる問題が発生する。

 固まったクシュロがクッキー型から取り出せないのだ。


「ぐぬぬ……っ! ぴったりくっついていて取れない……っ! すっごいカッチンコッチンじゃん!!」


 まさかこんなトラップがあったとは……! 神様は意地悪だ!! 

 これじゃあアクリルを再現できても型抜きが出来ないではないか。


「また親方にクッキー型を頼まなきゃ……! それにそろそろクロヴィスからお茶会の連絡が来るはずだから、ホーン・ラビットのクッキー型もいるし……」


 ついついアクリルの再現に夢中になっていたけれど、次のお茶会の準備をしなければならないのをすっかり失念していた。

 まあ、場所はクロヴィスんちなので、私が用意するべきはクッキーだけなんだけど。


 こうしちゃいられない、と慌てた私は急いで親方のところへと向かった。

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