第16話 お茶会

 ベアトリス様から招待を受けたお茶会当日。


 私はお気に入りのドレスで着飾ると用意していた手土産を持ち、馬車でベルジュロン家へと向かう。


(ベアたんが暮らしているお屋敷ってどんなところだろう……?)


 貴族の屋敷は作画コストが高いからだろうか、あまり背景は描かれていなかった。それでもたまに登場する屋敷内は描き込みがすごかったと記憶している。


 そして今回の訪問で一番の目当ては、ベアトリス様が手入れをしている庭園だ。

 私からしてみれば、ベアトリス様が手を入れているというだけで庭園は聖域へと価値が上がる。

 それはそれは、天界で天使が戯れる花園の如く、美しい庭園なのだろう。


 私はワクワクしながら馬車の窓から景色を眺める。


 ランベール家とベルジュロン家は王宮から近い貴族街──貴族達の屋敷が集まった区画──に屋敷を構えている。

 だから馬車で移動すればそう遠くは無いけれど、それでも三十分はかかる。貴族街にある屋敷の数は多くないけど、一つ一つの面積が大きいのだ。


 しばらく走っていた馬車がゆっくりとスピードを落としてく。どうやらベルジュロン家の正門に到着したようだ。


 私は早く屋敷が見たくて、馬車の窓を開けるとそっと顔を覗かせる。


「わぁ……! すごい……!」


 ランベール家の屋敷を見た時も感動したけれど、ベルジュロン家のお屋敷もまた凄かった。

 青い屋根が映える白い石造りのルネサンス建築に似た建物は、まるでおとぎ話にでてきそうなお城みたいだった。


 そして私の目の前に広がる庭は、左右対称で幾何学的に配置された花壇や垣根はとても美しい。


(ふわぁああ〜〜!! またランベール家とは違った趣のお屋敷だなぁ。きっちりとした感じが宰相っぽいや)


 門をくぐっても、まだ玄関に到着しない。庭を囲むようにぐるっと回っているのだろうけど、それでも広い。


 ようやく馬車が止まり、扉が開いたかと思うと、後光を指した人物が現れた。


(ぎゃっ!! 眩しいっ!!)


 キラキラと煌くその人物はベアトリス様の兄であるシャルルだった。


 彼は私に「ミシュリーヌ嬢、お手をどうぞ」と言って手を伸ばす。


(はっ?! これが俗に言うエスコートっ?!)


 シャルルの陶器のような白い手を、私が触れて良いのか一瞬ためらったけれど、ここで手を取らない方が失礼だと思った私は、なるべく触れないようにそっと手を重ねた。


 だけど私の気遣いを知ってか知らずか、シャルルは私の手をぎゅっと握りしめてしまう。


(ぎゃ〜〜〜〜っ?! 手っ!! 手がぁ〜〜〜〜っ!!)


 前世から数えて男の子と手を繋いだことなんて数えるほどしか無い。しかも大体が幼稚園だったり学校行事でだ。

 オタクの私に彼氏など勿論出来るはずもなく、安定の彼氏いない歴イコール年齢である。男友達は結構いたけれど、皆んなオタクで陰キャだったし。


 だからショタなシャルルきゅんに手を握られた私は、年甲斐もなく取り乱してしまった。


(こ、これが貴公子クオリティー?! 貴族の男の子ぱねぇっす!!)


 今からシャルルの将来が心配だ。原作ではクールキャラ担当だったから、女の子が群がるようなことはなかったけれど、それでも遠巻きに彼を見つめるご令嬢は大量にいた。


 今のシャルルは全然クールキャラじゃないし、このまま成長してしまったらエライことになると思う。主に女性事情で。


 何とか動揺を押し隠し、馬車から降りた私の元に、女神の化身ベアトリス様が駆け寄ってきてくれた。


「ミシュリーヌ様、ようこそお越しくださいました!」


 太陽の光の下で、満面の笑みを浮かべるベアトリス様はとても美しかった。一瞬、天国への扉が開きかけ、私の魂が天に召されそうになったほどだ。


「この度はお招きいただき有難うございます! 私、ずっと楽しみにしていて……!! 昨日の夜は楽しみすぎて中々寝付けませんでした!!」


「まぁ……! わたくしもです! わたくしの場合は早く起き過ぎてしまいましたけれど」


 そう言ってはにかむベアトリス様の新しい表情に、私の頭の中で祝福の鐘が鳴り響く。


 ──ハレルヤ!


 私はこの世の全てに感謝した。何か一つでも欠けると、ベアトリス様のこの表情は見られなかったかもしれないからだ。


(はぁ……。何もかもが尊すぎる。まだお茶会は始まっていないのに)


 このペースで感動していたら、心は満たされても身体が付いて来ないのではないかと心配だ。もし次の機会があるのなら、こっそりポーションを用意しておくと良いかもしれない。


「さあ、どうぞこちらへ。もう皆様お集まりになっていますのよ」


「へ?」


(皆様って、シャルルとベアトリス様以外に誰かいたっけ……?)


 私はベアトリス様から賜った聖書の如き手紙の内容を思い出す。


「──あ!」


 手紙の内容を確認しただけでなく、丸暗記したはずなのに、あまりの嬉しさに全く意識がそっちを向いていなかった。


 手紙に書かれた内容には、確かに他の出席者の名前も書かれていて……。


 クロヴィス・ブルダリアス

 エドゥアール・ファルギエール

 ノエル・クレージュ


(げぇっ?! こ、このメンバーは……っ?!)


 参加者の名前を思い出した私の顔から、表情が抜け落ちると同時に血の気も引いていく。

 何故なら、招待された三人とシャルルを合わせた四人は、原作で王子の取り巻きとして登場し、ベアトリス様を断罪する登場人物達だからだ。


 それにしても今回のお茶会は私とベアトリス様でキャッキャウフフするためのものだったはず。まあ、シャルルはホスト側の人間だからギリセーフとしよう。

 だけど何故全く面識がない、しかも年上の少年達が参加しているのか、物凄く気になる。


「あの、今日参加される方達は、ベアトリス様のお知り合いですか?」


 まさかと思うけど、三人共ベアトリス様が好きで、会いにやって来たという可能性がある。ベアトリス様はとても可愛いし、既に逆ハーレムを築いていても不思議じゃない。


「いえ、それがお兄様の御学友らしいのです。お兄様もお断りしたのですが、どうか招き入れて欲しいと、お父さまにお願いしたそうですの」


(何だとー!! 幼い少女達のお茶会に乱入しようとはなんて奴らだ!! 私の幸せ空間に入ってくんな!!)


 私が内心、参加者の三人に呪詛を唱えていると、シャルルが申し訳無さそうな顔をする。


「ミシュリーヌ嬢、折角お越しいただいたのに不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありません」


 シャルルは私の表情の変化を読み取り、私が他の参加者の存在を忘れていて、尚且快く思っていないと気付き、謝罪してくれた。


「シャ、シャルル様……?! とんでもないです! 私の方こそすみません! ベアトリス様とお会いすることばっかり考えていて……!」


 シャルルは何も悪くない。むしろ断ってくれたのに、ねじ込んできたのは三人の方なのだ。


 ベルジュロン家の屋敷をじっくり観察するつもりだったのに、飛び入り三人に気を取られ、すっかり見逃してしまった。


「今日は良い天気ですし、テラスでお茶会を開催させていただきますわ。テラスから見える庭が見頃ですの」


 ベアトリス様が案内してくれたテラスにはテーブル以外にも生花が飾られ、既に数種類のお菓子が並べられていた。


 そしてテラスからは見事な庭園が一望でき、四季折々の花が咲く光景はため息が出るほど美しかった。


「すごい……! 素晴らしい庭園ですね! 屋敷前の造形された庭園も素晴らしかったけど、こちらは自然な感じなのに調和が取れていて、すごく素敵です!」


 表の庭園はフレンチガーデン、裏の庭はイングリッシュガーデンとよく似ている。この庭を見られるだけで来た価値があるのに、ベアトリス様が手を入れているとか……!


 それはもう既に楽園──いや、極楽浄土? シャングリラ? エルドラド? ……とにかく天国なのではないだろうか。

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