第46話癒しの天使と破壊の悪魔

(間に合った……! っていうのかこれは)


 サタンは自分の胸に突き刺さった光の刃を冷静に見下ろした。これで地獄は守られる。突き刺さる前に少しでも威力を相殺しようと魔のオーラ全開で押し戻す事にも挑戦してみたが、刃が小さくなったくらいで結局刺さってしまった。勇者が全力で放った一撃だけあってそんなに甘くは無いなと、サタンはきっぱり諦めた。地獄が消滅するより全然マシだ。


(クロムは無事か? 無事だといいが……)


 唯一の心残りはあの大きな黒い翼だ。彼が無事なら自分は消えても大丈夫だと思えるほどに、サタンはクロムを信頼している。消える前に色々言いたい事もあったが、大広間から随分遠くまで飛んできてしまった。もう遺言を伝えるのは無理だろうかと考えて、天国には便利な伝書鳩があったなと思い出す。燃えるから地獄では使えないが、こういう時のために持っておいても良かったかもしれない。


(そういや天国って大丈夫か? ケルベスが煉獄に来たってことは、ある程度決着が着いたのか? 結局加勢には行けなかったな……くそ、やっぱ色々考えるんじゃなかった)


 考えれば考えるほど、心残りが増えてくる。やはりよく考えれば全然大丈夫なんかじゃなかった。しかし聖なる刃から出る白い光はゆっくりと全身を包み込んでいく。この光が消える時、それは自分が消える時だ。サタンは覚悟を決めて目を閉じた。


「サタン様!!!」


 しかし目を閉じた瞬間に、聞き慣れた声が聞こえる。温かく、包み込まれるような感触がして、サタンはすぐに目を開けた。肩まで伸びた毛先まで艶やかな銀髪が、サタンに覆い被さるようにして全身から白い光を出している。


「……シルバー?」

「諦めんのはまだ早いわよ」

「良い、やめろ」

「駄目よ! 今治すから」

「無理だ……おいシルバー! 聞け!」


 命を削るような勢いで力を使っているシルバーの腕をクロムは掴んで押し戻そうとした。しかしシルバーは離れない。この胸に刺さっている光の刃が無ければ全力で振り解けるのにと本末転倒な事を考えるくらい、サタンは珍しく焦っていた。


「待て、シルバー! おい!」

「ルキウスも! ローズも! 自分の役割をちゃんと果たして消えてった! あたしだって、しっかりしないと……っ」

「……そうか……」


 内に秘めた悔しさを全開にして叫ぶシルバーに、サタンは何も言えなくなった。ぽんぽんと宥めるように頭を撫でて、サタンはシルバーを抱き締める。ほんの少しの間そうやって、そしてサタンは静かに続けた。


「確かに、皆立派なリーダーだ。だがお前は生きてる。これからやる事が山ほどあるんだ、お前はここで死んでいいやつじゃないだろうが」

「それは、サタンさまの方がそうでしょーが!!」


 シルバーの力が強くなる。天国一美しいと称される翼が、すうっと薄くなった。これは本格的にやばいと思ったサタンは、腕に全力を込めて引き剥がしにかかった。


「おいっ、俺はいいから! お前が! 天国にはお前が必要だろ! 聞けってシルバー!!」

「駄目、サタンさまは絶対に死なせない!!」


 シルバーの翼がどんどん薄くなっていく。それなのに、シルバーの両腕の力はどんどん強くなっていくようだった。細身なのに馬鹿力なんだよな、とサタンは頭の片隅でそんな事を思いながらも全力で押し戻した。頼もしさが裏目に出ている。


「お前! 天使なのになんでこんな力強ぇんだよ! すげぇなおい!」

「ふふ……いくら天使だからって、か弱いだけで生きていくつもりはないのよ」

「やっぱお前は絶対死なせねぇ! 離せ!」

「嫌よ! 魔王が地獄にいなくてどーすんのよ!!」


 お互いにお互いが必要だと叫び合うのは、天国のため、地獄のため。シルバーは力の限界を感じながらも、命尽きるまでこの手を離さないと心に決めていた。正直自分の命だけでサタンを回復できるかは自信が無いが、それはそれだ。まずは死なせない事だけを考える。


 翼が薄くなる度にサタンの力が強くなるのは優しさからだ。でも甘えてはいけないと、その度にサタンの身体をしっかり押さえた。


「熱烈に抱き合っているところ悪いな。邪魔するぞ」


 ほどなく、一際大きな黒い翼が二人に影を落とした。彼が来る前に何とかしたかったのにと、シルバーの顔に悔しさが滲む。引き離されるのも、取って代わられるのもごめんだ。シルバーは追い出すように手を振った。


「……悪いけどほんとに邪魔よ。あっち行ってなさいよ」

「つれないな。俺も混ぜろ」

「そういう趣味とは知らなかったわ」

「たまにはな」

「冗談言ってる場合かよ」


 思わずサタンは突っ込んだが、戯れるような会話に反して二人の表情は真剣だ。クロムはシルバーの肩に手を置き、迷わず光の刃に手をかける。お前もか、とサタンは眉を寄せたが、その完全なるバックアップの構えに、チャンスかも、とシルバーは口角を上げた。彼は彼女を引き離すつもりも、取って代わるつもりもない。


「それ壊せる?」

「『破壊の悪魔』に何を言ってる。傷口は任せられるんだろうな」

「あたしを誰だと思ってんの。完璧に塞いでみせるわ」

「少し弱めて的絞れ」

「了解、余力は?」

「翼は消えないだろ、多分な。お前は?」

「魂だけにはならないわよ、多分ね」


 破壊の悪魔と癒しの天使。両極端に見える二人は肝心なところでやはり似ている。お互いにギリギリまで負担をかけることを遠慮せず、しかし最悪には至らないよう庇い合う。拮抗した実力と絶妙な距離感のなせる技だ。


「やっぱ……お前ら息ぴったりだな」

 

 サタンはもう止めなかった。感心するように二人を見て、力を抜き身を任せる。やがて光の刃がぱきりと折れ、灰となって風に舞った。傷口は瞬時に塞がり、血の一滴も垂れることは無い。


「サタン様」


 全てが終わって崩れ落ちたサタンをクロムが受け止め横たえた。隣では、翼が完全に消えてしまったシルバーが苦しそうに息を吐いている。サタンも命は助かったが、回復のために何百年か眠らなければならないだろう。助けられたとはとても言えない結果だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る