第26話:誰よりも機械の可能性を信じるあなたを
「さて、君たちはこれを見てどう思うかな?」
セレーネはずどんとテーブルの上に黒い物体を置いた。
重たそうな金属の塊だ。
「分かった! ここを持って殴るのよ!」
「殴らないよ。そもそも私に、これを振り回せるほどの腕力はないからね」
「金属の筒にグリップが付いていますね。銃やボウガンの類でしょうか」
「そうだね。分類するなら銃に近いかな。だけどあちらは火薬や、火の魔法を使うだろ? これは火を使わず、これを使うんだ」
セレーネが指を鳴らすと、指の先から一筋の電撃が発生した。
銃やボウガンに近く、電気を使う。
いくつか頭に浮かんだ心当たりを絞り込むために、ワンツは改めて黒い物体を観察する。
まず目を引くのは、80数センチはあるだろう太い金属の筒だ。
重量の大半はこの筒が占めているだろう。
「触ってみても?」
「もちろん。どうぞ」
セレーネに断りを入れて黒い物体を持ち上げてみると、想像通り腕にずっしりとした重みがかかる。
最後部には金属蓋が取り付けられており、滑らかな動作で開くそれを開けると、弾を装填するためであろう穴が空いていた。
筒の下には、持ち手と思わしき部品が取り付けられている。
簡素だが、引き金のような部品も取り付けられている。
つまりこの金属の物体は、電気を動力とする銃ということになる。
「まさかレールガン?」
「ほう? 君が言うそれは、一体なんなのかな。ぜひ私に聞かせてくれないかな?」
「俺も詳しいことは知らないけど、電気を流して急速に加速させた弾丸を飛ばす銃がある。みたいなことを聞いたことがあるってだけだ。これで分かるかな」
「レールガン……か、いいね。初めて聞く言葉なのに、意外なほどしっくりくる。決めた、この作品は今から、レールガンと呼ぶことにするよ」
「なっ、レールガンって本当にか?」
「本当も何も、君が言ったんだろう? まぁ詳しい理屈は少し異なるんだが、ほとんど君が言った通りの構造になってるよ。電気を流した時だけ反応する磁石で挟み、この矢を加速させ発射するんだ」
セレーネは金属の筒の3分の1程度の長さの矢を手渡してくる。
先は鋭く尖っており、細いながらも一切のたゆみがなく、機械で作ったような精巧さに見えた。
周囲を見渡しても当然ながら、精巧な金属加工ができそうな機械は見当たらない。
まさかと思い、ワンツは聞いた。
「これは手作りで?」
「もちろん。こんな用途の限られるガラクタを量産してくれる所なんて、存在する訳ないからね」
「そ、そんなバカな……」
「ワンツ様は、先程から何を驚かれているのですか?」
「何ってお前、レールガンだぞ!? こんなの驚かない方が無理だろ!」
「何やら凄い銃らしいですけれど、ようは銃であることは変わらないのですよね?」
「あ、あぁそれはそうだけど」
「でしたらあまり、気に留めるような物ではないかと思うのです」
「え?」
ゲルダは困惑するように首をかしげる。
これはセレーネに対する嫉妬とか、そのような意味合いではない。
これは目の前の物事に対しての常識が違いすぎて、相手と話が噛み合わない時の反応だ。
ワンツとゲルダが顔を合わせながら不思議そうにポカンとしていると、フレアが助け舟を出してくれた。
「つまりこういうことよ。銃を向けられた所で、私たちには当たらない」
「当たる訳ない? そんな訳……あぁ」
言われてみれば思い当たる節がありすぎる。
体感、銃弾よりも早く飛んでくるファイアダガーや斬撃。
それに対応できる身体能力。
仮に当たったとしても、普通は防御魔法を展開しており、ダメージにはならない。
「銃なんて費用対効果の釣り合わない物を並べるより、それなりに魔法を扱える人間をひとり置いた方が効率的なんですよ」
ゲルダのさとすような口調に納得しかけたその時、セレーネが割って入ってくる。
「確かにその通り。君が言っていることは正論だ。しかしそれなりの、いやそれ以上だ。熟練の魔法使いすらも越える威力を持つ銃を開発できたとしたら?」
「それは根底から、戦略論が引っくり返りますけれど……」
「ではお見せしようか、私の最高傑作の実力を」
セレーネは、ふふん、と自慢気に笑った。
◇
セレーネの工房がある旧校舎から少し歩いた場所。
セレーネは巨大な四角形の建物の前で足を止めた。
「さぁ、ここなら遠慮なく試し撃ちができる」
「ここって、決闘場じゃないか。いいのか勝手に使って」
「いいと思うよ。誰も使ってないなら」
「それはいいとは、言わないと思うんだけど」
「細かいことは気にせず、とにかくやってみる。それが研究にとって大切なことだよ、ワンツ君」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、セレーネは薄暗い空間へと入っていく。
「まったく……」
怒られてもしらないぞ、と無責任なことを考えつつ、ワンツはセレーネの背中を追った。
石造りのアリーナで、どういう原理か先頭を歩くセレーネに反応して場内が明るくなる。
ゲルダとの決闘の時にも感じたが、外の世界と空気が遮断されていて、ひんやりと肌が冷たい。
足音を響かせながら決闘場の中央付近までくると、セレーネはゆっくりと振り向いた。
「この辺りでいいだろう。今からこれの試し撃ちをする訳だが、危険だから私より前に出ないでほしい」
「分かった」
フレアとゲルダも、それぞれ了承の意を返す。
満足気に笑うと、セレーネはどこからか取り出したサングラスをかける。
「うん、よろしい。ならば刮目してくれよ、私の最高傑作の実力を」
セレーネは筒、銃器と判明した今はバレルと呼んだほうが正しいか。
最後部のカバーを開き、金属矢を挿入した。
「3カウントで発射する。念のため耳を塞いでおくことをおすすめするよ。3、2、1ーー」
カウントダウンに合わせて、ワンツたちは耳を覆う。
「発射」
「くぅ……ッ!」
セレーネが引き金を引いた瞬間、目の前に雷が落ちたような轟音と、眩い光がワンツを襲う。
反射的に目をつむった。
しかしそれでも視界はちらつき、耳鳴りで他の音が聞こえない。
しばらくして、フレアとゲルダも同じような表情でセレーネを見る。
「ここまでの大音量なら、先に言っておいて欲しかったですわ……」
「いまだにキーンってするんだけど!」
轟音で脳が揺らされたような衝撃を感じたのか、フレアはフラフラと体を揺らしながら不満を訴える。
「はは、私も少々気合を入れすぎてしまったかな。さて、ここで君にひとつ質問をさせてもらってもいいかな」
セレーネは意地悪な微笑を浮かべて、ゲルダに聞く。
質問の内容を察してか、ゲルダは眉を寄せる。
「……なんでしょう」
「君はあれを、防ぎ切ることができるかな」
「やってみなければ分かりません。ですが正直に言わせていただくと、防御よりも回避を優先するとは思います」
「ふっ、その返答が聞ければ十分だ」
銃口から白煙をあげるレールガンを、セレーネは満足げに見つめた。
レールガンというのだから、もちろん弾丸を、つまりあの金属の矢を発射していたはずだ。
しかしギリギリまで見ていたワンツには、もはやレーザービームにしか見えなかった。
確かにゲルダと同じく、ワンツもあれを受け切ろうなんて考えはしない。
かと言って、見合っている状況で撃たれたとして、確実に回避できるかと言われると、それも自信はない。
「俺からも聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ、なんでも答えてあげよう」
「あれだけの威力を出せるということは、相応の魔力を消耗してるはず。それなのにどうしてあなたは、そんなに平気そうに立っていられるんだ?」
「簡単な話だよ。疲労で立っていられなくなるほどまでに、魔力を消費していないから」
秘訣を誤魔化すために、おちゃらけているようには見えない。
しかしそれでも信じられなくて、ワンツはつい聞き返してしまう。
「い、いやそんなはずはないだろ。だってあれだけの威力だったんだぜ?」
レールガンが放たれた場所を見てみると、いまだに結界から白煙が出ている。
受けたダメージを帳消しにするために、防御魔法が急速で修復しているのだ。
ワンツが最大威力の魔法をぶつけても、あそこまで修復に時間はかからないだろう。
そして今のセレーネのように、余裕の感じられる表情で立ってはいられないはずだ。
「ホントだよ。そもそも私に出せる雷の魔法なんて、この程度なんだからね」
セレーネが人差し指を立てると、指先から電撃が一瞬だけ出現する。
嘘をついているとは思えない。
しかし静電気レベルの電撃で、攻城兵器レベルの威力を出せるとは信じがたい。
ワンツが怪訝そうな顔をすることを予想が付いていたのか、セレーネはふふ、と笑った。
「嘘をつくなという顔をしているね。そもそも君たちと私とでは、魔法に対する考え方が根本的に異なるのさ」
「考え方が違う?」
「そうとも。たとえば高威力の魔法を発動したい時、君ならどうする? もちろん今の君には、その魔法は扱えないという条件付きだ」
「方法を考え、できるようになるまで練習する」
「そうだね。魔法使いというのは、研鑽を積んでいくことで、各々の魔法という武器を鍛えていくものだ。ある意味では肉体派なのかもしれないね。ではもうひとつ、君に質問だ。高威力の魔法を撃ちたいが、その才能はない。こんな人間はどうすれば、爆発的な威力を出せると思う?」
少し考える。
才能のない人間が、その身に余る力を手にしたいと考えた時。
それを手に入れる方法とはなんなのか。
考えたが、頑張って努力するほかに、回答が思いつかなかった。
「……どうすればいいんだ?」
「簡単な話だよ。誰でも高威力の魔法を放つことができる道具を作ればいい。これ……いいや、今はもうレールガンと呼ばせてもらおうか。レールガンには魔力を増幅させる機械を搭載している。最小限の魔力で、最大限の魔法を発動できるようにするためにね」
「魔力を増幅するといっても、限界はあるだろ? いくらなんでも威力が桁違いすぎる」
「機械に限界はないよ。私が実現できると思う限りね。そこは、魔法に対して真面目に研鑽を積んできた君たちと同じじゃないかな」
魔法において最も大事なのは、成功した自分を明確に想像すること。
これはワンツに修行をつけていた時、アリスがよく言っていたことだ。
頭で思い浮かべた奇跡を魔力によって具現化するのが魔法。
だから奇跡が起きたほんの数秒後の未来を信じられない者には、決して魔法は使えない。
だからこそセレーネは成し遂げられたのだろう。
銃の必要性のない世界で、レールガンをたったひとりで完成させるという偉業を。
「事実、初期タイプの魔力増幅装置は、私ひとりでは到底持ち運べないほどの大きさだったんだよ。だが今はそれを、他人より非力な私が持ち運べるサイズにまで、小型化できたんだ。私にとっては、機械いじりも魔法もたいして変わりはしないんだよ」
セレーネは愛おしそうにレールガンを撫でる。
「私が嘘をついていると思うのは勝手だよ。だがそうなると、私は君たち以上の実力を持ち、機械や金属いじりが好きなのはブラフということになる。さて、君たちはどっちの私を信じる?」
答えは出ているようなものだが、一応考えてみる。
頭に浮かんだのは、黒い油で汚れた細い指先。
そして自分の作品について嬉しそうに語ってみせたあの顔。
少しでも疑った自分がバカに感じるように、ワンツの表情は緩んだ。
「……分かった、信じるよ。嘘をついてる人間に、あの顔はできないもんな」
「どんな顔だい?」
「おもちゃを自慢している時の子供の顔」
「まったく……君はときにニクいセリフを言うね」
「うん? そうかな」
ニクいセリフというのはよく分からないが、振り返ってフレアたちにも聞いてみる。
「お前らはどう思う?」
「まだ少しキーンとしてるもの。私は信じるわ、あんたが言ったこと」
「わたくしも、自分の目で見たことに嘘はつけませんわ」
「そっか。ならセレーネ、あなたに話があるんだけどーー」
ワンツの声は、第三者によってかき消される。
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次回は1月24日、19時頃更新予定!
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