第18話
ミルドニア皇国の南西部に広がるデインツリー大森林の複数ある入口には規模の小さい村とも呼べる場所が点在して、人の手で開かれた地域とそうではない場所に明確に分かれていた。
理由としては地形にある。
元々両翼を山脈に囲まれているミルドニア皇国では雪解けを主とする水脈が広がっている。
山脈から皇国最大の湖であるカイガル湖、そしてそこから様々な支流が流れており、それらの水脈に沿って形成された平野部に主に人の領域がある。
さらに南に下ると海があるが、南東部にかけては少しずつの傾斜で下っていく地形であることに対して、南西部については急峻な崖や滝なども存在し、開拓には向かなかった。
書物に残されている限りでは、国として興った当初からその豊富な水源によって発達した森であったようである。
◇◆
「それぞれの国も考え方もあるしな、仲良くしろとは言わん、だが、連携はしろ。わざわざ出身国を問わない学びの場である
今日の現地実習は学園からの最初のものであり、実施に多くの理由がある中でも、特に重要なのはカヅキが出立前にクラスに対して述べた言葉である。
現地実習とは、時には山間部や森などで、ある時は国をまたいでの街へと赴いて、それぞれ与えられた課題をこなすことである。
元々は学園が創設された際に、それぞれの国からの留学生も含め、見たことが無いからこそ、行ったことが無いからこそ、『知らない』が重なり合って揉め事となる前に、世界を知るべきという考えから試行され、今では卒業生の人脈もあり様々な場所に訪れることができるらしいと聞いた。
今回については初の実習ということもあり、他国などではないものの、それぞれの連携のため、ミルドニア皇国に古くから存在する森林地帯の浅い部分の調査を目的としての野外の実習となる。
基本的には森林は資源でもあること、放置しておくと稀に森からでた生物が街や村に被害をもたらすこともあるため、定期的に見回りや間引き、調査はされているので都合がいいとのことだ。
(……ふう)
ライルは得物を一度鞘から出して手入れし、問題ないことを確認して再び仕舞う。
きちんとした手入れ自体は怠っていないが、仕事の前の簡単な癖のようなもので、幼い頃から続けている習慣だった。
これをすることで、体調と精神を一定の状態に保てる。
普段は列車の中でそういう事はしないのだが、今この車両に乗っているのは同じ課題に行くメンバーに生徒達ということで、着いたら即応できるようにと言われ、そろそろ到着する頃だった。
「前も少しだけ思ったんだけど、ライルのその武器ってさ、少し変わってるよね?」
ライルの黒の双剣を見てマリアがそう言うのに、マリアだけではなく近くにいた他のメンバーからも少し視線が集まる。
10名いるクラスは今回5名ずつに分かれ、それぞれに対して先輩が付けられており、ライルの班には、ライル、ヴォルフ、マリア、シェリー、ソラルの5名と、それにマギアスという先輩の組み合わせになる。
マギアスは先輩とは聞いていたもののとても物腰が柔らかく、細い目を更に細めて微笑む穏やかな印象の人だった。
「確かに、双剣は珍しいけど、素材も見たこと無いね。鞘もそうだけど手入れしているのを見て刀身も黒いんだって思ってた……失礼を承知で、少し見せてもらうこともできるかな?」
そのマギアスも興味を惹かれたようにして言うのに、ライルは笑みを作って短い方を渡す。
ライルの双剣は得物の長さが異なり、いわゆる長剣と短剣の組み合わせである。団の人間達曰く、ライルにしか扱えないのだが。
「僕は魔力が無いので武具に魔力を通すとかもないんですけれど、その代わりに物凄く密度が高い物質で作ってもらってるんですよね…………
「へぇ」「……なるほど? 確か聞いたことがあるけれどその素材は――――」
マリアとマギアスがそう反応しているところに、もう一人の声が割り込んだ。
「…………ボクの耳に今反魔鋼と聞こえたのだけれど気の所為ではないよね? あれを加工した剣? いや、そもそもとして確かに魔力を通さないほどに硬くて、非常に重量があるものであるはずなんだけども」
割り込んだ声の主、シェリーが驚いた顔をしている。
そして、ライルに片手で手渡された短剣を手にとって、ぐいと引っ張られるようにしてマギアスがバランスを崩して驚くように言った。
「おわ、え? これ確かにめっちゃ重たいね、しかも何だろ、魔力も確かに通さないというか……これ、双剣なんだよね、短剣でこの重さってことは……え?」
「僕も仕組みはわかってないんですけれど、通常は魔力を通しやすい素材で作るらしいですね。その方が魔力を通すことで扱いやすいとか…………で、魔力のない僕がそれに対抗するにはこういう素材しか難しくて、以前お世話になった人に作っていただいたんです」
ライルはそう答える。膂力に関しては、団にいたときに色々調べられてはいるものの、持てるものは持てるのだ。
「……ちょっと、ボクにも見せてもらっても良いかな?」
シェリーがどこか信じられないような表情で問いかけるのに、そういえばシェリーとこう対面で話すのはあまりないなと思いながらライルは頷く。
そして、おっかなびっくりという様子で短剣に触れて、シェリーが何かを集中しているのに、今度は先程から宙を見ていたソラルが声をかけた。
「そろそろ、着きそう?」
少しその声とともに制動がかかり、集中していたシェリーがよろけるのをライルは支えようとする。
だが、触れられそうになったところでシェリーが避けるようにして反応し、ライルは支える手を止めた。
「……っ? すまない」
「こっちこそ咄嗟に手を出しちゃいそうになってごめんね。でもそろそろ着きそうだ、それはまた後でもいいかな?」
「あ、あぁ」
女性をうっかり支えようとするのはいけなかったかなと反省しながら、ライルはそう声をかけ、シェリーは短剣を手渡す。
少しだけシェリーの様子に気になるが、実習地の駅へ到着を知らせるアナウンスに、ライルはその違和感を追いやるのだった。
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