第8話 私と甲斐なら倒せるさ! 〜京都修学旅行事件〜【――甲斐視点――】
「な、夏衣? ……なんで笑ってる?」
「私が笑ってる? フフフッ、そうだな、なんかおかしくって」
夏衣は道に転がってる棒っきれを拾い上げ、剣の如く上段に構えた。
俺は知ってる――。
夏衣のこの不敵な笑みは剣道の試合前に、手強そうな相手を目前にして笑うやつだ。
この状況で笑えるとか夏衣は肝が座っているというか大物感がする。
ドキッとしちまうぐらい綺麗で、一匹で立ち向かう気高い獣みたいだとか思った。
たとえ歯が立たなさそうな相手にだって気迫は負けない。勝ちにいく
夏衣から感じられる倒してやるぜ的な意気込みは、湯気みたいに身体中からその力が立ち昇っていくのが見えるようだ。
夏衣のギラギラとした闘志が浮かぶ瞳が真剣すぎた。
やられた! 俺は胸をまたもや撃ち抜かれてしまっている。
俺は、何度こいつに惚れ直すんだろーか。
幾度も、――恋に墜ちる。
何度も何度も、新しく鮮やかに心が奪われ夏衣に恋をする。
俺は、
ドキドキと胸の高まっていく音は止まらない。
射抜く視線は狩りを仕掛ける、それは力強い意思と自信に溢れているんだ。
あれだけいた妖怪やらあやかしたちは赤鬼の登場で一目散に、どいつもこいつもどこかへ逃げてしまい、周りにはもう居やしない。人っ子一人……、いや妖怪っ子一人居なくなった。
もしかしたら隠れて様子を窺ってんのかも?
妖怪だって余計なトラブルに巻き込まれたくねーんだな。
「甲斐! あのバケモノが私たちに向かってくるのならば、やみくもに逃げるのはやめだ! 戦うまで」
「はあっ!? 正気かっ?」
「正気も正気っ、マジもんの
――意気地無しは俺か?
夏衣のやる気と勝ち気なパワーに気圧されそうになる。
奮い立つには充分だ。
好きな女、守りてえし。
俺も渋々、仕方なしに。道端のちょい太そうな木切れを拾って構えた。
「この感触、竹刀みたいでちょうどいいや。……ったく、夏衣と良い雰囲気になりかけたらこれかよ。誰か知んねーけど。監視でもしてるやつがいるんじゃねえかってタイミングじゃんか。まったく次元が違う嫌がらせを受けてる気分だぜ。……夏衣、無茶すんなよ? 敵いそうになかったら二人で逃げるからな」
「まあ、私だってまだ命は惜しい。甲斐を巻き込んで怪我させたんでは、降坂家の皆さんに悪いしね」
ニイッと笑った夏衣はなぜか余裕綽々な感じで、ちょっと煽られてムカついた。
なんで俺より余裕かましてんだか。
「私と甲斐なら倒せるさ!」
「――ッ!」
俺は、夏衣からのその言葉が嬉しくなかったわけじゃない。
信頼を全幅で寄せてくれてるって夏衣から伝わってきて、ちょっとジーンと感動しちゃってたもん。
「夏衣。……だけどさ、逃げるが勝ちって言葉もあんだぞ? あの赤鬼の戦闘力がどんなもんかは知んねーけど、命優先っ!! なっ?」
「了解」
夏衣の『了解』は短くキレが良かった。覚悟が伝わる。
――俺と夏衣の心は決まった。
「「来るなら来いっ!」」
俺と夏衣、息ぴったしにハモった二人の叫びに、巨大な赤鬼の耳に煩いぐらいの咆哮が重なる。
赤鬼の鳴き声は空気を震わし、俺たちに一心不乱に向かって来た!
「引きつけろ。ギリギリまで。私が正面から上半身を叩くから、甲斐は脚を狙えっ!」
「おっ、おうよ」
夏衣の作戦に乗っかる。
あんな赤鬼の三階建てぐらいのビルみたいな巨体だって、きっと転ばしゃさ、なんとかなっかもな。
「甲斐」
「夏衣」
俺と夏衣は、手に持ち握る木の棒の心もとない武器を今一度しっかり握りしめ構えながら、視線を交わした。
手に瞳に力を込めた。
ばっちり絡んだ視線――、俺の目と夏衣の目の奥には強い光が宿る!
「「一気に攻めようっ!!」」
赤鬼がこちらに到着する前に、俺と夏衣は駆け出した。
全力だ!
助走をつけて、夏衣は俺は次々に跳んだ。
夏衣は赤鬼の上半身を腰辺りを目がけて建物の屋根を段々と飛び、俺は赤鬼の踵を蹴り上げ向こう脛を狙う。
「「遅いっ」」
赤鬼は鈍い動作で大振りに金棒を振り回した。
俺たちが反撃してくるとは思わなかったのか、予想外を突いたのが赤鬼の動きを封じた。
だって――!
赤鬼はまんまとコケた。
こちらの思惑通りに、虚を衝く作戦は上手くいった。
ドォォォーンッ……と地響きがした。
そこらに建ち並ぶ平たい屋敷をドカドカばりばりと重さでぶち壊しながら、赤鬼が街なかに倒れていく。
「甲斐」
「夏衣」
俺は夏衣の身体が淡く光るのを見た。
そして俺自身も……。
「「天よ、燃やせ。
それは自分の声じゃないみたいだった。
口から勝手に出た呪文のような詠唱? と技の名は俺の内側のもんを燃やすように呼応した。
見れば夏衣も同じように悶絶しそうに苦しげに同じ言葉を唱えていた。
全身が熱いっ!
俺が自分の両の手を見ると焔が噴き出している。
どこからともなく湧き出て吐き出す力は、光を生み眩く輝く炎のように赤くもあり視界を
「な……つ……い」
「……か……い」
苦しい。
熱い、苦しい。
初めて? の力の放出は、想像だにしないぐらい圧倒的な破壊力で、赤鬼に向かっていく。
あれは炎で出来た龍の形――、だ。
夏衣の身体がいっそう強く光ってんのが見えていた。
俺は、夏衣と俺の握る木の棒が燃えて炭になって空中に立ち上ったのを、目の片隅で捉える。
俺は夏衣の手を掴んで握って引っ張った。
自分の方へ引き寄せる。
……夏衣を力いっぱいに抱きしめた、
決して、離してはいけない気がした。
「この力はなんだ?」
蒼白に包まれた夏衣の驚愕した顔は、俺の胸のなかにある。
正直、訳わかんないことだらけだがホッとしてた。
だって俺も夏衣も無事だ。
怪我だってない。かすり傷すら……ない。
「あんなバケモノ相手に……、俺ら二人なら最強じゃねー?」
「……赤鬼が消えていく」
「大丈夫か? 夏衣。やっぱ強えわ、お前! 夏衣の作戦勝ちだな」
そんな余裕なんかあるわけないのに、俺はおどけた調子で言ってみせた。
赤鬼が消えた跡には、人間が数人倒れていた。
慌てて、夏衣と俺は駆け寄った。
だって!
制服を着た男女が倒れている。
そこに気絶していたのは、修学旅行を一緒に楽しんでいたクラスメートで同じ班の奴らだったからだ。
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