それは赤く染まる景色のような
それから九国さんと私は彼女の運転する車内で、色々と話しを聞いた。
・・・無理矢理聞き出した、が正解かもだけど。
あの夜、お父さんとお母さんが倒れているのを見た九国さんは、逃げ出す男の姿も確認したが捕獲が間に合わない事、そして二人の息がすでに無いことを理解した。
「次に考えた事はお嬢様を守ることでした。その時、丁度帰ってこられたけど、この家に居ることは危険すぎる。説明する時間も無いし、何より真実をお伝えすることは出来ない。それにラビットが来る可能性もある。一刻も早く連れ出さなければと。その時、あなたの私を見る目・・・明らかに犯人を見る恐怖に満ちた目。それを見たとき『これだ』と。私のせいにしてしまえばスムーズに連れ出せるし、何よりあなたに『分かりやすい敵』を作ることが出来る」
「分かりやすい敵?何、それ・・・」
「人が精神的に追い込まれたとき、最も力になるのは『怒り』『憎しみ』です。ずっと続くと心を蝕みますが、一時的であれば状況を跳ね返す力となる。実際お嬢様は私を犯人と思い、憎むことで当初の精神的な死の危険を乗り越えた。あなたの心がお強いことは知っていたので」
「だから・・・わざと憎まれ役になってたの!?それじゃああなたはどうなるの」
「頃合いを見て、別の人間に交代する予定でした。あなたの庇護と将来のプランニングも含め。何事も無ければ、あの移動の後にそうするつもりでした。私への憎しみが心を蝕みそうになっていたので、潮時かな・・・と」
「違う!そんな事を言いたいんじゃ無い!私の心とか将来とかそんなんじゃ無い!九国さんは辛くなかったの?何とも思わなかったの?」
「私は良いのです。お嬢様が・・・」
「ふざけないで!私・・・ずっと辛かったんだから!今、ハッキリ分かった。私が辛かったのは、お父さんやお母さんがあんなことになったのもある。でも、あなたが私の事を嫌ってたのかも。私の敵になったのかも?って、それが一番辛かった。あなたの冷ややかな目や言葉が一番私の心を引き裂いてた!」
「申し訳ありません」
「あなたは辛くなかったの?私にあんなことをして。それだったら最初からそう言って欲しかった!なんで自分がそんなに大事じゃ無いって決めつけるの?馬鹿!」
九国さんは路肩に車を停め、目を閉じた後深く息を吐いた。
「私は・・・お嬢様が大事です。・・・だから」
こんな九国さんは初めて見た。
辛そうだ。苦しそうだ。
でも、私も辛いし苦しい。
ああ、何を言おうとしてるんだろう。
目の前が真っ赤になって、言葉だけが溢れてくる。もう止まらない。
「だから、自分が悪者になるって?私にとってあなたはそんな小さな存在だと思ってたの?じゃあ教えてあげる。愛する人から向けられる敵意こそが一番精神的な死をもたらすのよ!」
九国さんは目を見開いて私の顔を見た。
こんな驚いたあなたの顔も初めて見る。
いいわ。じゃあもっと驚かせてあげる。
もうここまで言っちゃったんだから、最後まで行ってしまえ。
私は、何かに操られるように九国さんの顔を引き寄せると強引にキスをした。
怖くて表情を見ることは出来なかったので目をキツく閉じたまま。
唇を話すことで全てが壊れてしまうのでは無いかと言う不安に襲われて、上や下の唇を何度も甘く噛み、舌で口の中をまさぐる。
いや、それだけじゃ無い。
その行為がたまらなく心地よいのだ。
息が持たなくなり、唇を話すとお互いの唾液が名残惜しそうに糸を引く。
二人とも荒い息を吐いたまましばらくお互いの顔を見つめた。
やがて九国さんが悲しそうな顔で小さくつぶやく。
「・・・こういう事は大切な人と。それまでは大事に・・・」
「じゃあ今でいいって事ね」
「そういう事では・・・」
「私、あなたの事が好き。あなたを失ったんだ、と勘違いしたとき心が引き裂かれそうに辛かった。もう絶対離さない。ねえ、私の事を前と変わらず大切に思ってたの?」
「はい。私の気持ちは変わりません」
「じゃあ、罪滅ぼししてよ」
「それは・・・どのような・・・」
頭と顔に全ての血液が集まっているのでは、と思うくらいに熱くなっているのが分かる。
心臓が破裂しそうだ。
心臓ってこんなに大きな音を出せるんだ。
「今から私のする事をすべて受け入れて。嫌だなんて言わないで」
九国さんの目が微かに泳いでいるのが分かる。
ああ、この人でも動揺するんだ。
怖いの?緊張してるの?それとも・・・嫌なの?
ううん、嫌でもいい。
私、あなたを失うのはもう嫌なの。
どんな事をしてもあなたをつなぎ止めたい。
ううん、ハッキリ言おう。
あなたを私の物にしたい。
お父さんもお母さんも本当の意味でいなくなっちゃった。
雄大さんもいなくなった。
でも、いいの。
あなたさえいたら。
九国さん。あなたは決して私を拒まない。
だって、私を守るためとはいえあなたは私を苦しめた。
そしてあなたのせいではないけど、私は全て失った。
そんな私をあなたは見捨てることはしない。
分かってる。分かってるけど、そこにつけ込もうとしてる。
なんて卑怯なんだろう。
こんな醜いことをして、あなたの身も心も私の物にしようとしている。
でも・・・それでも私はあなたが欲しい。
そんな頭に浮かぶ無数の思いを飲み込むように、私は再び九国さんにキスをしようとした。
その時、九国さんは私の唇にそっと指を当てた。
そして、片手で私の頬を優しく撫でると微笑みながら言った。
「お嬢様、ここでは・・・場所を変えてもよろしいですか?」
「う・・・うん」
私は子供のようにコクコクと小さく頷いた。
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