第三章 復活編
第11話 十年経過していたようです
「よくぞお越しいただいた。ゼクウです」
ゼクウが握手の手をシエルに差し出した。
「シエルです。こちらはペア魔法のパートナーのアナスタシアです」
シエルはゼクウと固い握手を交わした。
(ゼクウ皇太子、シエル様もタジタジの美形じゃないの! 同じ黒髪黒目の美形同士が握手する姿は絵になるわね)
「初めまして、ゼクウ皇太子殿下」
アナスタシアは優雅にカーテシーで挨拶をした。
シエルもアナスタシアも用意してもらった魔国の貴族の衣装に着替えていた。
「王国の女性の方は皆お美しいのですな。石像の女性も王国の貴婦人と見えます。噂に聞く石化の魔法だと思うのです」
「すぐにでも拝見させて頂きたいです。恐らく私が十年間探し続けていたお方だと思います」
「そうですか。私もすぐにお見せしたいのです。お越し頂いたばかりで恐縮ですが、どうぞこちらに」
シエルたちは魔王殿に案内され、石像の間に入った。そこには懐かしいエルザの姿があった。
シエルはエルザの石像の元に駆け寄り、跪いて頭を深く下げた。
「エルザ様、申し訳ございません。十年もお待たせしてしまいました」
シエルの目からは、涙がとめどもなく流れていた。
「エルザ殿というお名前か。なんと美しい響きだ。さあ、シエル殿、石化の解除をお願いします」
ゼクウは一刻も待てないとばかりの様子だ。
「はい、その前に、石化の状態を確認したいのですが、こちらの衣装は殿下がご用意されたのでしょうか?」
エルザの石像は美しいガウンをまとっていた。
「ええ、エルザ殿はシュミーズ姿で石化されたようでして。そのままのお姿を衆人の目に晒すのは、私が嫌だったのです」
「ご配慮ありがとうございます。アナ、エルザ様の状態を調べてもらえるか。私はとてもエルザ様の下着姿を見ることなど出来そうもないからな」
(私の裸を見ても何とも思わないくせに……。この差はいったい何なの?)
同室生活で何度か裸を見られるという事故があったアナスタシアは、そう思わずにはいられなかったが、黙ってガウンの中を覗いた。
(何よ、大袈裟に言うほど露出していないじゃない。この男たちは顔がいいだけで、揃いも揃ってアホなの?)
そんなことを考えているとはおくびにも出さず、アナスタシアは冷静に報告した。
「シエル様、エルザ様の状態は完璧です」
アナスタシアの言葉を聞いて、シエルの顔が綻んだ。
「よし、石化を解くぞ。アナ、魔力を頼む」
アナスタシアが両手をシエルの両肩に乗せた。シエルが複雑な構文を練り上げる。十年前にエルザからコピーした構文だ。一文字間違えただけでも解除は失敗する。シエルは慎重に構文を点検し、アナスタシアから受け取った魔力を構文に流し始めた。
シエルから石化解除の魔法が放出され、一瞬にしてエルザの石化が解除された。
エルザの容姿に色彩が戻った。美しいプラチナブランドの髪、エメラルドグリーンの瞳、桜色の唇、白磁のような肌の色が蘇って行く。
エルザがふうっと深く深呼吸をして、目をゆっくりと瞬きした。長いまつ毛が動き、目が潤いを取り戻した。
ゼクウがため息を漏らした。
「想像を超える美しさだ。これほどお美しいとは……。エルザ殿、私は魔国の皇太子ゼクウと申します」
「……」
エルザは首を傾げている。
ゼクウは思い当たり、今度は王国語で自己紹介をし直した。
エルザがはっとした表情になって口を開いた。
「ああ、申し訳ございません。状況が掴めなくてぼうっとしてしまいました。魔国語も大丈夫です。塹壕にいたはずが……、あら? そちらのお二人は、何となく見覚えがございますわ」
鈴の音のような美しい声にゼクウは感激して、声が出ない状態だった。
「エルザ様、お迎えが遅くなり、申し訳ございませんでした。シエルです。エルザ様が石化されてから、十年経ってしまっています。私は二十六歳になりました」
「エルザ様、私はアナスタシア・マルソーです。覚えておいででしょうか」
「ええ、もちろん覚えているわ。素敵なレディになられてしまわれて、お姉様とお呼びした方がよいかしら」
そう言って微笑むエルザの笑顔は十年前のままであった。
「こんなところでは何ですから、是非東宮殿にいらして下さい。積もるお話もおありでしょう。イチ、ご案内してくれ。私は皆様のお話が落ち着いてからで結構ですが、是非ともエルザ殿とお話しするお時間を頂ければと思います」
「ゼクウ殿下、殿下のことは僕からもエルザ様にお話しするようにします。落ち着いたら、お声をかけるようにします。本当に今までエルザ様を大切に保護して頂き、本当にありがとうございました」
ゼクウはにっこりと微笑み、退出していった。
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