08.予想外の年齢(ベルSIDE)

 正直、油断していた。腕の中のウェパルに何かされると思わなかった。いや、この子なら何かされてもいいと考えたのかもしれん。


 バランスを崩したウェパルを抱き直そうとして、唇に口の先を押し付けられた。にっこり笑う幼子には、当然、悪気はない。色気づいた意味もなかった。聞いたばかりの口付けを試したかっただけ。それが口同士になったのは、偶然だろう。


 ぞくりと背筋を駆ける感覚は、初めてだ。性欲など感じたことはなかったが、これがそうか? 隙をついた自覚のないウェパルは両親の騒ぎを見ながら、太い尻尾を揺らした。彼の腕ほどの尻尾が、ぺちぺちと軽い音を立てて当たる。


 落ち着くために深呼吸し、ドラゴンの長老の元へ向かう。さすがに巨大な竜は、俺を見つけると目を見開いてすぐに平伏した。力の差は、どの種族でも本能的に感じ取る。感覚が未発達なウェパルのような子ども以外は、すべて同じだろう。


 大きな力を持つ者が、弱き者を従える。代わりに敵から彼らを守るのだ。それは世界の理だった。俺のいた世界には複数の魔王がおり、常に主導権争いを繰り広げる。この世界でも同じと考えたが、長老ラウムは他に魔王はいないと言った。


 ウェパルを貰い受ける話は、父竜オリバスから祖父であるラウムへ権限が移った。まだ幼い息子を手元に置きたいオリバスの足掻きだ。しかし、ラウムはあっさり承諾した。項垂れる姿は気の毒だが、強さがすべての世界だ。無理やり奪わないだけ感謝されるべきだろう。


「現時点で魔王はいないのか」


「あなた様が唯一にございます。前魔王陛下は、我らを守って亡くなられました」


 ぽつりぽつりと過去を語る老人の話は興味深いが、ウェパルの甲高い声に耳を奪われた。鼻が取れたか、母ライラに問う姿はなんとも愛らしい。気になってしまい、自然と視線がそちらに向いた。気づいたラウムが話を終わらせる。


 抱き上げれば、また隙を狙って口を舐めようとしたらしい。いや、首か? どちらにしろ、止めておこう。とても可愛いが、人前でする行為ではない。まだ幼いウェパルの好奇心に任せて好きにさせたら、俺が我慢できなくなる可能性もある。


 鳴かせるならともかく、泣かせる気はなかった。この幼さではまだ一桁くらいか。二万年を生きた俺と比べれば、卵ほどの年齢だ。


「ウェパルは何歳になった?」


 ふと気になり尋ねた。ちらっと母に視線を送り、片手を持ち上げる仕草に頷くウェパル。五歳か?


「五十歳」


「……は?」


「えっとね、十が五個」


 五十年生きて、この幼さなのか。この世界のドラゴンが特別ゆっくり成長する種族なのか、単にウェパルが幼いだけか。判断できずに眉を寄せる。


「ここ、皺になるよ」


 冷たい指先で俺の眉間を撫でる。顔を近づけて頬をくっつけ、顔が見えない状態にした。五十なら手を出しても……いや、この体格差でそれはない。まだ人化も出来ない幼児だぞ。


 性欲など忘れてしまえ。この子が成長して俺を選ぶ日まで。もちろん俺以外を選べないよう、周囲を固めることは大事だ。にやりと笑う悪い大人に、幼子は無邪気な笑顔で応える。それでいい、気づいたって逃さないからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る