魔眼と魔眼除け

 イキ潮を思いっきり噴いてしまったため、股間がお漏らししたみたいになっている。

 かなり汗もかいていて、さっきまで熱かった身体は冷え切っていた。


 ベッドで寝ている当摩を見た。少し苦しそうにしていたが、意識を失っているのもあと数分というところだろう、すぐに目を覚ますに違いない。

(これで彼を殺したら……わたしの人生もお終いね)

 ゆっくりと当摩に近づく。また息が上がってきた。


 もう、すぐそばまできた。その頸動脈けいどうみゃくをメスで切ればすべては終わる。

 手を伸ばしたところで。

「やめなさい」

 背筋も凍るような冷たい声がした。


「自分の使徒には防御魔術をかけてるものね。来ると思ったわ黒崎さん」

「加奈美先生も自分の工房である保健室に人除けの結界なんか張るから、怪しいと思うわよ」

 神奈の赤い目が揺らめく、激情を抑えているのだ。


「訊かなくてもおおよそ予想はつきますが、どうして当摩を殺そうと?」

「この子は危険よ。こんな超常の能力を持った彼がいたら、あなたは思ってしまう、ブラッディ・マリーを倒せるかもしれないって、あなたのお母様のかたきをとれるんじゃないかって」

 加奈美の目に涙が浮かぶ。


「ブラッディ・マリーは人類の敵、いずれ始末しなければいけない存在よ」

「三大魔女が全員でかかって倒せなかったのよ。あなたのお母様はその時戦死したの。わたしの眼の前で」

「それでも当摩を殺させない……当摩は……の人だから」

「正気? 彼の危険性が解らないの?」

 メスを持つ手はガタガタと震えているが、少しずつ当摩の首に近づいている。


「どうやってもブラッディ・マリーは千年後まで死なない。そういう運命なの、解らないの? この子の正体に気が付いたら、やつはあなたを殺しに来るわ」

「その前に、こっちからアイツの工房に踏み込んで、消滅させる。これ以上当摩を狙うなら、加奈美先生から先に始末するわ」

 神奈の魔眼が赤く光る。

「無駄よっ! これでっ!」

 加奈美は魔眼除けの札を掲げた。……しかし。

 神奈の魔眼の暴風のような魔力の奔流ほんりゅうに耐えきれず札はあっという間に燃え尽きる。

 札が燃えるということは神奈の魔眼は現実世界でも魔法ということだ。

(やっぱり……ダメだったか)

 加奈美の目から涙がポロリとこぼれる。


「これでお終いね、加奈美先生……そのメスで」

「ダメだ神奈ちゃん……殺しちゃダメだ」


 当摩はよろよろと手を伸ばすと加奈美のメスを持つ手に触れた。

「あっ!」


 手の震えが止まる。

 加奈美はその場に崩れ落ちた。

「当摩……あなた魔術の解除まで出来るのね」

(絶対魔法防御だけじゃなく、黒崎さんの魔術を解除した? 成長……しているの?!)


 ※


 その時のことはうすらぼんやりとしか当摩は記憶していなかった。だが、重要な部分はしっかりと聞いてしまった。

 気がつけば保健室のベットで横になっていて、寝汗をかいていたようだったが、タオルで綺麗に拭かれていた。タオルはベットのわきに置いてあった。


 神奈と加奈美が気まずそうに保健室のテーブルに向かい合って座っている。

「えっと……どうしたの? 二人とも」

「全然覚えていないわけ?」

 神奈がジト目でこっちを見ている。


「あ……なんとなく神奈ちゃんが加奈美先生を殺そうとしてたよね……」

「あなたが止めていなければ、多分殺していたわね」

 見れば加奈美は泣きはらしたように目が赤くなっていた。


「その……神奈ちゃんは仇討ちの……お母さんの仇をとるために俺をオカ研に入れたの?」

「最初はそうだった。もちろんあなたを野放しにはしておけない、危険な魔術師に見つかって利用されないように保護するというのも嘘じゃない」

「今は……どう思ってるの?」

「あなたを死地に追いやることはできないって思っているわ。ブラッディ・マリーはわたしが一人で……」

 そこで当摩はむっと来た。


「そんな話を聞いて、神奈ちゃん一人で行かせるわけないだろっ‼」

「じゃあどうしろって言うのよっ‼」

「倒すしかないわ……あなたたちで」

「加奈美先生……うん、俺も賛成だ」

「でも、まだ二人には早いわ」

 加奈美はいつもの調子を取り戻しつつあるように見えた。目に力がある。


「ブラッディ・マリーが当摩君の正体に気が付いたら、必ずちょっかいをかけてくるわ。あいつは退屈が何より嫌いなの。そういう意味では当摩君ほど面白いオモチャはいないから」

「でも……奴はいきなりこちらを脅威と見て消しにかかることはないと思う」

 神奈も真顔だった。


「あいつは自分の運命操作に絶対の自信を持っている。それこそもう三百年近く生きているんだから、三大魔女であるわたしも、当摩のことも自分の脅威になるなんて微塵みじんも思っていない」

 そこへ加奈美が口を挟んだ。

「黒崎さんも黒の魔女として完全に覚醒してはいない……聖婚の儀式を終えていない『処女の魔女』だから」


「聖婚の儀式って……?」

「性魔術の一種、魔女になるための通過儀礼で、魔力の高い男と交わることで、より強い魔力を得ることが出来るのよ。そしてあなたがその候補よ」

 神奈はじっと当摩を見た。まるで慈しむみたいに。


「黒崎さんのお父さん、つまり先代魔女の聖婚の相手の男性はそれほど強い魔力を持っていなかったの。彼はそのことをずっと悔やんでいた」

「そう、お父様はタロット占いの素質を持つだけで、異世界グレイルでもそれほど強くはなかった。初めて異世界へ降り立ったときのわたし、小学校低学年だったわたしより弱かった」

「でも、神奈ちゃんのタロット……お父さんのなんだろ?」

 神奈は小さく頷く。

「そう、お父様は魔術の世界からは引退したけど、そのタロットはわたしが受け継いでる」

 

「その聖婚の儀式ってどのくらい魔力があればいいの?」

「異世界でSランククラスの冒険者になれば……たぶん」

「今がA+だからもうちょっとか」

「AとSの間にはかなり高い壁があるの……一日二日でなれるものじゃないけど、当摩君の成長力なら」

 加奈美もじっと当摩に熱い視線を送る。


「ところで神奈ちゃんのランクってどのくらいなの?」

SSSトリプルエスランクね」

(お……恐ろしい)


 その後、加奈美も神奈に油を搾られ、二度と当摩に手を出さないと誓約させられた。

 ちなみに搾った当摩の精液は二人で有効活用したそうだ。

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