母に送る写真

「はぁ……はぁ……直線距離2.4キロ……はぁ……到達時間ニ十分って……高低差をまったく考慮していないじゃないか」

 当摩が息を切らして言った。そのお寺は小高い山の上にあり、そこへいたる道はほぼ登山と言っても過言ではないほどの上り坂だった。

「だらしないわね。当摩は、そもそも鍛え方が足りないのよ」

「ははっ、まあスマホのナビだとそんなもんだよね」

 透が微笑んだ。神奈はそれを見て小さく頷く。


「はぁ……透君も段々調子が出てきたね……はぁ……笑った顔、初めて見た」

 ニカッと当摩も笑う。

「えっ! ああ……うん、そうかなここのところ悲しい気分ばっかりだったけど。二人を見てるとなんだか少し楽になった」

「そう? よかったわね」

 あれだけの上り坂を歩いてきたのに、神奈は汗ひとつかいていない。


「透君のお母様も助けられたら良かったんだけど。三大魔女なんていっているけど、万能には程遠い存在なの」

「誰にも何も相談するひまなんかなく、ガンが見つかってあっという間に死んじゃったからね」

 透は遠くを見るようにして、悲壮な顔を見せた。


「その青の塔は、いつかクリアして最上階からの風景を見ようねって、よく言ってたんだ。結局、見せてあげられなかったけどね」

「そのお母さんとよく異世界グレイルに行ってたの?」

 汗をぬぐいながら当摩が訊いた。

「うん、僕なんかよりよっぽど活動的な人で、冒険が大好きだったんだ」

 息を乱してはいないが、透も少し顔を紅潮こうちょうさせていた。


「そっか、良いお母さんだったんだね」

「うん」

「あの先に見えるのが目的のアジサイかしら」

「おっ!」


 わぁと思わず当摩は声を上げた。

 青いものから紫いろのアジサイが美しい文様を描き、咲きほこっていた。

 初夏の輝度の高い光に、わずかについた雨粒が光って美しい。


「本当に見事ね」

「出来ればでいいんだけど、アジサイをバックに黒崎さんを撮ってもいい?」

「もちろん、かまわないわよ」

 神奈はアジサイの前に立つと腰に手を当てポーズをとった。

 カメラのシャッター音が鳴る。


 撮れた写真はあまりに美しくて、当摩はおもわずためいきをついた。


 一通り写真を撮り終え、また歩いて帰路についた。

 その途中で神奈が当摩に耳打ちをした。

「尾行されているわけじゃないけど、こちらをうかがっている誰かがいるわ」

「えっ⁉ 本当?」


 その不審者がうかがっていたのは、おそらく神奈であろうと推測した。

 透が心配だったので、神奈と当摩は彼を家まで送り、念のために神奈特製のお守りを渡し、家に結界を張った。これで一応悪意あるものはこの家を見つけられないはずだ。


 ※


 翌日。

「うん、異世界も見事に雨雲はなし良い日の出が撮れそうね。凄いわね京史君の魔術」

 加奈美はかなり上機嫌だった。透も嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 待ち合わせの冒険者ギルド内の飲食スペースには神奈、当摩、加奈美、透と四人がいた。

「梨花ちゃんと京史君はどうしてるの?」

 当摩が訊くと。

「魔王教団と関りがあるんじゃないかと疑われている人間を調査させているの」

「そう……なんだ」

「ブラッディ・マリーを放置しておくことはできないわ、あいつも本物の人類の敵だから」


 神奈の言葉に加奈美は少し眉根を寄せて、何か言いたそうな様子だったが、なにも言わなかった。

「とりあえず、まずは透君の写真よ」

「うん、協力してくれてありがとう黒崎さん」


 ※


 冒険者ギルドを出て、転移門で最寄りの街に行き、そこから歩いて三十分くらいのところにそのダンジョン青の塔はあった。

「うわっ! すごっ! 高い」

 その外壁は青く、天を突かんばかりに高い。高さの割には基盤部分が細く、魔法で重力制御をして建っているようだ。

「なかなか風格のあるダンジョンじゃない」

 神奈が明かりの魔法で塔を照らすと、皆が感嘆のうなりを上げる。


「よし、行こうか」

 当摩が元気よく塔の入口へ歩いて行こうとした時だった。


 ズシンッ!

「んっ? 地震かな」

 最初はそう思った。地面が少し揺れたからだ。

 しかしすぐに地震ではないと悟る。塔の付近の森の中から何かが迫ってきたからだ。

 神奈が明かりの魔法をその何かに向かって飛ばす。


「うわっ! なんだアレっ!」

 それはアニメで見る巨大ロボットのようだった。

「ゴーレム、それも規格外にデカいわね」

 神奈は冷静だったが、他の面々はパニック状態になる。


「いったん塔から離れるわよ」

 神奈が走り出したので、慌てて三人も続く。


 ☆


(このゴーレム、Sランクの魔術師が動かしているわね。多分裏切り者ジューダスのからくり使い辺りかしら)

 最初はその異様に驚いたが、加奈美も冷静になる。神奈の魔法で倒せない相手ではない。


 たまたま動かしている現場に行き会わせたという様子ではなく、ゴーレムは確実にこちらを狙っていた。


 皆で走って逃げるが、そもそもの歩幅が違いすぎて、すぐに距離を詰められてしまった。

 ゴーレムは金属で出来ているようで、闇の中でも鈍く光った。体長は十八メートルくらいありそうだ。手に巨大な剣を持っていて、あれで斬られたら神奈以外の人間はひとたまりもないだろう。


 ゴーレムが剣を振りあげて、斬りかかってきた。狙いはどうやら透のようであった。

(弱い奴から順に始末するつもり? 抜かりないわね)


「当摩っ! 防いで」

 神奈が叫ぶ。

「任せろっ!」

 当摩が剣をかざして透とゴーレムの間に入る。当摩の剣はお金がかかった業物であるが、ゴーレムの剣から見れば真剣と爪楊枝くらいの差がある。


 しかし、派手な金属音をたてて当摩の剣はゴーレムの一撃を完全に防いでいた。

(A-の当摩君がSランクのゴーレムの攻撃をしのいだの?)

 防いだだけではなく、展開されている魔法障壁が全く削れていない。


 二回、三回とゴーレムの斬撃を防いでいく。まったくの無傷で、これはもう偶然では考えられない。

(これ……何かのエクストラスキル? もしかして)


「黒崎さんっ、何か手立てはあるの?」

「ええ、子供の頃、有名なロボット漫画を見てバスターランチャーってあるじゃない? あれ、撃てたらカッコいいなって思ってたのよ」

「ちょっ! 本気?」

「ええ、もう魔法も練れたから」


 神奈がまばゆい閃光を放つ。その光はゴーレムに当たって弾けた。

 凄まじい爆音と圧力さえ感じる光が周囲を包み込む。

 Aクラス冒険者である加奈美の魔法障壁もかなり削られたが……。


 ゴーレムはきれいさっぱり消えて無くなっていた。直撃した個所は空間が歪んで奇妙なモヤみたいに見える。

「恐ろしいな黒の魔女」

 男の声だけが聞こえた。

「こそこそと隠れてないで出てきたらどうなの?」

「いやぁ、君の魔眼の射程に入ったら生きて帰れそうもない」

 神奈の魔眼が赤く揺らめく、彼女が怒っていることは付き合いの長い加奈美にはわかった。


「あなた魔王教団ね?」

「あの明確な意識さえあるのかどうかわからん怪物ではなく、マリー様に仕えているが、まあ魔王教団ではあるよ」

「帰ってマリーに伝えなさい、今後私の仲間に手を出したら、棺桶から引きずり出して朝日を浴びせて灰にしてやるって」

「くくくっ……心得た黒の魔女よ」

 男の気配が消えると同時に、辺りを包んでいた緊迫した空気もなくなった。


「当摩君たちは?」

「ふぅぅ……びっくりしたぁ」

 のんきそうな声を上げて爆心地付近から当摩が現れた。

「今の何だったの?」

 透は少し動揺どうようしていた。

「神奈ちゃんが凄い魔法を撃つところだったから、とっさに透君を守ったんだ」

「そういう問題?」

(この子、もしかして魔法が効かない? いや、そんな存在いるはずがないけど……)


「とんだ邪魔が入ったわね。改めて朝日が昇る前に塔の最上階を目指すわよ」

 そして、いつもと変わらぬ優雅な動きで神奈は歩き出した。

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