魔王倒したのに追放されたので、魔族の王と仲良くなって謎の少女と一緒に暮らします
桐山じゃろ
1 勇者追放
「そなたは勇者に相応しくない。勇者の称号を剥奪し、国外追放とする!」
セリステリア国王城の玉座の間で、僕は国王陛下からそう言い渡された。
まあこうなるよなぁ、という軽い感想を持った。
◇
僕の名前はリョーバ。半年ほど前にこのセリステリア国から勇者の称号を貰った。
僕はセリステリア国がある世界とは別の世界から召喚された。
本名、
呼び出された直後の僕はいわゆる記憶喪失というやつだった。
自分の名前や、一般常識みたいなものはわかる。
だけど、元々住んでいた場所だとか、家族だとか、仕事は何をしていたかとか、趣味や特技だとか、そういうことは全く思い出せなかった。
それどころか、召喚されたこと自体、認識していなかった。
気がついたらセリステリア国の王宮魔道士研究室の、魔道士たちが描いた魔法陣の真ん中に立っていた。
魔道士たちから、僕は別の世界から召喚に応え、魔王を倒す使命を背負っていると聞かされた。
何も思い出せない僕はとりあえず従うほかなかった。
幸いなことに、僕は魔道士たちも驚くほどの力を持っていた。
力というのは、まずは魔力というやつだ。
頭に出したいものをイメージして軽く手を振るだけで水、炎、風といったものがなにもないところに出現する。
的を敵と見なして掌を向ければ、的の後ろの壁ごと粉々にするような衝撃波が出る。
その威力は、魔道士のナンバーワンの人の十倍とも百倍とも言われた。つまりは測定不能だ。
更に、筋力、体力といった身体能力も凄まじかった。
魔法だけでは魔王に敵わないかもしれないと騎士団のところへ連れられて、記憶にある限り初めて剣を握った。
それから五分後には、騎士団長すら打ち負かした。
力試しが終わったあとは、魔王を倒す理由をじっくりと教えられた。
僕が覚えていた一般常識は前の世界のものだったようで、この世界の常識はかなり異なっていた。
この世界には魔物がいる。
魔物というのは、無数に存在する生き物のうち、何故か人間だけを殺す害獣だ。
魔物は二十年ほど前に初めて確認され、以来、多くの人々が犠牲になった。
親を、子供を、兄弟姉妹を、恋人を、仲間を……大切な人を失った人は、もっと多い。
勿論、人間もやられっぱなしではない。
時には反撃し、時には先手を打って魔物を倒し続けていた。
しかし、五年前に新たな異変が起きる。魔王の出現だ。
魔王は強大な力で以って、今まで以上の殺戮を行った。
魔王によって、セリステリア国以外の人間の国は、殆ど壊滅してしまったという。
僕が魔王を倒す理由を飲み込むと、後は旅立ちまで早かった。
旅の道具や路銀が詰まった魔法の鞄と、魔王の住処を示す魔法の地図を持たされた僕は、ただ一人で送り出された。
城壁の外は、僕に一般常識を教えてくれた先生の言う通りに荒廃していた。
かろうじて道と分かる部分にはもう長いこと人や馬が通った形跡がなく、道沿いの休憩所や兵士の詰め所はことごとく破壊されている。
時折、横転した馬車の残骸や、何かの戦いの痕跡があった。
外へ出て三日歩いても、人里どころか人の気配はなく、かち合うのは魔物のみ。
魔物は僕が掌を向けて例の衝撃波を放てば跡形もなくかき消え、声も残さなかった。
おかしいなと違和感を抱き始めたのは、四日目あたりからだ。
土や草の上に厚めの毛布を敷いただけの寝床にも身体が慣れてきた頃だった。
その日も陽が暮れる前に比較的安全そうな場所を探して彷徨っていると、かすかに人の気配を感じた。
自分の感覚を信じて気配を追うと、道からだいぶ離れた場所に、民家があった。
町の中にあってもおかしくないような、しっかりした木造建築物だ。
僕が呆然と建物を眺めていると、中から人が出てきた。
人だ。
城以外で、はじめて会った。
「お兄さん、なにしてるんだい?」
出てきたのは、年齢不詳の女性だ。
実は僕は、自分の年齢を知らない。だから、他人の年齢を推し量ることができない。
「あ、えっと……」
声を出すのが久しぶりであることに、この時気づいた。
それと、僕は自分について的確に表現する言葉を持たないということも。
「よくわからないが、このご時世に一人旅かい? もうじき日も暮れるし、寝床のあてがないなら、うちへおいで。取って食いやしないよ」
僕は女性の言葉に引き寄せられるように、その建物に入った。
建物――家の中には女性の他に男性と、男の子がいた。男の子は女性の後ろから僕をちらりと見ると、走って別の扉の向こうへ行ってしまった。
「ふぅん、セリステリア国で召喚された、ねぇ……」
家に入ってすぐのテーブル前の椅子を勧められ、素直に座り、僕の事情を一通り話すと、女性と男性は顔を見合わせた。
「あんたは嘘を吐くように見えないけど、あの国はどうだかねぇ……。まぁ、魔王を倒すってのは賛成だけどさ。これ以上はやりすぎだもの」
「やりすぎ? って、どういう意味ですか?」
僕が問いかけると、二人は再び顔を見合わせた。
「そこは城で教わらなかったのかい?」
質問に質問を返してきたのは、男性の方だ。
僕が頷くと、男性はこめかみに手を当ててため息をついた。
「魔物は人間の自業自得みたいなもんなんだよ。だけど、被害のほうが大きすぎる、って意味さ」
自業自得の意味くらいはわかる。だけど、魔物が自業自得って、一体どういうことだろう。
「ま、今日はうちに泊まっていくといい。部屋は空いてるんでね」
案内されたのは、清潔だが殺風景な小部屋だった。
小さなベッドがひとつとカーテンのない窓があるのみで、他にはなにもない。
「ベッドはすこし小さいが、我慢できるかい?」
土まみれの毛布より酷い寝床は無いと身に沁みているので、僕は「助かります」と応えて、ベッドへ横になった。
それからの道中で、何度も似たようなことがあった。
周りになにもないのに一軒だけ家がある。
住人がいる。
運が良ければ泊めてもらえる。
更に運が良ければ温かい食事までもらえる。
あちこちで、ここでどうやって暮らしているのかと質問した。
しかし、先に僕がセリステリア国から来ていると話しているため、「あの国から来た人には言えない」と返されてしまうのだ。
なんだかモヤモヤした気分になりながらも、旅自体は順調に進んだ。
魔法の地図によれば、あと三日ほど歩けば魔王の住処にたどり着くというところまで来た。
土と毛布の寝床から起きて、陽が真上に登る頃に見えたのは、セリステリア国に劣らないほど立派な城壁だった。
門へ近づくと、すぐに何人かが寄ってきた。
でもそれは、人間の気配じゃなかった。魔物でもない。
よくよく見ると、彼らは頭に防具を着けておらず、額や耳の上辺りから角が生えている。生えている位置や角の色形はそれぞれだ。
「おや、人間かい? 珍しいな。どこから来たのか、目的はなにか、教えてくれないか」
僕が事情を話すと、彼らは全員しかめっ面になり、一人が別の一人に何事か囁いてどこかへ走り去った。
そして僕は、囚われた。
剣と魔法で抵抗することもできたが、僕は彼らに興味があったし、話を聞きたかったから、大人しく捕まった。
手を縄で拘束された状態で連れて行かれた先は、セリステリアより大きな城の中。
一旦は地下へ向かっていたのに、途中で門のところで走り去った人が駆け寄ってきて何事か話すと、一転して階段を上がることになった。
階段を三階分は上がっただろうか。仰々しい扉の前に立たされると、僕は扉の横にいた女性に髪や服を触られた。
「?」
「これより魔族王の御前ですので、簡単に身だしなみを整えさせて頂きました」
魔族王? と聞き返す前に、女性はすっと下がり、扉が開いた。
セリステリア国へ戻ってきたのかと思ってしまったのは一瞬だった。
そこは、間違いなく玉座の間だった。
大きな違いは、玉座に座っているのが頭に重たそうな冠をつけて背筋を真っすぐ伸ばした白髪白ひげの国王陛下ではなく、尊大そうに足を組み、肘掛けに頬杖をついている、角の生えた黒髪銀眼の男だということ。
「そなた、名は?」
セリステリア国王の前ではまず、僕は臣下の礼とやらを取らなければならず、挨拶も長文で回りくどく、話が本題入る前が長かった。
ここには、そういうルールは無いらしい。
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