平民娘に転生した私、聖魔力に目覚めたので学園に行くことになりました

Na20

第1話

 晴れ渡る青空の下、私はとてつもなく立派な門の前に立っている。


 平民の、しかも孤児の私には分不相応な場所だ。


 それに先ほどから同じ制服を着た人達が私をチラチラと見ていて居心地が悪い。


 私はこっそりと溜め息を吐いた。



(こんなところでやっていけるかな…)




 私の名前はオルガ・ミストリア。歳は十四歳だ。


 幼い頃に両親を亡くし孤児になった私はずっと孤児院で暮らしてきた。この国の孤児は住んでいる孤児院の名前を姓として使うようで、私の姓は住んでいるミストリア孤児院の名前からもらった。


 孤児院では贅沢なんてできなかったけど先生や他の子ども達と仲良く過ごしていた。


 孤児院は十六歳まで過ごすことができるので、あと二年は今の生活が続くと思っていた。しかしつい七日前に起きたあの出来事により、現在の私は場違いなほど煌びやかな場所に立たされることになってしまったのだ。



 そう、全ては七日前に起きたあの出来事が始まりだった。








 ――七日前


「オルガ、こっちも手伝ってー!」


「分かった!今行くー!」


 その日の私はいつも通り孤児院の仕事を年下の子ども達と一緒にしていた。掃除や洗濯、料理をしながら過ごすいつもと変わらない一日となるはずだった。


 しかし穏やかな一日は悲痛な叫びで終わりを告げた。



「誰か、誰か来てっ!」



 先生の声だろうかとても焦っているようだ。叫びを聞いた子ども達は不安そうにしている。ここは最年長の私が行くべきだろう。



「私が様子を見てくるからみんなは心配しないで。残りの洗濯物は頼むね」



 子ども達にそう声をかけてから急いで叫び声が聞こえた場所に向かった。


 声が聞こえた部屋の前に着くと扉が開いていたのでそのまま中に入った。



「先生どうしたの!?」


「っ!オルガ!この子が、この子が息をしていないのっ!」


「えっ!?」



 先生の腕に抱かれている小さな赤ん坊はつい先日この孤児院に仲間入りしたばかりの子だ。


 聞いた話によると、赤ん坊の親は母親だけだったそうで、出産後まもなく亡くなりその後親戚中をたらい回しにされ最終的にここにやってきた。そのせいなのかは分からないがここに連れてこられた時点でひどく衰弱していた。熱もあり予断を許さない状況だったので先生が付きっきりで看病していたのだ。


 そんな新しい仲間を心配した子ども達に私は声をかけた。



「あの赤ちゃんまだ名前が無いんだって。元気になったらみんなで名前をつけて祝ってあげようよ!」


「「「うん!」」」



 それからみんなで名前を考えながら早く元気になることを願っていたのだが、その赤ん坊が先生の腕の中でぐったりしている。顔を見ると全く血の気が感じられない。



「そんなっ!ねぇルジェ起きて!起きてよっ!」



 懸命に声をかけても全く反応が無い。



「っ…、この子はもう…」


「っ!そんなことない!まだ何か…っ!」



 一瞬だが指が動いたように見えたのだ。私は急いでルジェの胸に耳をあてた。



「っ!まだ心臓が動いてる!まだ助かる!ルジェ頑張って!みんなルジェを待ってるよ!みんなでルジェのお祝いをするって楽しみにしてるんだよ!だからどうかどうかっ!…聖獣様っ、ルジェを助けください!」



 私はこの国の守り神である聖獣様に祈った。いや、もう祈ることしかできなかったのだ。



(どうかルジェから、みんなから、私から笑顔を奪わないで!……っ!!!)



 突然身体の奥底から何かがものすごい勢いで駆け巡っていった。



「な、なにっ!?」


「オルガっ!!」



 次の瞬間私の周りは眩い光に包まれた。そしてそれと同時に頭が痛くなり頭の中にたくさんの情報が流れ込んできた。



(っ!なに、これ…。うっ、頭が割れそう!)



 そして私はそのまま意識を失ってしまった。


 ただどこか遠くで赤ん坊の泣き声が聞こえた気がした。








「うっ…、ここは…?」


「オルガっ!あぁ目が覚めて良かったわ!聖獣様感謝いたします」


「…先生?」


「あぁ!まだ横になって休んでいなさい。私はお医者様を呼んでくるから少し待っていて」



 先生は私にそう言って部屋を出ていってしまった。



(ん?オルガ?先生?それにここは…、ここは孤児院で私はオルガ、さっきの女の人は先生…っ、え待って!私の名前は……)



「…えっ、もしかして私、転生しちゃったの!?」



 驚きのあまりベッドから起き上がると同時に扉がノックされた。



「オルガ、お医者様を連れてきたから入るわね」


「っ!」


「あら、起き上がって大丈夫なの?」



 先ほど出ていった先生とこの辺りの医者とは思えない身なりの整った男性が部屋に入ってきた。


 私は今の状況に激しく混乱しているのだが、そんなことなどお構いなしに診察が始まった。


 ただ診察とは言っても名前や年齢などを質問されただけだったので、今の状況を少し整理することができた。



(質問の意図はよく分からなかったけど少し落ち着けた。それに私の記憶と今までのこの子の記憶がちゃんと残ってて良かった…)



 どうやら私にはどちらの記憶もあるようで、ひとまずこの世界でなんとか生きていけそうなことが分かり安心した。


 だが次の言葉に固まってしまった。



「おそらく一度に沢山の魔力を使ったことによる魔力枯渇によるものでしょう」


「へ?ま、魔力…?」


「っ!やはりそうなんですね…。十歳の魔力検査ではオルガには間違いなく魔力は無かったはずなのに…」



 先生が言っていたようにこの国の子どもは十歳になると魔力の有無を調べる魔力検査を受けなければならないと決められている。オルガも例に漏れずしっかり受けた記憶がある。


 検査で魔力有りと判断されると十五歳になる年から二年間、必ず学園に通わなくてはいけないのだ。


 そもそも魔力持ちはほとんどが貴族だ。それなのに平民の私が魔力持ちって一体どういうことなのか。



「これは異例としか言いようがありません。念のため魔力を測定してみましょう」



 医者らしき男性が鞄の中から魔力検査で使う測定器を取り出した。



「ではこちらに手を触れてください」



 私は言われるがまま恐る恐る手を伸ばし、水晶玉のようなものの上に手を乗せた。


 するとその水晶玉のようなものが白色に光った。



(えーと確か赤は火で青は水でしょ?白色って何?)



 私が疑問に思っていると医者らしき男性はひどく驚いた様子で座っていた椅子を倒しながら立ち上がった。



「こ、これはっ…!」


「やはりオルガは魔力もちなのでしょうか?」


「白色の魔力…、いやまさか…。でも子どもが助かったという事実…。やはりこれは、聖魔力…」


「っ!なんてことっ…」


「…えーっと、聖魔力って何?」



 二人は聖魔力のことを知っているようだったので、記憶を辿ってみても聖魔力のことは知っていることがなさそうな私は聞いてみた。



「!あぁ、まず魔力には四つの種類があるんだけどそれは知っているかな?」


「えーっと、火、水、風、土だよね?」


「その通り。だから魔力が有る人はその四つの中の一つの魔力を宿していることになる。…でも本当はもう一つ魔力が存在しているんだ。今から百年前にこの国でその魔力を持つ人が確認されたのが最後。文献によるとその人の魔力の色は白色でケガや病を癒したと書かれているんだよ。…君が赤ん坊を救ってみせたようにね」


「っ!そうだ…ルジェ、ルジェはどうなったの!?」


「オルガ落ち着いて。ルジェは無事よ。三日前のことが嘘のように元気に過ごしているわ」


「よかったぁ…って三日前!?」


「そうよ。なかなか目を覚まさないからお医者様をお呼びしたのだけれども、まさかオルガが聖魔力を…」


 ルジェが無事だったことに安堵したが、まさか自分が三日も眠り続けていたとは思いもしなかった。


 おそらく魔力が目覚めたことと前世の記憶を思い出したことが関係あったのだろう。


 それで私は今一番気になることを聞いてみる。



「私はこれからどうなるの?」



 魔力が有るということは学園に行かなくてはならないということだ。


 オルガの記憶を確認してみると私はまもなく十五歳になる。


 学園に行くにしても時間的猶予はあまり無いはずだ。



「…君には四日後に始まる学園に入学してもらうことになる。聖魔力が確認でき次第すぐに王都に連れてくるように言われてね。それで私が迎えに来たんだ。遅くなったが私の名前はルシウス・バーマイヤだ。よろしくね」


「っ!バーマイヤ公爵家の!?た、大変失礼いたしました!」


「いや、私もあえて名前を言わなかったのだから気にしないで」


「お、恐れ入ります…」



 どうやらこの男性は貴族だったらしい。どうりで身なりが整っているしそりゃ先生もビックリしちゃうよねと、どうでもいいことを考えながら私は現実逃避をしていた。


 まずここから王都までは以前商人に聞いた話だと馬車で二日はかかるらしい。


 それなのに四日後に学園に入学するだなんてあまりにも時間が無さすぎる。今すぐ出発したってギリギリだし、そうなると私はみんなとお別れすることなくここを出ていかなくてはならない。それに以前の私は穏やかな暮らしを求めていたようで、さらに前世を思い出したことによりその想いが強くなっている。


 前世の私は国民的有名人を両親に持つ娘だった。当然生活に困ったことはなくそれに関しては感謝しているが、いつでもどこでも人の目がある生活は私には苦しかった。


 だからいつも夢見ていたのだ。


 自分らしく生きていける穏やかな暮らしをしたいと。



「…ガさん?オルガさん!大丈夫ですか?」


「っ!は、はい!」


「それならよかった。ではこの後のことですが、まず明日の朝馬車で王都に向かいますので今日のうちに準備を済ませておいてください。次に王都では公爵家のタウンハウスに住むことになります。そして最後に学園に通っている間はバーマイヤ公爵家がオルガさんの後見人になりますので何かあればいつでも言ってください。重要なことなので先にお話しましたが詳しいことは王都に向かいながら説明しますね」


「…分かりました」


「ではまた明日お会いしましょう」



 そう言ってルシウスさんは部屋から出ていった。先生も急いで見送りに向かったので部屋には私一人だけが残された。


 静かになった部屋で私は自分が転生に気づいてから一番の疑問を誰に問いかけるでもなく口にした。



「ここって一体なんの世界なんだろう…」



 前世の私は異世界転生ものの作品をいくつか読んでいたが、思い出せるだけ思い出してみてもそれらしい作品はなかった。


 もちろん私が完全なるモブだから分からないだけかもしれないがその可能性は低い気がしている。



(だって聖魔力の持ち主って百年ぶりなんだよね?そんなすごい設定なんて主役級じゃないとあり得なくない?それに…)



 私はベッドから降りて部屋にある鏡の前に立った。



(このストロベリーブロンドの髪に空のような澄んだ水色の瞳…。孤児院のみんなや先生は茶髪や茶色の瞳がほとんどなのに、自分で言うのもなんだけど私の見た目はかなり異質だよね)



 ここがどんな世界なのかは分からないが、何か大きなことに巻き込まれる予感がする。


 学園に無事入学できたとしても私が夢見ている"穏やかな暮らし"には程遠い暮らしになりそうだ。



「はぁ…、これからどうなるんだろ。…でも聖魔力のおかげでルジェを助けることができてみんなの笑顔を失くさずにすんだんだよね…。それならこの魔力に目覚めたことに感謝しなきゃダメだよね。後の事はどうにかなるっ!頑張れ私!」



 大変なことになったのは間違いないし今の生活を手放すことになるけれど、聖魔力のおかげで小さな命が助かったのだ。


 もう今さらどうすることもできないし悩んだって仕方がない。


 悩むより助けることができたことを喜ぶ方が何倍もいい。


 それにルシウスさんにも何かあれば頼っていいと言ってもらえたのだからあとは流れに身を任せるしかない。


 その前に今日中に荷物をまとめてみんなとお別れをしなければいけないことを思い出し、私も慌ただしく部屋を出たのだった。

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